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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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43. 八の月、満月の夜 /その⑤



 ─ 6 ──────


 破られたのは北東部分。悪獣の体当たりにより、柵が崩れた。怪物たちが侵入してくる。


 土塁の上で弓を構えていた村人はあわてて侵入してきた怪物たちに矢を浴びせる。しかし、それでは間に合わない。侵入しようとする敵に比べ、倒せた敵はわずかなものだった。



 怪物たちが一気に雪崩れ込もうとした時、高らかな声が響いた。


「我はこの世に喜びを広むる者なり。食と喜びをお与え下さる宴席うたげ厨房くりやの神メルシュ・エル・セダにこいねがう。喜びをもたらす尊き種火を与え給え」


 木製の柵に火がついた。即座に続けての祈りが唱えられる。


「我はこの世に喜びを広むる者なり。食と喜びをお与え下さる宴席と厨房の神メルシュ・エル・セダに希う。小さき種火を我が望むるままに燃え盛えさせ給え」


 種火は紅蓮の炎となって燃え上がり、村を囲む柵は一気に炎に包まれた。侵入しようとした怪物たちは炎に包まれる。一時的に新たな怪物の侵入は止まった。


 ちょうどその時、川の堰が壊され、水が勢いよく堀に流れ込む。すでに侵入していた怪物たちが流される。怪物たちがその程度で溺れ死ぬことはなくとも、すぐには攻撃に移れない。


 屋内に避難していた筈のジョアンとプリヤが家々の間から姿を見せた。

 ジョアンは村内に響き渡るワリドの指示を聞き、自分の法術が必要になると判断し、避難していた家屋から駆けつけたのだ。


 まごまごしている男どもを叱咤する。


「あんたたち、早く内に入るんだよ!」


 ジョアンはそのまま水が渦巻く堀まで進み、水の中に手を入れた。


「我はこの世に喜びを広むる者なり。食と喜びをお与え下さる宴席と厨房の神メルシュ・エル・セダに希う。我が手をひたすこの水を煮立たせ給え」


 堀を満たす水が熱湯へと変わる。堀に漬かっていた怪物たちは悲鳴を上げた。


 ジョアンは食べることが大好きなアルマーティー。神官共通の『治癒の祈り』などはあまり得意ではなく、攻撃用の法術にいたっては全く使えない。


 だが、宴席と厨房の神メルシュ・エル・セダに仕える神官特有の法術だけに限れば一定以上の力を発揮できる。

 本来、調理用である法術を、工作物と組み合わせることで強力な攻撃へと転用した。



 これでしばしの時間が稼げた。全員が土塁内に移動し、迎撃態勢を整えられるだけの余裕ができた。


 土塁は分厚く、外側には逆茂木として尖った杭なども刺している。それでも高い柵に比べれば、土塁の防御力は劣るだろう。


 木製の柵は今は怪物たちの死骸と共に燃え盛り、怪物たちの侵入を防いでいる。柵が燃え尽きかけた時、それが最後の戦いの始まりを意味する。


 傭兵と村の男性陣は弓を構える者たちに警戒を任せ、武器を手放さないままで一息つく。


 辺りには怪物たちの悲鳴と共に肉の焼ける匂いが漂っている。誰かがぽつりと言った。


「腹減ったな」

「けへへっ、焼き肉ならたらふくあるぜ」

「かはっ、笑わせんな。傷に響くだろうがよ」


 現時点で、死亡した村人が一名、片腕を失う大怪我をした村人が一名、他に深手を負っている者が十名ほど。無傷の者は弓矢を使い、その後投石や石集めを行っていた十数名程度。それ以外は皆、傷だらけの者ばかり。


 それでも場が悲壮感に包まれることはない。命の限り戦う。当たり前のこととしてそう考える者たちは苦しく辛い状況でも普段通りに明るいままだ。


 それに暗く打ち沈んだところで事態は改善しない。武器振るう腕が、戦いの場へ駆けつける脚が縮こまり、状況が悪化するだけ。

 ならば、気持ちを切り替え、明るく気楽にと、気持ちと身体をほぐさなければならない。皆が本能的にその必要性を理解している。


 ジョアンとプリヤ、ファルハルドは皆の怪我を順に見ていく。


 片腕を失った村人についてはとうに女性陣が避難している家屋に運び込まれ、治癒の祈りや止血を施されており、ここにはいない。

 ジョアンは深手を負っている者から順に治癒の祈りを施し、プリヤは前もってファルハルドが集めていた薬草を使い、ファルハルドと共にそれぞれの手当を行っていく。


 男たちの話が聞こえた訳ではないだろうが、エベレたち村の女性陣が湯気を立てている大鍋を運んできた。


「さあ、皆さん、食事です。少し腹ごしらえをしてください」


 決して量は多くない。全員に配ればせいぜいが一人一椀のみとなる。だが、非常事態の中で女性たちが作ってくれた食事は、腹を満たすには足りなくとも皆の気持ちを満たすには充分だった。


「かぁー、旨ぇぜ」

「だな。これでちったぁ踏ん張れるか」


「よー、団長たち来るのと土塁が破られるの、どっちが早いか賭けねぇ?」

「おー、俺団長な」

「じゃ、俺は破られるほう」


「それ、賭けにならなくねぇ?」

「そりゃそうか、ぎゃははっ」


 男たちが陽気に笑い合う中、不意に木材の崩れる大きな音が聞こえた。

 狼人が一体、身体を燃やしながら柵の間から身を捻じ込んできた。


 急ぎ矢を射掛けるが、狼人は素早く駆け抜け、堀を飛び越え、土塁を駆け上がる。飢えた牙を剥き、皆の食器を片付けていたジョアンたちを狙い、襲いかかった。


 間一髪。傍にいた本隊隊員が断ち切り刀を振るい、狼人をほふる。


「けっ、弱ぇ奴を狙ってんじゃねぇぞ、糞が」


 本隊隊員は斬り捨てた狼人を蹴りつけ、唾を吐きかける。ジョアンがつかつかと近づき、思いっきり本隊隊員の耳を引っ張った。


「あんぎゃー」

だーれが弱い奴だってんだい」


「ちょっ、ちょっ、まっ。耳、千切れる、千切れるからっ」

「安心おしよ。ちゃんとあとでくっつけてあげるからね」

「それ駄目なやつだろー」


 笑いは皆に広がっていった。ワリドが一通り周りを見回し、笑いながら女性たちに話しかける。


「ありがとう、旨かったぞ。あとは任せてくれ。くれぐれも戸締まりを忘れるな」


 すでに柵の炎は一時よりも鎮まり始めている。もうしばらくすれば怪物たちはなんなく侵入してくるだろう。

 いよいよ人と怪物、どちらが生き残るのか、東村の命運を賭けた最後の戦いが始まろうとしている。

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