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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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45. 八の月、満月の夜 /その⑦



 ─ 9 ──────


 地上には多くの獣人、悪獣がひしめいている。まだファルハルドには気付いていない。


 ファルハルドは宙で剣を抜きながら落下。怪物たちはファルハルドの接近に気付き、牙を剥く。

 着地する寸前、剣を振るい着地点にいる悪獣をまとめて薙ぎ払う。四頭を倒すが、群れから見れば微々たるもの。全体への影響は全くない。


 ファルハルドは着地と同時に反動を利用し、そこから跳躍。剣を身体の前にかざし、前方に向け跳んだ。

 当たる敵をそのまま斬り裂き、ファルハルドは一気に突き進む。


 悪獣、獣人は殺到する。一人、群れの中に跳び込んできた人間など格好の餌食、その身を引き裂かんと迫る。


 悪獣が迫る。かわす。

 獣人が襲い来る。躱す。

 敵が攻めて来る。躱す。

 躱す。躱す。躱す。躱す。躱す。


 ファルハルドの持つイシュフールとしての特性は、天地自然の力が強い中でこそ本領を発揮する。

 ここは林の中。多少は自然の力が強く、ファルハルドの感覚は村内で戦っていた時よりも研ぎ澄まされる。


 しかし今、ファルハルドの感覚はそれ以上に高まっている。


 ひりつくような危険が、紛れもない死地が、そして自ら死地に飛び込む強い意志が、戦士としての本能を刺激し、ファルハルドに宿る戦いの才の片鱗を呼び起こす。


 それはファルハルドが受け継いでいるもう一つ。決して親とは認めないデミル四世より受け継いだ剣才、その戦いの才能がイシュフールの鋭い感覚と合わさることで、ファルハルドの空間把握能力を劇的に高めている。


 常人を越えた空間把握能力により迫る群れの隙間を見つけ、細かく進路を調整。他の誰にも真似できぬ動きで、牙を躱し、爪を躱し、体を躱し、全力で駆け抜ける。


 敵は無数。躱しはしても、全てを完全に躱しきることはできない。牙が、爪が、体当たりがその身をかすめる。

 防具は全身を隈無く包んでいる訳ではない。それでも、鎧兜は重要な箇所を守り、蜥蜴人の革当てと籠手、脛当ては傷付きやすく走り抜けるのに必要な手足を守る。


 防具に守られ、受ける傷は浅手。

 問題ない。もとより無傷で群れを抜けられるなどとは考えていない。動きに支障さえなければそれでよい。


 立ち止まらない、緩まない。生死の狭間を駆け抜け、生死の狭間にいながら駆け抜ける。


 怪物たちは苛立ち、興奮し盛んに吠え声を上げる。そこに双頭犬人の狂乱の咆吼が響き渡った。群れはさらなるたかぶりを見せる。


 応じるように、ファルハルドの胸の内も波立つ。

 昂る闘争本能が、狂おしいほどに争いを求めるその戦いの才が、全てを忘れ闘争の愉悦に身をひたさんと誘いをささやく。


 昔のままのファルハルドであるならば、己の死を望んでいたファルハルドのままであるのなら、あるいは思考を手放し、そのまま衝動に呑まれていたかもしれない。


 だが、今のファルハルドは違う。


 一度、狂乱状態に呑まれた経験が、必ず生きて戻るという約束が、ナヴィドやサルマを守るという決意が、己の意思を手放させはしない。容易く激情に呑まれなどしない。

 強い意志の下、群れを駆け抜けることに集中する。



 群れはファルハルドを狙う。隙間なくまとまり、一度に襲い来る。

 跳躍。迫る敵の頭上を越える。


 着地点には悪獣が待ち構える。落下しながら剣を振るう。


 待ち構えた悪獣は斬り捨てたが、敵は次から次へと殺到する。立ち塞がる敵に剣を振るい、進路を斬り開かんとする。


 これまで駆け抜けられたのは、駆けることに集中していたから。剣を振ることに気を取られれば、その分歩みが遅れ視界は狭まる。


 意識の隙をかれ、ファルハルドは横から迫る悪獣の攻撃を躱せなかった。


 悪獣が迫る。間一髪、身を引きながら左腕の籠手で受けることで被害を抑えた。

 しかし、その身は為すすべなくね飛ばされる。飛ばされたその先には、爪と牙を剥き出した獣人が。


 飛ばされながらファルハルドは身をひねる。爪にその身が傷付けられながらも、獣人を斬り捨てた。


 崩れる獣人の身体にぶつかる。落下の衝撃は緩和した。

 それでも衝撃に息が詰まる。完全に体勢が崩れ、次の動作が遅れる。


 怪物たちは殺到する。視界全てを敵が埋める。迫る攻撃を躱す余地がない。斬り裂く、その先も敵は続く。跳び越す、その先にも敵はいる。


 数の力に呑み込まれる。もはや、抜け出せない。絶体絶命。


 つまり、予定通り。



 ファルハルドは腰の後ろの小鞄に手を入れた。取り出したものを離れた位置に投げる。


 黒い霞が立ち昇る。ファルハルドに襲いかかろうとした怪物たちの向かう先が変わった。近くにいた怪物たちは全て黒い霞に殺到する。


 ファルハルドが投げたもの。それは魔導具、『あざむく人影』。アータルの月に届いた、ジャンダルたちが送ってきた荷の一つ。


 本来は逃走用に使われる。黒い卵状の魔導具を足下に落とし割ることで、闇の怪物たちを引きつける黒い霞が立ち昇り、怪物たちが気を取られている隙に逃げ出すためのものだ。

 それをファルハルドは群れの中を駆け抜ける切り札とした。



 ファルハルドは素早く立ち上がり、即座に駆け出す。自分の状態を確認する間も惜しい。付近の怪物たちが霞に引きつけられているうちにと、今はただひたすら進む。


 すでに群れの半ばを越えた。怪物たちの群れは東村を襲撃していた。当然、最も群れの密度が高く、敵勢が厚いのは村のすぐ傍。その部分は抜けた。


 敵勢はまばらとなる。しかし、抜ける難度は変わらない。

 ここから先の個体は手強い。双頭犬人が自身の護衛とするためか、群れの中でも身体の大きな個体を自身の近くへと集めていた。


 悪獣、獣人が立ち塞がる。この先は単に躱すだけでは行き詰まる。

 怪物たちは連携を取り、躱してもその先で別の敵が待ち構える。躱せば躱すほど敵勢に包まれ、一体を倒すのに手間取ればそのまま敵に囲まれる。



 よって、ファルハルドは最後の切り札を切る。


 駆けながら、再び腰の後ろの小鞄に手を入れる。取り出す。

 取り出したのは小袋。袋の口を縛る紐をほどく手間が惜しい。ファルハルドは袋を歯で噛み破る。袋から粉がこぼれ出す。


 敵は迫る。零れる粉を剣身に振りかける。

 獣人の爪を躱しながら、袋を捨て剣身を手でなぞる。


 ずわりと自分の中から力が引き出されていく感覚と共に、剣身が微かな燐光に包まれる。

 振るった剣は、獣人の胴をあっさりと両断した。


 取り出したのは魔導具、『付与の粉』。擬似的に魔法武器と同じ状態を発生させ、攻撃力を飛躍的に跳ね上げる。同時に、体内魔力が強制的に消費されていく。


 ファルハルドの保有する魔力量は決して多くはない。魔力が尽きればもはやそれまで。



 ここから先は時間との闘い。ファルハルドの魔力が尽きるのが早いか、双頭犬人へと刃を届かせるのが早いか。

 ひりつくような危険に、ファルハルドは闘志を掻き立てる。


 せる。ファルハルドはさらに加速。

 はしる。立ち塞がる敵を一振りで斬り捨てながら、真っ直ぐ双頭犬人の下へ突き進む。

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