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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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46. 八の月、満月の夜 /その⑧

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 11 ──────


 双頭犬人は、自らに迫る人間を見詰める。



 □


 ソノ人間ハイヨイヨ追イ詰メラレ、モハヤ正常ナ思考モデキズ、タダ一人デ我ガ群レヘト跳ビ込ンデキタ愚カ者。気ニ掛ケル価値モナク、苦モナク殺セル筈ダッタ。


 シカシ、ソノ人間ハ、我ガ率イル群レヲ斬リ裂キ、今我ガ身ニ迫ッテキテイル。


 許スマジ。タカガ貧弱ナ人間如キガ、コノ双頭犬人ノ群レニ挑ムナド不遜極マル。


 屈辱。人間ナド、タダノ餌デアリ、引キ裂キ楽シムタメダケノ存在デアル筈ダ。ソレガ我ガ群レヲ破ルナド、許セル筈ガナイ。


 必ズ殺ス。無残ニ引キ裂キ、生キ血ヲススリ、ソノ骨ヲシャブッテヤル。


 □



 たかぶる気持ちをそのまま咆吼に載せ、双頭犬人はファルハルドを迎え撃つ。



 駆けるファルハルドの耳に双頭犬人の咆吼が届いた。近い。あとわずか。


 間にいるは、犬人ただ一体。目の前の犬人を斬り伏せ、双頭犬人の姿を間近にとらえた。


 魔力消費の反動。身体中に芯からの重い倦怠感と身が揺らぐような痛みが走っている。体内魔力は残り少ない。一気に決める。



 双頭犬人は逃げ出すことなく、襲い来る。ファルハルドは迫る。両者は交差する。


 双頭犬人は二つの頭で唸り声を上げながら、その鋭い爪を繰り出した。

 ファルハルドは身を沈めた。爪を躱し、低い姿勢から雄叫びと共に双頭犬人の右脚を斬り飛ばす。


 双頭犬人は苦悶の悲鳴を上げる。身体を支えられない。体勢が崩れ、倒れかかる。


 ファルハルドは剣を振った勢いを殺すことなくそのまま活かす。剣に勢いを載せ、その場で踏み出した足を軸に回転。

 沈めた身体を伸び上げ、掬い上げる剣で合わせた。


 双頭犬人は牙を剥く。ファルハルドは裂帛の咆哮を上げ、消え入りそうな燐光をまとう剣を振りきった。


 一閃。双頭犬人の頭部が宙を飛ぶ。どさりと鈍い音を立て、地に落ち転がった。首からは鮮血が噴き上がる。



 獲った。ファルハルドにわずかな緩みが生じた。油断。突然の衝撃と共に、ファルハルドの身体がね飛ばされた。


 地面を転がり、剣を手放す。途端に激しい疲労が襲う。呼吸もままならない。


 霞む視界の端に双頭犬人の姿が映る。ファルハルドはなにがあったかを理解した。


 ファルハルドは双頭犬人の首を飛ばした。それは間違いない。

 しかし、双頭犬人の頭はその名の通り二つある。一つの首をねたところで即座に死ぬ訳ではない。倒れ込みながらも奴はその腕を振るい、背後からその爪でファルハルドの背中を切り裂いた。


 ファルハルドは立ち上がれない。怪我のためではない。疲労のために。


 迷宮内で付与の粉は何度か使用していた。今では、最初の時のように使用する度に疲労困憊となることはなくなっていた。


 それでも、それは通常時の話。今回は疲労が溜まっている状態を、薬により無理矢理立て直して使用。

 そのため、最初に使用した時のように立ち上がれないほどの疲労に襲われている。


 双頭犬人の命はまだ尽きない。その手を使い、残された左脚を使い、地面を這いずりながらファルハルドへと迫ってくる。

 双頭犬人も片頭を失い、片脚を失った状態。大量の出血により、長くは保たない。だが、その命が尽きる前にファルハルドにとどめを刺すことはできる。


 ファルハルドは動けない。小剣は離れた位置に落ちている。右腰には短剣があるが、短剣を引き抜く力もない。疲労により今にも意識が途切れようとする。


 駄目だ。目を閉じるな。このまま諦める訳にはいかない。まだ、奴を倒せていない。奴があの状態から狂乱の咆吼を発せないとは限らない。

 このままでは死んでも死にきれない。東村を、ナヴィドとサルマを守る。このまま死ぬ訳にはいかない。


 動け。ファルハルドは自らの脚を殴り、身体を殴り、地面を殴る。動け。動け。動け。


 双頭犬人は怒りと苦痛に顔を歪めながら、ファルハルドへと迫る。




 双頭犬人の内で怒りが渦巻く。


 □


 コノ人間ハ我ノ頭ヲネ、脚ヲ斬リ飛バシヤガッタ。

 許セナイ。許セル筈ガナイ。タカガ人間ゴトキガ。殺ス。殺シテヤル。絶対ニ殺シテヤル。


 コノ人間ノ不思議ナ光ニ包マレタ長イ爪ハ、スデニナクナッタ。モハヤ、コノ人間ニデキルコトハナイ。


 殺ス。殺シテヤル。ナブリ殺シニシテヤル。生キタママ、自分ガ喰ワレル様ヲジックリト見セツケテヤル。絶エルコトノナイ悲鳴ヲ上ゲサセテヤル。


 コノ双頭犬人ニ向カッテキタコトヲ後悔サセテヤリナガラ、ユックリト肉塊ニ変エテヤル。


 □



 双頭犬人は少しずつ近づいている。もうすぐファルハルドにその爪を届かせられる。ファルハルドは立ち上がれない。途切れんとする意識をなんとか繋いでいる状態。


 双頭犬人はついにファルハルドの間近に。再びその爪を翳す。


 ファルハルドは横たわったまま、必死に腕を持ち上げた。それは単に腕を持ち上げただけ。短剣は右腰に納まったまま抜くこともできていない。


 双頭犬人は汚れた爪を振り下ろす。ファルハルドは腕を下ろす。



 そう、ファルハルドは武器すら持たぬ腕を持ち上げ、下ろした。その動作の意味は。


 双頭犬人の爪が届くより早く、ファルハルドが地面に下ろした掌の中でなにかが割れる。

 瞬間、ファルハルドの掌の下から鋭く尖った木の杭が伸びた。


 杭は真っ直ぐ双頭犬人に向け伸びる。双頭犬人は驚愕に凍りつく。太く、頑丈な杭は双頭犬人の喉から背中までを貫いた。



 双頭犬人は虫の息。それでも執念によりファルハルドに向け、その爪を届かさんと身を揺すり、腕を振る。

 しかし、どれだけ地面を掻こうとも、もはや串刺しとなったその身体は進めない。虚しくその場で地面を削るのみ。


 鋭い木の杭を生じさせたのは魔導具、『貫く杭』。今回の戦いでは使う予定はなかった魔導具だ。


 貫く杭は魔導具が割れた場所から最も近い闇の怪物たちに向け、鋭く丈夫な杭が伸びる。群れの中で使用すれば、どの相手に対して杭が伸びるのか、予想することは難しい。

 そのため、想定していた戦いの組み立てには入れておらず、意識に上ることもなかった。


 ファルハルドが貫く杭を使用したのは、半ば以上無意識。決して死ねないという執念が、その身に宿る強い生存本能が、その身を衝き動かし、知らず掴んでいた。




 最後に咆吼を発しようとした双頭犬人は、弱々しい鳴き声を漏らし息絶えた。


 目的は達成した。これでいい。もう充分だ。あとは皆を信じ、自分はこのまま……。

 馬鹿か。諦めるな。ここで終わってたまるか。


 双頭犬人の身近にいた怪物たちは、進む間に倒していた。残りの怪物たちとの間には距離がある。襲いかかってくるまでにはわずかに時がある。

 だから、ファルハルドはそのわずかな時間でできることを行った。


 腰の後ろの小鞄から『子孫繁栄』を取り出す。すでに一包を服用している。あちこちから出血もしている。過剰に服用すれば、いったいどうなるのかわからない。

 それでも、ファルハルドは迷うことなく、『子孫繁栄』を飲み込んだ。


 なにもせずただ殺されるなどあり得ない。必ず生き残る。最後の瞬間まで、決して諦めない。


 ファルハルドの身体が熱くなる。灼けつく。心臓は激しい鼓動を刻み、出血量が増す。

 苦しい、息が詰まる。だが、動ける。動くだけの力が蘇った。


 満足に立ち上がれるだけの回復はまだできていない。それでも横たわった状態からは起き上がり、地面に手をつきながら大木の下へと進む。


 悪獣が迫っている。ファルハルドは腰から短剣を抜いた。必死に身体を伸ばし、大木の幹に短剣を突き立てた。

 苦痛が増す。ファルハルドは叫んだ。叫びながら、幹に刺した短剣を足掛かりに、頭より高い位置にある太い枝に手を伸ばす。


 枝に手を掛ける。身体を引き上げようとする。しかし、力が足りない。わずかに持ち上げるのが、やっと。ファルハルドはあえぐ。悪獣は迫っている。


 身体を揺らし、懸命に登ろうとする。爪先が再び短剣の柄に触れた。全ての力を振り絞る。

 苦痛の声を上げながら、身体を引き上げた。なんとか枝の上に辿り着く。もう、これ以上は動けない。指一本、動かすことができない。


 もし、悪獣がこの位置にまで襲ってこれればどう仕様もない。獣人たちが村ではなく、ファルハルドに襲いかかってくればどう仕様もない。


 ファルハルドは運を天に任せ、幹にその身をもたれかからせ、瞳を閉じた。

次話、「狂濤を乗り越えて」に続く。



 次回更新は、3月13日予定。以後、週に一度更新に戻ります。

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