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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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39. 八の月、満月の夜 /その①



 ─ 1 ──────


 現在、ファルハルドは東村で休息中だ。亡者と戦った際の怪我のため、団長命令によりしばし療養することになったのだ。


 受けた怪我の程度は軽いものだったが、悪獣や闇の怪物によって付けられた傷は瘴気により汚染されることがあり、その中でも亡者に付けられた傷は汚染の程度が酷い場合が多く注意が必要だからだ。


 今回は幸いにも汚染の程度も軽かった。ただ、それでもジョアンによる浄化の祈りがなければ大事になっていた可能性はある。今後、亡者と戦う際には傷を負わぬようにせねばとファルハルドは気を引き締める。



 その一環として、少し装備を見直すことにした。ちょうど今、東村にはこの前倒した蜥蜴人から回収した皮がなめして置いてある。


 もちろん団の財産であり、ファルハルドが勝手に使ってよいものではないが、管理をしているジョアンとプリヤに話をすれば端の辺りの鱗が細かな部分なら使っても構わないと許可を貰えた。

 やたらと大袈裟な怪我を負うことの多いファルハルドを心配して融通を利かせてくれたようだ。



 ファルハルドは蜥蜴人の革を裁断し、上腕部外側と太股前面を覆う革当てを作ることにした。

 と言って、複雑な作業をする訳ではない。長方形に切り出し、胴鎧に縫い付けるだけだ。


 胴鎧の肩口と裾部分に数箇所の穴を開け、切り出した蜥蜴人の革の一辺にもこれまた穴を開け、両者を革紐で結んでいく。

 あとは革当てがぶらつかないように、結び付けた革の反対側の辺に腕や足にくくり付けるための革帯を取り付ければ完成だ。


 肩や足の動きを邪魔しないよう、胴鎧と結びつける革紐を長く取り、多少の隙間があるぐらいの緩さで取り付けたのだけが工夫だろう。


 細かくとも硬い鱗が並ぶ蜥蜴人の革の裁断や穴開けには苦労したが、半日ほどの作業時間で終えることができた。いかにも素人仕事といった不格好さだが、機能上はこれでなんの問題もない。いずれ西村に行った時にでも、改めてタリクたちに細かな調整を頼むつもりだ。



 これでファルハルドの防具は一応、全身を覆う形となった。


 頭は鉢部分だけの兜。胴体部分は補修しながら使っているキヴィク親方作の革の胴鎧、上腕部と大腿部は蜥蜴人の革当てが覆っている。

 肘と膝から先はタリク作の厚めの革に薄金を貼り合わせた籠手と、籠手のあとに造って寄越した脛当て、あとは長手袋と深靴、迷宮内で使っていたのと同じ大きさの小振りの盾。


 他に、武器はモズデフが鍛え直してくれた小剣を左腰に、春先にジャンダルたちが送ってきてくれた短剣を右腰に差し、これまで革袋に入れていた薬類は腰の後ろに小鞄を付けそこにまとめて入れた。


 他の団員たちと比べればかなりの軽装だが、これが自分にとっての最適を求めたファルハルドの選択の結果だ。昔よりは厳重になった分、これでも多少重さを増しているのだが、昔よりも力が付いた今のファルハルドならこの装備で問題なく戦える。


 ファルハルドは全装備を身に着けた状態でしばらく身体を動かし、具合を確かめた。



 そして、その日の夜。すぐに新しくした装備の出来が試される機会が訪れる。




 ─ 2 ──────


 満月の日、空が厚い雲に覆われている夜更け過ぎ。不寝番に就いている見張り番が激しく鐘を鳴らした。


 皆は一斉に反応する。傭兵たちは装備を身に着け、村を囲む柵へ。村の男性陣も武器を手に取り半数は柵へ集まり、残り半数は備え付けられた篝火かがりびに火を付けて回り、その後土塁に登り弓を構える。

 ジョアンやプリヤ、村の女性たちや子供たちは村長宅やその離れ、もしくはその近くの家に集まり厳重に戸締まりを行う。


 ファルハルドも最も早く柵へと駆けつけた一人だ。その時ちょうど、犬人が一体、柵を乗り越えた。素早い獣人に村内に入り込まれては面倒なことになる。踏み込み、犬人が着地すると同時に斬り捨てた。


 他にも数体の獣人が柵に取り付いている。そこかしこで駆けつけた傭兵や村人と獣人との間で戦闘が始まる。


 未だ柵に取り付いている敵の数は少ないが、次から次へと怪物たちはやって来る。そのどれもが興奮し、激しく荒れ狂っている。ファルハルドは剣を振るいながら、頭の隅でちらりと思う。なんだこれは、なにが起こっている。



 厚い雲の切れ間から満月が地上を照らした。物見櫓に登っている見張り番が悲鳴を上げる。


「糞。なんなんだよ。大群だ。怪物どもはどこまでも続いてやがる。あれは……、あれはなんだ」


 ファルハルドは目の前の敵を斬って捨て、少し頼むと、隣で戦う者に声を掛け、一気に物見櫓を駆け上がった。


 見張り番が見詰める方角を見る。確かに怪物、悪獣たちがずっと続いている。初めて見る規模の大群だった。


 目をらす。あれは……。その視線の先、群れの後方に異形の怪物がいた。二つの頭を持つ一際ひときわ身体の大きな犬人。双頭犬人。大規模な群れを率い、群れを狂乱状態とさせる怪物の姿があった。


「敵数、掴み゛で四百。獣人二割、悪獣八割。率い゛るのは双頭犬人」


 ファルハルドからの情報に傭兵たちははらに力を籠める。


 双頭犬人が率いるならば、その群れは激しさを増す。より一層執拗に、そしてより一層凶暴に。致命傷を負わせようとも、完全に息の根を止めるまで痛みを忘れ襲い来る。


 この夜は厳しく激しい戦いとなることだろう。全員が朝を迎えることは難しい。それでも怖れることはない。躊躇ためらうことはない。逃げ出すことなどあり得ない。


 傭兵たちは金を対価に腕を売る者たち。受けた仕事は必ず果たす。契約を果たさねば次などないがゆえに。そして、戦士として。命の限り戦い続ける。激しく手強い戦いこそ彼らの求めるものであるがゆえに。


 傭兵たちは激しい戦いを予想し、口の端を吊り上げる。心から楽しむ。力の限り、本能のままに殺して殺して殺しまくる。その戦士としての本能を燃え上がらせる。


 村の男性陣もはらくくる。闇の怪物たちの侵入を許せば、家族が犠牲となる。皆がみな、故郷を離れ、開拓地での新たな生活に人生を賭けた者たちだ。ここより他にはもう行く当てなどない。

 必ずや守り抜く。家族を、村を、未来を守り抜く。必ずや怪物たちを討ち払い、この夜を越えると決意する。


 双頭犬人は力強く遠吠えた。ウォォォオオオォォオォォォオォーーーーー、耳をつんざく咆吼が木霊する。

 それは離れた位置で発された遠吠えでありながら、奇妙なほど耳元で聞こえる不思議な吠え声。群れがより一層の狂乱状態となり、襲撃は激しさを増す。



 セダの月二十五日(下のモサーラカトの日)、満月の日。長い夜が今、始まる。

 今話は三日に一度更新、次回更新は16日予定。

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