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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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44. 八の月、満月の夜 /その⑥



 ─ 7 ──────


「ぼちぼちか」


 炎が弱まってきた燃える柵を見ながら、オルダが呟いた。


「うーし。んじゃ、まあ、各自頑張るってことでよろしくー」

「ういー」


 それぞれが土塁の傍へと移動を始めようとした。皆が離れていく前に、ファルハルドが問いかける。

 その問いかけは決して大きな声ではなかった。しかし、その内容は皆の足を止めるのに充分なものだった。


「双頭犬人ざえ倒せば、この危機は乗りぎれるか」

「お前、そりゃ……」

「あんたはなにを……」


 オルダとワリドはなにかを察し、顔色を変える。


 最初、約四百体で襲ってきた怪物たちの群れは、皆の必死の抵抗で数を半減させているが、それでも大群。どう考えても堀と土塁、そしてここにいる戦力だけではしのぐことはできない。


 残る希望は、未だ駆けつける気配のない討伐隊が全滅するまでに間に合うかどうかだけ。だが、間に合うかどうかは神のみぞ知る。


 だから、ファルハルドは問いかける。己に取れる選択肢を。


「双頭犬人を゛倒せる方法がある。ただし、それを行えば俺は帰ってばこれない」

「手前!」


 オルダはファルハルドの胸倉を掴んで引き寄せ、兜と兜を打ち合わせた。


めんな! 全員で凌ぐんだよ! 手前一人が犠牲になってどうする! それで済む話じゃねぇんだ!」


 ファルハルドは目をらさず、自分の胸倉を掴むオルダの手を取り首を振る。


「そうじゃない。犠牲になるはない。ただ、双頭犬人を倒しに向かえば、それで力を使い果だす。

 その後は疲労困憊になり戻ってぐる余力も、それ以上戦い続ける余力もなくなり、俺はなにもできず戦線離脱ずるしかなくなる。ぞう言っているんだ」


 オルダは鋭い目付きのまま、ファルハルドを見詰める。


「マジなんだろうな」

「ああ、本当だ」


 半ば嘘である。執ろうとしている手段は危険な賭け。確実に生き残れるとは言えない。

 一手打ち間違えれば生き残ることはできず、二手打ち間違えれば双頭犬人を倒すこと自体叶わぬ綱渡り。


 それでも、これは必要なこと。そして、その方法はファルハルドにしか行えない。

 行うために必要なものが一人分しかなく、実行できるのは怪物たちの群れの中を駆け抜けられる者。ここにダリウスがいれば話は別だが、今いる者たちのなかで実行できるとしたら、それはファルハルドだけだろう。


 ファルハルドが生き残れる確率は低い。だが、おそらくこれが東村が生き残れる確率を大幅に高める唯一の方法。


 ファルハルドは思う。


 自分が派遣された傭兵団の面々は、馬鹿でがさつで荒っぽい、だが、気のいい奴ら。

 開拓村の人々は過酷な生活の中、自らの生活を切り拓き懸命に生きようとする健気な人々。


 そして、ナヴィドとサルマは。この腕の中に抱いたあの子たちこそ、なにを置いても守るべき未来。

 たとえ我が身を危険に曝すとしても、為せることがあるならば全て為す。


 ファルハルドは考える。


 生きて帰ると約束した。だが、単に帰るだけならば意味などない。パサルナーン迷宮を踏破し、神殿遺跡でレイラの延命を願うことができてこそ、自分には生きて戻る価値がある。

 そのための実力を身に付けられて、初めて自分には生きて帰る値打ちが生まれる。


 ここでできることがありながら自分可愛さにそれを行わないのなら、自分には生きて帰る資格などありはしない。


 だから、ファルハルドは決断する。


 為すべきことを為す、と。


「しゃーねぇ。なら、一丁、付き合ってやるよ」

「これば一人でなければでぎない方法だ」

「マジかよ」

「ああ」


 オルダは盛大に溜息をついた。


「ちっ、本当、しゃーねえな。おい、知ってるか。お前は大馬鹿(もん)だぜ」


 ファルハルドは苦笑した。


「そうなんだろうな」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。

 ひとしきりの笑いが収まるまで待ち、横にいるワリドは告げる。


「俺はあんたを信じる。こちらのことは任せろ。双頭犬人のことは任せた」

「ああ」


 皆を見回し、オルダが叫ぶ。


「野郎ども! ここが踏ん張りどころだ。気張れ!」


 皆を見回し、ワリドが鼓舞する。


「妻を思え。子を思え。仲間を思え。必ずや我らの村を守り抜く」

「おおおおおおぉぉぉー」


 力強いとどろきが地を震わせる。




 ─ 8 ──────


 ファルハルドは物見櫓に登った。

 怪物たちの群れを見渡し、双頭犬人の位置を確認する。変わらず双頭犬人は群れの後方にいる。やはり、辿り着くためには分厚い怪物たちの群れを越えて行かねばならない。


 西の空に満月は沈みかけ、東の空では遠い山の端が微かに明るくなり始めている。討伐隊の姿はまだ確認できなかった。


 腰の後ろの小鞄の中を整理し、『子孫繁栄』を取り出した。水袋に口を付け、飲み下す。『子孫繁栄』が効果を発揮するまで、しばし群れを眺め待つ。


 見下ろし、見渡す。


 怪物たちの大群。壮観だと言えるか。よくもこれだけ集まった。そう思う。ここでこの群れを殲滅させすれば、今後の戦いは楽になるだろう。そうとも思う。


 深く息を吐き、目をつむる。


 今、頭に思い浮かぶのは、怪物たちの群れではない。傭兵たちや村人たちでもない。ジャンダルやバーバク、ハーミ、モラードやジーラ、エルナーズ、そしてレイラの顔。自分を信じ待つ者たちの顔。


 ここから先は群れ対一人。これから行うのは一手打ち間違えれば生還不可能な賭け。


 気持ちを高め、そして研ぎ澄ます。

 達成困難な目的を実現するために。必要なことを行うために。生きて再び帰る、そのために。



 深く息を吸う。『子孫繁栄』が効いている。疲労は薄らいだ。充分に身体は動く。

 ファルハルドはこれから行うことには邪魔となる盾を腕から外した。村内の者たちに目をやり、一つ頷く。


 皆は武器持つ腕を高く掲げる。弓持つ者たちは残った矢を全て一斉に放ち、投石紐を持つ者は集めた石を全て一斉に放つ。


 柵傍に迫っている怪物たちの一部が倒れ、残りのものも怯み、わずかの間その動きが止んだ。


 行こう。為すべきことを為すために。

 ファルハルドは物見櫓を蹴った。その身は宙を舞う。

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