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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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47. 狂濤を乗り越えて /その①



 ─ 1 ──────


 小鳥がさえずり、木立の間から差し込む朝日がファルハルドの顔を照らす。


 ファルハルドはゆっくりとまぶたを開いた。目の前には青空が広がっている。


 生きている、のか。ファルハルドは息を吐き、現状を確認しようとした。しかし、身体が動かない。

 単純な筋肉痛、ではない。限界近くまで魔力を使い、さらに『子孫繁栄』を過剰に服用したその反動だ。身体が全く言うことを聞かなかった。


 無理もない。死に抗い、生死の狭間を駆け抜けるような戦いだった。こうして生き残っただけでも奇跡に近い。


 それでも、やはり東村の様子が気に掛かる。ファルハルドの耳には、遠くで続く戦闘音が届いている。どうなっているのか。時間を掛け、ゆっくりと身体の芯に力を集め、なんとか首を巡らせ東村の方角に目をやった。


 あれは。村に取り付く怪物たちの姿は未だある。だが、その数は大きく減っている。村を襲う怪物たちの間を槍を構えた騎馬隊が駆け巡り、怪物たちを散々に蹴散らしている。


 救援が間に合ったのか。ファルハルドが双頭犬人率いる群れの中に飛び込んだ時にはすでに夜明けが迫っていた。太陽の位置から考えて、それほど長い時間は経っていない。あの時点で騎馬隊はこちらに向かっていたのだろう。


 それでもあのまま狂乱状態の群れに襲われていれば、騎馬隊が駆けつけるまで村の防衛が保っていたかどうかは怪しい。こうして救援が間に合ったのなら、ファルハルドの特攻は無駄ではなかった。


 まだ、騎馬隊以外の団員たちの姿は見えないが、もう心配はないだろう。なんとか東村を、ナヴィドとサルマを守りきれた。

 ファルハルドは安堵し、再びその目を閉じた。




 ─ 2 ──────


 ファルハルドはどこかで自分の名を呼ぶ誰かの声を聞いた気がした。薄らと目を開く。


 アレクシオスの顔が見えた。アレクシオスは馬上から伸び上がり、樹上のファルハルドの顔を覗き込んでいた。

 ファルハルドの様子を確認し、アレクシオスはほっと息を吐き、ゆっくりと微笑んだ。


「よくやった」


 後ろに控えているゼブに指示をし、ファルハルドを慎重に枝の上から下ろした。ファルハルドはゼブに支えられ、そのまま体重を預けている。

 自分の力では立つこともできない状態だ。なのに、ファルハルドはなにやら話しかけようとする。


「む……は、ど……った」

「なんだ?」


 ゼブはその耳をファルハルドの口元に近づけた。かすれた声だが、今度ははっきりと聞き取れた。


「村は、どう、なった」


 ファルハルドは騎馬隊が怪物たちを蹴散らす姿を見、村は救われたと信じている。それでも確認せずにはいられない。ゼブは力強く笑ってみせる。


「安心しろ。村は助かったぞ」


 それこそが聞きたかった言葉。ファルハルドはゼブの答えを聞き、必要なことはもう終わったと、完全に意識を手放した。




 ─ 3 ──────


 次にファルハルドが目を覚ました時、その身は寝床にあった。目を覚ましはしたが、起き上がることはできなかった。全身が痛み、身体はまるで言うことを聞かなかった。


 起き上がれぬまま周囲を見回そうとしたファルハルドの頬が突然、められた。なにがと驚く暇もなく、答えはすぐに示される。目の前で、スィヤーが尻尾を振りふり嬉しそうに鳴いている。


 スィヤーがいるということはここは西村だろうか。

 見回す。枕元に、落とした小剣を始めとしたファルハルドの装備一式が置かれている。アレクシオスたちが、回収してくれたのか。


 他に場所の手懸かりになるようなものはない。どうやらここは建物の中、ろくに物がないことから考えても開拓村の家屋の一室ではあるのだろう。


 なにはともあれ、ファルハルドは碌に動かぬ腕でスィヤーを撫でながら、自分の状態を確かめる。上布団として掛けられている布を外すこともできないのではっきりとはわからないが、怪我については深刻なものではなさそうだ。


 今、思い出せる範囲でも、受けた傷のうち大きなものは亡者のいた群れと戦った際の左腕の傷と太股の傷、あとは双頭犬人と戦った際の背中の傷の三つだけ。

 左腕と太股に関してはそのまま戦うことができた程度の傷であり、背中の傷は鎧の上から受けたもの。どれも、そう深刻なものではない筈だ。


 深刻なのは疲労。そして、限界まで身体を酷使したこと。今、動けないのはそのため。

 魔力を消耗しきったことも深刻だが、その状態で『子孫繁栄』を過剰に服用しているのだ。回復できるかどうかはわからず、回復できるとしてもいったいどれほどの日にちが掛かるのかはわからない。


 とは言え、ファルハルドはさほど心配はしていない。

 魔力を消耗したことに関しては以前自分自身経験済みであるし、他の者が限界以上に魔力を使用した状態から回復した姿も見ている。薬の過剰使用に関しても、毒に対して強い耐性を持つイシュフールの特性から致命的なことにはならないだろうと考えている。


 心配なのは、身体が恢復するより早く戦わなければならない事態になることだけだ。


 闇の怪物たちの動向はわからない。あれだけの規模の群れを殲滅したからには、すぐには大規模な襲撃はないとは思うが、確かなことはわからない。


 そして、それ以上にあり得るのはイルトゥーランの暗殺部隊の襲撃。暗殺対象であるファルハルドが身動きできず、パサルナーンの街にいる時のように免罪特権を気に掛ける必要もない。奴らがこの機会を見逃すとは考えられない。


 しかし、不思議なことだが今まで暗殺部隊からの襲撃はなく、事実こうしてファルハルドは生きている。

 イルトゥーランとの国境地帯であり、容易に潜入できそうなこの地にやって来てから、はや半年は越えている。何度も襲撃の機会はあった筈だが、未だ一度も襲ってくることはなかった。


 ファルハルドは不審に思うが、奴らの思惑などわかり得ない。パサルナーンで起こした騒動の後始末に追われているのか、はたまた他にもっと優先すべき事態でも起こっているのか。


 どんな理由にしろ奴らはいずれ必ず姿を見せる。必要な備えを怠らず、いつその時が訪れようとも対応できるよう気を引き締める。もっとも、今は満足に身体を動かすことすらできないのだが。



 ファルハルドが、もし今襲われればどう対応するか思案を始めたところで、スィヤーが元気よく吠えた。

 部屋の扉が開かれ一人の女性が入ってくる。女性はその手に水を入れた小さな桶と手拭いを持っている。どうやら、この女性がファルハルドの看病をしてくれているらしい。


 ファルハルドはこの女性に見覚えがあった。話をしたことはなかったが、確か東村のエベレと仲の良い女性の筈だ。ナヴィドとサルマの誕生を祝う宴会でも、ずっとなにくれとなくエベレの世話を焼いていた。


 となると、ここは東村なのか、よくわからない。女性はすぐにファルハルドが目を覚ましていることに気付き、顔をほころばせた。


「あらぁー、気付いたんですね、良かったぁー。全然、目を覚まさないんで心配していたんですよぉー」


 訊けば、林の中で発見されたファルハルドはそのまま東村に担ぎ込まれ、ジョアンによる治癒の祈りを施された後は、ワリドの指示によりずっとこの女性に看病されていたらしい。


 スィヤーは西村から村の復旧作業の応援にやって来た本隊隊員と共にこの東村に移動してきて、それからずっとファルハルドの傍に寄り添っているらしい。


 ファルハルドは女性に看病の礼を述べ、スィヤーにもありがとうと感謝を述べた。




 すでにあの双頭犬人の襲撃から丸二日が経っていると言う。この二日間に怪物たちの新たな襲撃はなく、今は動ける者たち総出で東村を守るための柵や堀などの防衛設備の再建作業を行っているそうだ。


「皆さん、呼んできますね」


 皆さん? ファルハルドはなにか不穏なものを感じ止めようとしたが、残念ながら身体がろくに動かない。止めようもなく、女性は表に出て行った。しばらく間があり、なんだか表が騒がしくなった。


 と思う間もなく、大袈裟に扉が開かれ、大勢がどやどやと押し入って来る。

 先頭にいるのはワリド村長とアレクシオス副団長。この二人はまあ、いい。身綺麗にしているし、別に問題はない。


 問題があるのはその後ろ。傭兵や村人たち、いったい何人いるんだと問いたくなる人数が作業中の泥だらけの格好のまま、部屋に入ってきている。曲がりなりにも怪我人が寝ている部屋にそれはさすがに駄目だろうと言いたくなる。


 ワリドは他の者が口を開くより早く、ファルハルドの手を取り、強く握り締めた。


「ありがとう、礼を言いたかった。あんたのお陰で俺たちは生き残れた」


 決してファルハルド一人の力ではない。全員が死力を尽くして戦ったからこそだ。ファルハルドはそう思うが、疲労が溜まり過ぎてて充分に口が動かない。一言、いやとだけ応えた。


 ファルハルドはアレクシオスに目を向けた。アレクシオスは問いたいことはわかっていると言いたげに頷いた。


「遅くなって、済まなかった。我々は討伐隊と共に西村を襲う怪物の群れと戦っていたのだ」

 今話が全三回。今話終了後、一週更新お休みします。

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