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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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36. 闇からの紆濤 /その③



 ─ 5 ──────


 休養日の二日目。ファルハルドは鍛冶場を訪ねた。


 タリクたちはとても忙しそうだ。激しい戦闘が続けば、どうしても武具の損耗が激しくなる。タリクたちだけでは間に合わず、村人たちにも簡単な作業は手伝ってもらっている。


 ファルハルドは道具を借り、隅で自分の使う盾に手を加え始めた。

 この傭兵団に来てから、ずっとまとめて用意されていた真ん中に握りが一つあるだけの型のものを使っていたが、迷宮でも使っていたのと同じ握り帯と腕を通す革帯の両方を取り付けている型に作り直そうとしているのだ。


 ファルハルドは『器用さ優れるエルメスタ』でもなければ、専門の職人でもない。見様見真似で取り付けた取っ手はいささか不格好なものとなったが、それでも実用上は問題ない。

 ファルハルドは自分で作り替えた盾を身に付けてみて、これで良しと満足した。



「感心だな」


 一仕事片付け、遅い昼食に向かおうとしたタリクが声を掛けてきた。


「他の奴らもそうやって自分にできることをやってもらえれば、こちらも助かるんだがな」


 タリクに誘われ、二人は食事を摂るために連れ立って調理場へと向かう。


 間近で見ればタリクもだいぶ疲れが溜まっているようだ。目の下にははっきりと隈ができている。


 ファルハルドたち戦闘要員とは違い直接的な命の危険はないが、それでも次から次へと積み上がる仕事に追われ、食事の時間すらやっと捻出している状態で連日早朝から晩遅くまで鎚を振っているのだ。


 負担を掛ける側のファルハルドとしては申し訳なく思う。タリクは笑ってファルハルドの背中を叩いた。


「お前さんは真面目だな。いいんだよ、お前さんがたは武器を手に戦うのが役目。鎚を振るのが儂らの役目。己の役目ぐらいこなしてみせるさ。

 それにお前さんは武器を壊すこともないではないか。他の奴らよりよっぽどましだ」




 調理場ではちょうどザリーフが立ったまま食事を摂っていた。この二十日間程、療養生活を送っていたザリーフも充分に恢復し、次の人員入れ替えからは共に討伐隊として働く予定だ。


 ザリーフはこのあと暇ならちょっと手合わせをしてくれと誘ってきた。

 この二、三日は身体を動かしていたが、それでも久しぶりの実戦となるため一度手合わせを行い勘を取り戻したいという話だ。


 ファルハルドに否やはない。休養と言われてもじっと休んでいるのは性に合わない。少しばかり身体を動かすほうが落ち着いていられるからだ。


 タリクはザリーフに手合わせで武器を壊すなよと注意をうながしている。ザリーフはうんざりした顔でぶっきらぼうに、わあってらと答えた。そのまま流れでどの位補修品が溜まっているのかやタリクの苦労話を聞いていく。



 食事も終わりかけた頃、タリクがファルハルドの腰の物を見ながら言った。


「しかし、お前さんの使っている小剣は随分良さそうなものだの。短剣もそうだが、どちらも名の知れた職人の仕事か」


 ファルハルドは剣と短剣を抜き、卓に置く。


「有名かどうかは知らない。パサルナーンに行った時に武器組合でたまたま知り合った者から紹介された店だ。

 さほど大きな鍛冶場ではなかったからな、おそらく有名という訳ではないのではないか」


 タリクは剣を手に取り、明かりにかざしじっくりとその造りを観察している。


「見事なものだ。素材も良いものを使っているが、なにより火の入れ方が良い。鍛えぶりも丁寧で、実に手が込んでいる」


 短剣もなかなかの品だ、随分値が張っただろうと言われたが、よくよく考えてみればファルハルドはいくらしたのか値段を知らない。どちらも贈られた物だと答えれば、軽く目を見張られた。


「これほどの品を贈られるとは余程大切に思われているのだな」


 タリクは感心したように言うが、それを聞いたザリーフは横からいらないことを言い出す。


「そりゃ、あれか。女からの贈り物か。そのつらで金持ちのばばぁでもたぶらかして貢がせたとかよ」


 ザリーフはけけっ、と楽しそうに笑う。ファルハルドが口を開く前に、タリクが鼻を鳴らした。


「ばーか、これほどの品がそんな方法で手に入れられる訳がなかろうが。職人ならば誰でもわかる。これには打ち手の魂が籠められておる。生半な思いで鍛えられた品ではない」


 確かにそうなのだろう。剣身に彫られた文字からもモズデフがどれほどの思いを籠めて鍛えてくれたのかはよくわかる。

 タリクもザリーフも字はほとんど読めず、彫られた言葉は読めなかったが、同じ鍛冶職人としてタリクはその仕事からモズデフの思いを正確に読み取っていた。


「ああ。確かに強い願いの下、この剣を鍛えてくれたのだと思う。俺の幸福を祈ってくれる気持ちを籠めてな。その気持ちが軽いものだとは思わない」


 タリクは同じ職人として満足そうに頷いた。ザリーフはちょっと不満そうだ。


「ようよう、タリクよ。一つ、俺にもそういうの造ってくれていいっしょ」

「知らん」

「瞬殺かよ」


「武器も防具もすぐに駄目にする奴がなにを言っとる。お前なんぞ、数打ちで充分だ」


 ザリーフとタリクはしばらく騒がしいじゃれ合いを続けた。 




 ─ 6 ──────


 朝になり簡単な食事を摂ったあと、ファルハルド、アキーム、ザリーフは騎馬隊と共に馬の背に揺られ、東村へと向かっている。そこで討伐隊に合流する予定だ。


 今回、オリムとハサンとハサン、本隊隊員たちが休息に入り、ファルハルドたちと別の本隊隊員たちが討伐隊として活動する。ダリウスに関しては一晩の短い休息を除けばずっと出っぱなしである。



 ファルハルドたちが東村に着いた時、ダリウスはワリド村長と話をしていた。他の討伐隊隊員たちはワリド宅前の空き地でたむろしている。


「オウ、来たか。まさか、お前ぇ腕(なま)ってねえだろうな」


 やって来たファルハルドたちを見かけ、オリムがザリーフに声を掛けた。


「は? なに言ってんスか。俺はいつでもバリバリっスよ」


 ザリーフは顎を上げ、強気な笑みを浮かべる。


 今回、ダリウス以外は全員が入れ替えになるため、この場で必要な情報伝達を受ける。


 この三日間の戦いは激しいものではなかった。襲撃の回数は少なく、その群れの規模も小さかった。もちろん普段と比べれば大規模な戦いであったが、最初の十日間に比べればだいぶ負担の少ない戦いだった。


 ただし、一点注意しなければいけないことがある。それは敵に『呪われし亡者』が交ざっていたことだ。


 『呪われし亡者』。第一の悪霊とも呼ばれる、悪神エマーグ・ボルアルゴの眷属。昨年の大規模な侵攻に於いても、後半に向かうほど多くの亡者たちが姿を見せた。


 それが単なる『うごめしかばね』たちであるならば、さほど気にする必要はない。襲撃が続くうち次第に数を増し、最後に数の暴力に圧倒される危険性にさえ気を付ければ充分だ。


 だが、もし上位の亡者が出現すれば話は変わる。対処するためには法術などの魔法、あるいは魔法剣術を始めとした魔法武器が必須となってくる。


 この傭兵団で法術が使える者は宴席うたげ厨房くりやの神に仕えるジョアンのみ。ジョアンは戦闘に向いた法術は使えず、戦場に出ることはない。

 魔法剣術が使えるのもダリウス団長とそれよりは劣るオリム、アレクシオスの両副団長だけ。


 そのため、万が一上位の亡者が現れることがあれば、全体の戦いは相当に厳しいものとなることだろう。


 ファルハルドは亡者との戦いを思い描き、気を引き締め直した。

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