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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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40. 八の月、満月の夜 /その②



 ─ 3 ──────


 ファルハルドはハーミからの手紙を思い出す。しるされていた。双頭犬人と戦う際には、なによりも群れを率いる双頭犬人を倒すことが重要だと。


 ハーミによれば双頭犬人の強さはせいぜいが狼人と同等とのことだった。だが、今回姿を見せた双頭犬人は明らかに身体が大きく力強い。おそらく犬人の変異種である双頭犬人の、さらに特異である個体。


 それでも個体としての戦闘力はせいぜいが獅子人と同じか、少し劣る程度。ファルハルドにとって、手古摺てこずりはしても倒せない相手ではない。それが一対一であるならば。


 しかし、双頭犬人の居場所は群れの後方。立ち塞がる怪物たちの中を進み、やっと辿り着く。一人飛び出したところでどうにかなるものではない。


 他の者たちを見回す。柵に取り付き乗り越えようとしている獣人たち、次から次へと殺到してくる悪獣たちの相手で皆は手いっぱいとなっている。他に戦力を裂く余裕はない。


 だが、数的差を考えれば、このままではじり貧となる。怪物たちに狂乱の力を与えている元凶を倒さねばいずれ柵は破られる。


 せめてここに斬り込み隊の面々がいればと考える。村の防衛を本隊隊員たちと村人に任せ、斬り込み隊で討って出ることも可能であったが、残念ながらファルハルド以外の斬り込み隊隊員たちは討伐隊として出払っている。


 どう動くべきか、ファルハルドは迷う。


 その時、柵傍で戦っていた村人の絶叫が響く。目の前の犬人と戦う間に狼人が別の箇所から柵を乗り越え、村人をその牙に掛けたのだ。

 狼人は首を振る。村人は力なく空堀に落ちていった。狼人は一気に土塁を跳び越える。


 ファルハルドは迷うことを止めた。櫓から跳び降り、村内に侵入した狼人へと斬りかかる。




 双頭犬人率いる群れは北方向から東村に襲いかかって来た。敵の群れが最も分厚く、最も激しい戦いが行われているのは村の北側。


 だが、他の方向にも当然敵は回り込み、侵入しようとする。ワリド村長は完全武装で自ら戦いながら、正面となる北側以外の指揮を執る。


「ここは俺が引き受ける。東に人手が足りん。ヤシーン、アサン、東側に向かえ」


 ワリドは戦斧を振るい、傭兵たちにも負けぬ戦いぶりを見せる。



 ワリドはアルシャクス東部の貧しい村で産まれた。


 幼い頃のワリドは典型的な悪餓鬼だった。同年代の子供よりも大きな身体を持ち、なにかあればすぐに暴力を振るう乱暴者。貧しい暮らしから抜け出せない大人たちを見下し、大人たちの説教に耳を貸すことはない。


 当然のごとく、狭い村で一生を終えるつもりなどなかった。長じてからは村を飛び出し、たまたま出会った傭兵団に加わった。

 その傭兵団は二十人に満たない小規模な傭兵団であり、いくさがある時は傭兵として働き、戦がない時には賊として村々を襲うような者たちの集まりだった。


 ワリドにその暮らしは合っていた。面倒な法や倫理に縛られることなく、心のままに斧を振るう。殺すことも奪うことも楽しくてたまらない。

 わずか数年でワリドは傭兵団の副団長へと上り詰めた。


 ある時参加したアルシャクスとイルトゥーランの紛争で、ワリドのいた傭兵団は壊滅する。全てを失い、自身も大怪我を負った。戦場いくさばから落ち延びたワリドは一つの村へと辿り着く。

 それは故郷の村と似た貧しく小さな村。それまでであれば襲い奪う対象としたような村だった。


 疲れ果てぼろぼろの状態で村にやって来たワリドを、一人の娘が見つけた。


 ワリドは考える。この娘を人質にして村から食料、薬を出させれば、と。

 だが、ワリドが動く前に娘はワリドに駆け寄った。その善良な顔中を心配で満たして。大丈夫ですか、と。


 その瞬間、ワリドの中でなにかが溶けた。


 その村はオスクの数家族も住むが、大半をアルマーティーの人々が占める善人の集まった村だった。


 ワリドは最初に出会ったオスクの娘の家に引き取られ、面倒を見られた。その家族だけに限らず、村人全員が縁もゆかりもないワリドを受け入れ、なにくれとなく世話を焼いてくる。


 妙な奴らだとワリドは思う。馬鹿なお人好しどもだとも考えた。

 だが、怪我が治り、不自由なく動けるようになる頃には、ワリドはそんな村人たちを好ましく思うようになっていた。ずっと自分の世話を焼いてくれた娘の影響だ。


 その娘、エベレと過ごす日々がワリドを変えた。善良なエベレと過ごすうち、ワリドは初めて自分の生き方を恥じた。


 ワリドはエベレの両親から、娘も望んでいる、このまま村に留まり娘と一緒になる気はないかと尋ねられた時、自分の過去を隠すことなく告白した。

 殺し、奪うだけの過去を。自分はエベレに相応しい人間ではないと。自分には生きる資格もないと。


 エベレの両親はそんなワリドを赦した。

 人はいつだって生き直せると。後悔を知るならば、きっと生き直せると。息子よ、私たちはあなたを赦すと。


 ワリドとエベレは村中に祝福され、一緒になった。初めての子供の誕生も村中で祝ってくれた。


 その村は今はもう存在しない。闇の怪物たちの襲撃によって消滅した。村人の大半も亡くなり、エベレの両親も、ワリドとエベレの子供も亡くなった。


 そして、ワリドたちは悲しみを乗り越え、一から新たなる生活を築くため開拓事業に人生を賭けた。


 今のワリドには愛する妻が、そして新たに授かった我が子たちがいる。奪うためではなく、守るため、再びその荒ぶる魂を呼び覚ます。

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