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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも

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15. 停泊地にて /その①



 ─ 1 ──────


 翌朝、ファルハルドたちは西丘を出立した。まずは東に進み、街道に戻る。畑仕事に出ていたハサンが手を止め、少し済まなさそうな表情で一行を見送った。


 村長は遠慮をしたが、ジャンダルは山羊を譲った。食糧事情が厳しいなか、五人前の食事を二日間用意してもらっておいて、そのまま素知らぬ顔などできなかった。


 山羊なら粗食に耐え、飼っても負担が増えることはなく、いざというときは潰してしまってもいい。ジーラもモラードも山羊を気に入っていたのか、寂しそうにしていたが仕方がない。



 街道を南に進み始めて三日目。じっとりと一行を見詰める視線を感じた。いよいよイルトゥーランの追手が追いついてきた。

 ファルハルドとジャンダルだけであれば問題はなかった。今はモラードたちがいる。二人は一層警戒を高める。


 もっとも、街道に人通りは多い。

 大半は行商人や巡礼の神官たち。なかには遠くの親戚や友人を訪ねる者や、大荷物を抱え移住しようとしている者もいる。


 街道から人が絶えることはない。少なくとも昼間から襲ってくることはないだろう。



 ただ、今度の追手は今までと違う。今までであれば、追手たちは視線を悟らせることなどなかった。こうもはっきりと視線を感じさせるとは。練度が低い者たちを送ってきたのか、それとも暗殺部隊以外の者を差し向けてきたのか。


 相手の正体が読めないことがファルハルドを落ち着かなくさせた。




 ─ 2 ──────


「おー、賑わってるね」


 視線は付きまとっていたが、追手たちからの襲撃はなく無事に停泊地に辿り着けた。停泊地は西丘よりも一回り大きい。人があふれ、活気に満ちている。

 特にエルメスタの人々の藍色の髪が目につく。もちろん他の種族の姿も少なくない。


 街道はこの停泊地のすぐ南で南東と南西の二方向に分かれる。街道の合流地点にあり、周辺にいくつかある小さな村からも買い出し客が集まるため、ここは大勢の人々で込み合っているようだ。



 停泊地の造りは村と言うより、極々小さな街と言ったほうが近い。街を巡るのは壁ではなく、西丘と同じような木の柵だった。周囲には畑などはなく、街中は中央の広場を囲むように六つの区画に分かれている。


 それぞれの区画ごとに並べている商品は異なっており、それぞれに特徴がある。

 ただし、南北に走る大通り沿いの露店では、明確な区分けはなく、いろいろな商品を扱う店が混在している。


 区画ごとに分かれた場所では常設の屋根や棚を持つ店が並び、大通り沿いでは地面に布だけを引き、その上に商品を並べた露店が連なっている。


 だが、店の大小、商品の種類など関係ない。どの店からも元気いっぱいなエルメスタの人々の声が溢れている。




「ふわー……」

「すっげー……」

「…………」

「へっへー、凄いでしょ」


 あまりの活気にモラードたちの目が真ん丸になる。祭りの日でもこんな人出は見たことがなかった。



 しかもこの人出は全て別の場所から集まった者たちだと言う。停泊地には、所謂いわゆる住人という者がいない。ここに集まり店を出している者たちは、ほとんどが一日二日、長くとも五日もすれば次の場所に旅立っていく。

 まれに子供が産まれるなどで一年近く過ごす者もいるが、誰もが一時的な逗留者であり、定住する者はいない。


 ならば、宿や店を開く場所は誰が管理しているのか。これが驚いたことに、誰かが采配している訳ではない。空いている場所を見つけ、銘々が勝手に利用しているだけなのだ。


 それでいて揉める事もなく上手く回っているのは、エルメスタなら誰もがそのあたりの呼吸を身に付けているからであり、同時にもし騒ぎを起こせば広く噂になり、以後エルメスタの社会で肩身の狭い思いをする羽目になるからでもある。



「ま、そのあたりは普通にしてればいいんだって」


 ここでの売買は金銭で行われることもあれば、物々交換で行われることもある。どちらかといえば、金銭を使っているのはたまたま立ち寄った旅人や近くの村からの買い出し客だ。エルメスタ同士は物々交換を好んでいる。


 今回ジャンダルは南の村の情報を得ること以外に、自分の商売に必要な鋳鉄を手に入れることも目的にしている。



「エルメスタって、それぞれの家系ごとに得意にしている商売が全然違うんだ。だからこうやって、自分とこの商品とよそのものとを交換する場所が必要になってくるのね。

 で、おいらは主に薬売りと鋳掛で稼いでんだ。


 え、笛? ああ、あれは単なる客寄せ。好きでよく吹くけど、おいらの腕じゃ金にはならないよ。鋳掛に必要な鋳鉄の手持ちが切れてるんで、薬と交換したいんだよね。

 夜になったら酒盛りが始まるんで、南の村の場所はそこで聞いて回ろうか」

と、言いながらさっさと鍋や釜を並べる区画に向かった。




「ねえねえ、鋳掛に使う鋳鉄は置いてる?」

「いや、うちにはないな」


 ジャンダルは次から次へと声を掛けるが、結局、金属製品を扱う区画では在庫のある店は見つからなかった。

 露店に向かう。こちらでもなかなか見つからなかったが、四軒目でやっと置いているという店にあたった。


「やったー。握り拳二つ分欲しいんだ。こっちは薬で強壮剤の『子孫繁栄』と虫下しが三つ、あと熱冷ましと傷薬を五でどうかな」


 顎髭を生やした中年の露店主は渋い顔をする。顎に手を当て、片眉を持ち上げた。


「坊主。売買は金銭にしてくんねえか。交換ですんのはエルメスタの仲間内だけなんだ」


 ジャンダルは苦笑し、肩を竦める。


「あー、おいらこれでも一応エルメスタなんだよね」


 店主は目を細め、ジャンダルを値踏むように見詰める。しばし見詰めたあと、顎を上げ尊大な様子で口を開いた。


「おめえ、忌み子かい。ふん、まあいいだろ。交換してやってもいいが、『子孫繁栄』をもう五つだ。もう五つ寄越しな」


 渋い表情のまま左手を顎から離し、指を五本立ててジャンダルの目の前にずいっと突きつけた。



「おい、あんた」


 ファルハルドの低い声に、場に緊張が走る。


 ファルハルドに物の値はわからない。が、店主がジャンダルを侮っていることはよくわかる。


 店主が少し顔色を悪くし口を開きかけた。その時、ジャンダルが手を打ち合わせる。意外に大きな乾いた音に、皆の気が削がれた。


「『子孫繁栄』を二つ。ねえ、あと、二つ付けるからさ。ねえねえねえ。それで手を打とうよ、ねえ」


 ジャンダルが毒気を抜くような笑顔で提案する。髭の店主が溜った息を大きく吐いた。


「わあーた。それでいい」

「ありがっとうー」




「良かったのか」


 場所を変え、ファルハルドが尋ねる。モラードたちも先ほどの店主の態度には腹を立てている。悔しそうな顔でジャンダルを見ているが、ジャンダルは気にしてないというように笑ってモラードとジーラの頭を撫でた。


「いいのいいの。兄さんだって覚えがあるでしょ。気にするだけ無駄だよね。それよりどう、なんか果物ミヴェでも食べよっか。ジーラはなにがいい?」


 子供たちはそんな気分になれないのか口をつぐんだまま答えない。ファルハルドは一度ジャンダルと目を合わせたあと、屈み込む。ジーラと目の高さを合わせ、頭を撫でて一つの露店を指差した。


桑の実(トゥートゥ)なんてどうだ」

「おぉ、もう出てるんだ。いーねー。どーれ、一丁ジャンダル様の実力をお見せしますか」


 ジャンダルはやや大袈裟に声を張り上げ腕捲りをした。張りきった甲斐があり、思った以上の桑の実と交換できた。甘酸っぱいその味にモラードたちの機嫌も直る。



 その後の交渉はなかなか順調で、塩やちょっとした細工物、薪や油などいろんなものと自作の薬を交換していった。例の『子孫繁栄』がかなりの人気でジャンダルの笑いが止まらない。


「アルシャクスの西部一帯では去年の作柄が悪かったみたい。幸い飢饉までは起こらなかったらしいんだけど、今年は皆空きっ腹を抱えて重労働を頑張ってるんだね。だから強壮剤の需要が高まってんだって。そうと知ってればもっと作っといたのになー」


「いや、充分だろ」

「えー」


 呆れるようにファルハルドが言えば、ジャンダルは不満の声を上げる。

 モラードたちは食べかけた果物を吹き出し、大笑い。エルナーズも顔をらし、口を手で隠しながらこらえきれないように笑った。

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