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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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34. 闇からの紆濤 /その①



 ─ 1 ──────


 始まりは、西村へ巡邏に向かった騎馬隊の隊員が一人の村人を見つけたことだった。


 その村人は血を流し、それでも懸命に駆けている。背後には闇の怪物、牛型の石人形が迫っている。


 村人は騎馬隊に気付いた。身体から力が抜ける。足をもつれさせ、その場に派手に転んだ。

 隊員たちは即座に槍を構え、馬体の腹を蹴り掛け声と共に拍車を掛ける。村人の横を駆け抜け、一気に石人形に迫る。うなる石人形に槍を突き立て、石人形は音を立てて砕け散った。


 騎馬隊隊員は村人を抱き起こす。手分けし、二人がそのまま西村に偵察に向かい、一人は村人を駐屯地に連れた。ダリウスの天幕へと連れて行く。村人は疲労と傷の痛みで気を失いそうになりながらも懸命に訴えかける。



 村人の話によれば、夜が明ける前、突然怪物の群れが村を襲撃したのだと言う。


 怪物たちは数が多く、その襲撃は激しい。村人たちとクーヒャール神官は必死に抵抗しているが、このままでは長くは保たない。そのため、若く足の速いこの村人に傭兵団への救援要請を託すことに決め、怪物たちを引きつけ包囲の手薄な箇所からなんとか逃し走らせた。


 村人は真っ直ぐ駐屯地に向け走ったが、後ろから怪物が追って来る。懸命に駆けるが、ついに怪物に追いつかれようとしたところで騎馬隊に出会ったという訳だ。


 ダリウスは村人に怪物たちの数や内訳を尋ねた。村人は自らの目で怪物の群れを見てはいたが、動揺しており怪物たちの数などははっきりとは掴んでいなかった。

 奴らは二十か三十か、あるいはもっとなのか。犬や狼の獣人が多くを占めていたのは見えた。あと、いたのは石人形ども。そういえば、牛?のような獣人もいた気がする。


 傭兵たちの顔色が変わる。牛人。あの手強い獣人が群れに。困難な戦いを予想し、傭兵たちの間に緊張が走った。


 西村に偵察に向かっていた隊員たちが戻り、詳細な情報が得られた。


 闇の怪物の群れの内訳は犬と狼の獣人が合わせて十。猪人が二。そして、牛人が一。他には鹿型と牛型の石人形が合わせて七。牛型の泥人形が四。さらには次々と悪獣たちが集まりつつある。


 村人は懸命に抵抗し、村を囲む柵は未だ破られてはいない。しかし、このままでは柵が破られるのは時間の問題だということである。


 ダリウスは即座に指示を飛ばした。


「斬り込み隊及び本隊隊員十名、俺に続け。討伐隊を結成し、怪物どもを殲滅する。他の者は駐屯地を移動させろ」


 ダリウスは今回の襲撃をただの襲撃ではないと看破した。少しずつ頻度を増す襲撃。滅多に現れぬ強力な敵の来襲。これは去年の冬前と同様の大規模な侵攻の、その始まりであると見極めた。


 ダリウスの号令の下、団員たちは一斉に動き始める。ファルハルドも盾や兜を取りに天幕へと戻る。


 天幕の前で、ファルハルドを見かけたスィヤーが足下にじゃれついてきた。残念ながら、今は構ってやれる時間はない。頭を撫で、一言「済まんな」と告げた。スィヤーは切なげに鳴いた。


 ファルハルドは装備を確認、手早く身に付け、ジャンダルたちが送ってきた傷薬や魔導具なども確認し、まとめて革袋に入れ腰帯にくくり付けた。準備を済ませ、広場に向かう。


 怪物たちの殲滅に向かう討伐隊の面々は武装を調え、全員が広場に整列した。他の団員たちも集まった。


 ダリウス団長は団員たちの前に立つ。団員たち一人一人の顔を見回し、よく通る声で力強く話し始めた。


「戦友たちよ。今、再び戦いの時が来た。


 闇の怪物どもは性懲りもなく、また闇の領域より溢れ出してきた。

 後悔させてやれ。その住処すみかより出てきたことを。刻み込んでやれ。我々、人への恐怖を。

 人の領域へと足を踏み入れたものを帰させぬ。奴ら全てをぶち殺すのだ。


 戦士たちよ、奮い立て。我らは命を惜しまず、名を求めず、決して負けることなどない。

 戦友たちよ。今、再び戦いの時が来た。我らの求めたその時が。命の限り戦い抜くと誓ったその時が。

 今こそ、その時! 俺に続け!」


 団員たちは一斉に空を切り裂く雄叫びを上げた。




 ─ 2 ──────


 ダリウスたちを見送り、駐屯地に残った団員たちは整然と作業を進めていく。


 この駐屯地は一旦閉鎖する。駐屯地は周辺に簡易な柵を巡らしただけの簡単な構造。普段はそれでも問題はない。多くの傭兵たちが暮らすことで、充分な防衛力を維持しているためだ。


 しかし、闇の怪物たちの大規模な襲撃がある場合は話が変わってくる。


 現在、傭兵団がアルシャクスから請け負っている依頼は西部開拓地の警戒警護、そして脅威を取り除くこと。開拓村が襲われる事態になれば駐屯地を維持することよりも、開拓村を防衛することが優先される。


 団員たちは一部が盆地内を駆け回って闇の怪物たちを殲滅していき、他の団員たちは両開拓村に駐留し、開拓村の防衛と戦う団員たちの支援や交代要員としての役割を果たす。人のいなくなるこの駐屯地は閉鎖し、必要な物資は両開拓村に移動させる。

 残っている団員たちはそのための作業を行っている訳だ。


 最初に鍛冶場の荷物、什器備品を荷馬車に積み込み、天幕は畳んだ後、一旦その場に残しておく。もう一輌の荷馬車には修繕途中の武具類を積み込んでいく。


 ファルハルドはスィヤーをニースに預けていった。もう成犬とそう変わらない大きさにまで成長しているが、さすがに戦場には連れて行けない。それでも番犬としてなら優秀に役目を果たしてくれる。ニースはスィヤーに笑いながら話しかけ、スィヤーは尻尾を振って応えた。




 一方、西村に向かったダリウス率いる討伐隊の前には悪獣が立ち塞がる。どうと言うこともない。悪獣などものともしない。鎧袖一触。歩みを滞らせることすらない。


 西村が見えてきた。畑を囲む垣はとうに破られ、畑は踏みにじられている。村を囲む柵は一箇所が破られかけているが、まだなんとか形を保ち破られずに済んでいる。


 闇の怪物たちが一枚岩ではなかったことが幸いした。興奮状態にある怪物たちは自分たちの間でも争っている。


 狼人は自らの進路を塞いでいる悪獣を殴り飛ばす。

 牛人が突進を繰り出し、猪人を跳ね上げる。牛人の進路上にいた悪獣は蹴散らされ、跳ね飛ばされた猪人にぶつかった泥人形は倒れ込む。

 傷を負った石人形は苛立ったように傍にいる悪獣に喰らいつく。



 荒れる戦場を視界に入れたダリウスは手甲で覆われた拳を撃ち合わせ、声を上げた。


「行くぞ!」


 団員たちは武器を盾に打ちつけ派手に音を鳴らし、一塊となって怪物の群れに向かって走り出した。


 牛型の石人形が立ち塞がる。ダリウスは一撃で打ち砕いた。

 横手から悪獣が襲い来る。オリムが首を刎ねる。

 泥人形が迫る。ナーセルが相手取る。

 狼人が爪をひらめかせる。アキームが乱雑に叩き斬る。

 猪人が倒木を振りかざす。ハサンとハサンが近寄らせない。

 次から次へと殺到する怪物と本隊隊員たちがぶつかり合う。


 そして、ファルハルドは突っ込んでくる鹿の悪獣の脚を斬り飛ばし、倒れ込む悪獣の背を踏み台に、迫る犬人たちの頭上を越える。宙で身をひるがえし、まとめてその首を落とした。


 傭兵たちは村への道をこじ開ける。柵を破らんとしていた獣人や悪獣を蹴散らし、西村へと辿り着く。村人は歓声を上げた。


 傭兵たちは村へは入らない。そのまま暴れ続け、自分たちへと怪物たちを引きつける。怪物たちの同士討ちも、村を襲うことも止んだ。次から次へと傭兵たちへと襲いかかる。


 乱戦。傭兵たちにとっては狙って創った戦場、戦いを組み立てるだけの余裕はある。それぞれが離れ過ぎないよう気を付けながら戦っている。


 本隊隊員たちは村の柵近く、敵が襲いかかってくる方向を制限できる場所で集団として協力し合い、戦う者と一息入れる者とで立ち替わりながら戦っていく。

 斬り込み隊は思い通りに動ける少し離れた位置で暴れ回る。


 そして、一体で戦況を覆せる敵、牛人はダリウスが相手取る。

 ダリウスは団員たちへの指示を飛ばしながら戦っている。その腕を豪快に振るい殺到する悪獣たちを薙ぎ払う。倒れた悪獣の陰から石人形が迫る。牙を剥く石人形を打ち砕いた。


 その時、犬人に咬みつかれた本隊隊員が悲鳴を上げた。ダリウスは助けに向かおうとした。

 その気がれた一瞬を牛人が狙う。離れた位置から突進を繰り出し、ダリウスの背後を狙い一気に迫る。


 ダリウスは隙をかれはしない。常に牛人の動きに気を払っていた。足を踏み出し突進を避けながら、全身のひねりから生み出した力を拳に載せる。

 撃つは側頭。重く硬いもののぶつかり合う衝撃音が鳴り響く。牛人の首がかしぎ、あらぬ方向へ走り抜けた。


 犬人に咬みつかれた隊員にはナーセルが助けに向かった。


 襲い来る悪獣を叩き伏せながらダリウスは牛人へと向かう。ダリウスの接近に気付いた牛人は『すくみの咆吼』を放たんと身を震わせた。


 ダリウスはその拳を燐光に包み、身体の前で拳を撃ち合わせ全身に力を籠める。

 牛人の咆吼。硬直はした。だが、それはわずか一瞬。牛人が再度の突進を繰り出す前に硬直は解ける。

 ダリウスは雄叫びと共に燐光に包まれたその拳で牛人の頭を撃ち、一撃で打ち砕いた。


 ファルハルドは悪獣と狼人を同時に相手取りながら、他の者の戦いぶり、特にダリウスの戦いぶりを視界に収めていた。


 驚く。一撃で牛人の頭を砕く拳も驚異だが、それは予想の範囲内。真に驚かされたのは『すくみの咆吼』への対応。


 あれはいったいなんなのか。燐光をまとっていたことから『魔法剣術』と関わりがあるとは考えられるが、それはいったいどのようなものなのか。ファルハルドは戦い続けながら考えを巡らせる。

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