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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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41. 八の月、満月の夜 /その③



 ─ 4 ──────


 犬人が柵の間から鋭い爪を突き出す。本隊隊員は避け、斧の一振りで腕を落とした。


 狼人が柵を乗り越えようとする。柵の上に顔を出したところを隊員が斬りつける。


 悪獣が柵へと体当たりを繰り返す。柵が大きく揺れ、きしむ。

 東村の村人が手に持つ槍で突き刺した。突き出された槍を犬人が掴み、そのまま引いた。槍を引かれ、村人は柵に身体をぶつける。


 そこに別の犬人が迫る。犬人は村人の腕を喰い千切った。村人は絶叫と共に空堀へと落ちていった。



 現在、東村にいる傭兵はファルハルドを除き本隊隊員が十二名、そしてプリヤと神官であるジョアンだ。


 療養が必要な者は基本的に西村に集められるため、双頭犬人たちの襲撃開始時点で目立つほどの怪我を負っていた者はファルハルドだけだった。


 東村の男性陣は全員で四十一名。うち一名が戦死、一名が重傷。

 未だ、傭兵たちで深刻な怪我を負っている者はいない。しかし、絶えず押し寄せる怪物たちとの戦いに少しずつ疲労が蓄積してきている。


 怪物たちの襲撃は緩むことはない。一定の間隔を置き、双頭犬人の狂乱の咆吼が響き、その度に怪物たちの攻撃は激しさを増す。




 目が良く、身が軽いファルハルドは一種の遊撃の役目を担い、一箇所に留まることなく押されている箇所を探してはその場に駆けつけることを繰り返している。


 一箇所で振るう剣は一度や二度。戦闘の中心にいる訳ではない。

 だが、ファルハルドが駆けつけ、助力することで押される状況を変えることができている。それぞれの箇所で戦う者たちにわずかな余裕が生まれ、息を吹き返すことができ戦線を維持することができている。


 傭兵たち、村人たちは柵傍で剣や斧を振るい懸命に怪物たちを押し留め、土塁に登った者たちからは次から次へと矢が射掛けられる。


 人相手と違い、闇の怪物たち相手では弓矢は充分な効果は見込めない。獣人相手では避けられやすく、無機物や亡者、巨人相手ではあたったところで決定打とはならないからだ。


 だが、今は話が変わる。

 獣人たちは柵に取り付き、その奥にいる怪物、悪獣たちも密集していることから、矢を放ちさえすれば避けられることなく必ずいずれかには中り、致命傷とはいかなくとも充分な被害を与えることができる。


 すでに獣人たちを二十体以上、悪獣は五十頭近くを倒している筈だ。


 だが、怪物たちの攻め寄せる様子に変化はない。闇の怪物たちとの戦いは続く。




 ファルハルドは村内に侵入した犬人を斬り払った。足を止め、乱れた荒い息を整える。

 村内を駆け回り続け、疲労が濃くなっている。蜥蜴人の革当てをめくる。亡者から受けた腿の傷と犬人から受けた左腕の傷は傷口が開き、再び出血している。


 腰の後ろの小鞄に手を入れ、中を探る。最初に手に当たった薬を取り出せば、血止めではなく強壮剤の『子孫繁栄』だった。


 疲労を考えると服用したいところ。だが、残りの戦闘があとどれだけ続くか読めない。出血をしていることと合わせて考えれば、今はまだめておくべきだろう。


 改めて小鞄を探り、他の薬や魔導具を選り分け血止めを取り出し傷口に塗り込んだ。


 周囲を見回す。怪物たちの襲撃が弱まる気配はない。このまま朝までしのぎきれるとも思えない。希望があるとすれば、討伐隊が駆けつけてくることぐらいだろうか。


 討伐隊は予定通りなら、今日の昼間は盆地の北側で戦い、その後駐屯地跡で宿営している筈。

 東村が襲われていることに気付いていないとは考えにくい。ならば、未だ姿を見せないのは駆けつけられる状況にないということ。討伐隊は別の敵と戦っているのか。あるいは西村からの救援要請があり、そちらに向かったのか。


 どんな状況であろうとも、ダリウスが率い、斬り込み隊の面々もいる討伐隊が敗れるとは思わない。しかし、いつこちらに駆けつけられるのか。確かなことはなに一つわからない。


 ファルハルドは考える。双頭犬人の狂乱の咆吼が届く度、怪物たちは疲れを忘れ、激しくいきり立つ。狂乱の力の源泉である双頭犬人を倒しさえすれば、群れから受ける圧力は激減する筈。時間を稼ぐためにも、やはり必要なのは双頭犬人を倒すこと。


 腰の後ろの小鞄を探るうちに、ある一つの手を思いついた。あるいは自分一人でも、その剣を双頭犬人に届かせられるかも知れない方法を。


 だが、それには大きな問題が二つある。


 一つは、今ファルハルドが抜ければ、防衛線が崩壊する可能性があるということ。

 ファルハルドが不利となっている箇所を見つけ、次々に助けに回っていることで戦線を維持できている。そのファルハルドが双頭犬人を倒すためこの場を離れれば、それは単に一人分の戦力が抜ける以上の影響がある。


 襲撃の圧力を下げるために防衛線を崩壊させるのでは、本末転倒もはなはだしい。


 そして、もう一つの理由。それはこれが片道切符になる筈だということ。


 双頭犬人を倒す、それは不可能ではない。しかし、双頭犬人を倒しさえすればそれで全てが終わる訳ではない。あくまで群れを率い、群れに狂乱の力を与えている存在を倒したというだけのこと。

 それだけで怪物たちの群れが消えてなくなりはしない。


 双頭犬人を倒すために力を使い果たした状態で一人、怪物の群れの中に取り残されれば、とてもではないが生き残ることはできない。ファルハルドには生き残らねばならない理由がある。死ぬしかないとわかっていることを行うことはできない。だが、このままでは……。


 ファルハルドは迷う。また、一箇所で悲鳴が上がった。


 ファルハルドは駆け出した。迷うならば、まずは今必要なことから。

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