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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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35. 闇からの紆濤 /その②



 ─ 3 ──────


 ナーセルが最後の一体を斬り伏せ、ひとまず西村を襲撃していた怪物たちは全滅させた。辺りには強く血の臭いが漂っている。


 傭兵たちは全員が生き残った。ダリウス、ファルハルド、ハサン、ハサンはかすり傷のみ。他の者たちもほとんどは軽傷だ。

 ただし、本隊隊員で深手を負った者が二名出ている。命に別状はないが、しばらくの療養が必要だ。


 傭兵たちは、一通り怪物たちにとどめを刺し終わったあとは西村へと向かった。まさに目の前で危地から救われた村人たちは、ファルハルドやナーセルへも刺々しい目を向けてくることはなかった。傭兵たちを諸手を挙げて歓迎する。


 村人たちは次々に声を掛けてくるが、なにはともあれまずは怪我人を礼拝所へと連れて行く。


 礼拝所に辿り着けば、クーヒャール神官もだいぶ疲労していた。

 自身、後方の安全な場所でただ待つのでなく、傭兵たちがやってくるまで柵近くにまで赴き、『守りの光壁』で怪物たちの攻撃から柵を守ることや怪我した村人に『治癒の祈り』を施すことを行っていたためだ。


 もしクーヒャールの活躍がなければ、村を守る柵やその内側の土塁までもが破られ、怪物たちは村へと侵入していたことだろう。

 こうしてクーヒャールの疲労が濃いのも無理はない。


 それでもクーヒャールは深い怪我を負った本隊隊員を見、即座に治癒の祈りを行おうとした。ダリウスが止める。


「神官殿。ひとまずは我々の手持ちの傷薬を使用する。先年と同様に、このあとも怪物どもの襲撃は続くことだろう。力は温存していただきたい」


 神官にとって人々を助けようとするのは本能のようなもの。だが、クーヒャールも闇の怪物たちとの戦闘経験は豊富、力を温存する必要性は理解している。ダリウスの言葉に敢えては逆らわなかった。


「この者たちのことをよろしく頼む」


 クーヒャールは団員たちの治療を請け負った。


 動ける傭兵たちは怪物たちの死骸を片付けていく。その間に村人たちは手早く村を囲む柵の修復と畑を囲む垣の作り直しをしていく。垣に関しては通常の動物たちの侵入を防げる程度の最低限の造りで済ませた。


 そうこうするうちに駐屯地の解体閉鎖を行っていた残りの団員たちが荷馬車をいてやって来た。

 今回運んでこれたのは鍛冶場の天幕とその什器や備品、修復中の武具の一部だけだ。それ以外の調理場の天幕や食料などはこれから何度か往復し、この西村ともう一つの開拓村である東村に分散して運ぶことになる。


 数日掛け、必要な荷物の移動を行った後、本格的な戦闘を始めた。




 ─ 4 ──────


 ファルハルドと獅子人、両者は互いに血を流しながら対峙する。



 獅子人は速く力強い。ファルハルドが両手で振るう剣ではとらえることは難しく、片手で振るう剣では浅く斬ることはできても深く斬り裂くことは難しい。無数の傷を与えながら、決定打となる傷は未だ負わせられていない。


 獅子人は唸り声を上げながら、腕を振るい襲い来る。ファルハルドは突っ込む。身体全体をぶつけるように深く踏み込み、斬りつけた。迫る右手を肘から斬り飛ばし、右目を斬り裂く。


 獅子人は絶叫した。のけ反りながら汚れた爪を剥き出し、残された左腕を振るう。


 ファルハルドは全力での攻撃を繰り出した直後。反応が遅れた。当たる直前にわずかに避けることはできた。

 しかし、避けきれない。激しく兜を打たれる。


 一瞬、ファルハルドの視界が闇に包まれる。気付けば頭から血を流し、膝をついていた。兜は飛ばされ、またたくほどのわずかな間、気を失っていた。獅子人の牙が眼前へと迫る。


 ファルハルドは身を引きながら盾で殴りつけた。ファルハルドの腕力では決定的な打撃とはならない。それでも牙をらせることはできた。

 素早く距離を取ろうとする。ふらつく。退しりぞきながらも、足はその身体を支えることができない。


 獅子人は容易に追いすがる。牙を剥き出し、再びファルハルドに迫る。

 ファルハルドは盾で受け止めた。苛立つ獅子人は左腕を振るい、横からファルハルドを狙う。ファルハルドは剣で迎え撃つ。掌を斬り裂き、指の半数を落とした。


 逆側から、上腕部のみとなっている右腕を振るい獅子人はファルハルドの盾を横薙ぎに払った。


 盾が投げ飛ばされる。獅子人はファルハルドに喰らいつかんとする。ファルハルドは獅子人の顎を蹴り上げた。獅子人は奇妙な悲鳴を上げた。


 両者は距離を取る。ファルハルドと獅子人、両者は互いに血を流しながら対峙する。


 横手から悪獣が牙を剥きだし迫る。他の隊員が斬り伏せた。


 ファルハルドは深く息を吸い、止める。獅子人は咆吼を上げる。

 両者は駆け出した。ファルハルドは剣を、獅子人は爪をかざす。両者は交差する。


 獅子人はファルハルドの首筋を狙った。ファルハルドは膝を折り、その場に身を沈み込ませた。


 剣の柄を両手で握り締める。身を沈めた反動を利用し、一気に身体を伸び上がらせ、剣を突き出す。獅子人の心臓を貫いた。




 最初の襲撃から十日、連日の闇の怪物たちとの戦いは続いている。最初の襲撃時に本隊隊員二名が重傷を負い、この十日間の戦いでさらに二名の本隊隊員が重傷を負っている。


 現在、傭兵団の団員数は全員で五十七人。

 春から数え、五人の団員が戦死し、二人の囚人が苦役刑の刑期を終えた。代わりにパサルナーンから新しい囚人が四人、さらには一度刑期を終えた元囚人一人とアルシャクス各地で用心棒稼業をしていた者一人が新しい団員として入団した。


 今の人員配置の内訳は斬り込み隊が七人、騎馬隊が五人、本隊が三十九人、他にタリクたち鍛冶仕事を行う者が三人、アイーシャたち裏方仕事を行う者が三人、ニースは員数外となる。このうち斬り込み隊のザリーフと本隊隊員の四人が怪我により戦えない状態となっている。


 そして、闇の怪物たちの討伐はダリウス団長が斬り込み隊及び本隊隊員十名を討伐隊として率い、村が襲われるのを待つのではなく盆地内を駆け巡る形で実行している。



 戦いの最前線に身を投じているファルハルドは、この十日間の戦いで実に五十体以上の闇の存在を倒し、討伐隊としても四百体近くをほふっている。それでも、襲撃はまだまだ止むことなく続いていく。


 討伐隊はこの十日間、騎馬隊による補給は受けていたが開拓村に戻ることなく戦い詰めだった。傭兵たちが殲滅へと討って出た後は、途切れることなく闇の怪物たちの襲撃が続いたためだ。


 十日間戦い続けた結果、なんとか怪物たちからの襲撃は凪の状態となった。これが何日続くかはわからないが、傭兵たちは物資調達や休養、人員の入れ替えを行うために一旦開拓村へ戻ることにした。



「オウ、お前ぇは三日ばかし休め。アキーム、お前ぇもな」


 西村に戻った時点で、ファルハルドとアキームに向け不意にオリムが強い言葉で言った。

 本隊隊員は全員が入れ替えになるが、斬り込み隊はナーセルやハサンたち、そしてオリムは一晩休んだだけで明日からも戦いに向かう。


 アキームの疲労は濃いため休養が必要なのはよくわかる。だが、ファルハルドは目立って疲労が溜まっている訳ではなく、怪我も深刻なものでない。この程度の怪我はハサンやオリムも負っている。ファルハルドは自分が休養を取ることに躊躇ためらう素振りを見せた。

 その様子を見、オリムは言葉を続ける。


「隊長命令だ」


 オリムは強い語調で、しかししょうがない奴だと言いたげに少し笑いながら言った。その遣り取りを見て、アキームが溜息をつきファルハルドの肩に手を置いた。


「おい。お前が行かなかったら、俺も休みづらいだろうがよ。長丁場なんだからよ、休むのも役目の内ってな。交代で順繰りに休養を取るんだぜ。ほれ、行くぞ」


 アキームとファルハルドは割り当てられた空き家へと向かった。


 現在、西村には本隊隊員の半数、タリクたち鍛冶仕事を行う者、アイーシャとニース、あとはザリーフたち療養中の者たちが滞在している。

 療養中の者たちと休養を行う討伐隊の者たちには西村の空き家が用意され、他の者たちは空き地に張った天幕を利用している。


 ファルハルドが西村の中を歩いているとどこからともなくスィヤーが駆け寄ってきた。久しぶりにファルハルドを見かけ、うれしそうに尻尾を振る。

 ファルハルドもスィヤーを撫でしばらく構うが、やはりファルハルドも疲労しているのだろう。その日はスィヤーと遊ぶこともなく、食事を終えたあとは早々に床に着いた。



 疲労が原因なのか、それとも頭に強い打撃を受けたことが原因なのか、珍しくファルハルドは次の日の夕方近くまでを眠って過ごした。スィヤーはその間ずっと傍に寄り添っていた。

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