表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/305

32. エベレの出産 /その②



 ─ 4 ──────


 ファルハルドとダリウス。二人はそれぞれ猪人を相手取る。同じく猪人を相手取りながらも、両者の戦い方は大きく違う。


 ファルハルドは敵の攻撃は体捌きにより躱し、足を止めることなく絶えず激しく動いている。


 対してダリウスは大きくは移動せず、大地をしっかりと踏みしめる。敵の攻撃はかわすことよりも、その頑丈な手甲で覆われた両の腕でさばくことで対応する。そして、猪人と正面からぶつかり合っても力負けすることはない。


 猪人は雄叫びと共に、重い体重を載せた腕の一振りで迫る。ダリウスはその一撃をあっさりと弾く。生まれた隙を狙い拳を繰り出す。


 猪人は抵抗する。反り返った牙の生えた頭を振り、頭突きを狙う。


 ダリウスは当てさせない。その魔力をまとわせた拳で顎をち上げ、砕いた。


 猪人はしぶとい。顎を砕かれようとも倒れはしない。その体重を使い、しかかりダリウスを押し潰さんとする。


 甘い。そんなことはさせる筈がない。


 猪人とダリウス。身長はダリウスが少し高いが、遠目には両者の体型は似ていなくもない。だが、その内実は全く違う。


 猪人も筋肉質だが、筋肉の上を厚い脂肪が覆った上での分厚い身体。

 対してダリウスは。全身これ筋肉の塊。人でありながら、その力は獣人をも超える。全身でのぶつかり合いで負ける筈もない。


 ダリウスを押し潰さんと迫る猪人の身体はぴくりとも動けない。猪人は力を振り絞る。


 ダリウスは拳を繰り出した。肌で触れ合う超至近距離から繰り出された拳は一撃で猪人の腹をえぐり、触れた箇所を消し飛ばす。


 開いた腹の穴からはらわたが零れ落ちた。瞳から光が消え、猪人はついに倒れた。



 一方、ファルハルドの戦闘はまだ続いている。

 ファルハルドが相対している猪人は、武器として長く頑丈な木の枝を振り回している。猪人の武器を扱う技術はつたない。しかし、獣人の人を越える力と速さは技術の拙さを補って余りある。

 長柄の武器の間合いと相俟あいまって、ファルハルドも容易たやすくは近寄れない。


 唸るような風切り音と共に、枝は横薙ぎに払われる。上体を折り、胴を狙う枝を掻い潜る。踏み込み、刺突を狙う。


 振り戻される枝が再びファルハルドを襲う。跳躍。すんでで躱す。


 猪人は予想していたのか、ファルハルドが着地するより早く枝を振り戻した。ファルハルドは迫る枝を剣で迎え撃つ。


 滞空状態では剣に力を籠めることはできない。だが、問題はない。猪人の振るう枝に力負けさえしなければ、その枝を振るう勢いが剣の威力に加味される。


 結果、見事猪人の使う木の枝を両断した。


 あとは多少の時間が掛かりはしても、すでに何度も繰り返したこと。確実に追い詰め、仕留めた。


 その頃にはオルダとイザルに西村からクーヒャール神官を連れ帰ったゼブも加わり、木人形を倒し悪獣のとどめを刺し終わっていた。


 戦いを見守っていた村人からは、歓喜の声が鳴り響く。




 ─ 5 ──────


 戦闘を終え、村落に戻ったファルハルドたちを村人たちは熱烈に出迎えた。ワリドは両手を広げ歓迎する。


 ワリドは妻の陣痛が始まってからは動揺しまくりだったが、闇の怪物たちの来襲の報を受けてからは調子を取り戻し、村を率いる者としての役割をこなしていく。次々に村人たちに役割を割り振り、自らは物見櫓に上りファルハルドたちの戦いを見守った。


 その目が驚きに見開かれる。拳一つで怪物たちを屠っていくダリウスの実力が最も驚異的ではあるが、ワリドはダリウスの戦いぶりを見るのは初めてではない。よって、驚かされたのは別の者に関して。ファルハルドの戦いぶりに度肝を抜かれた。


 ファルハルドの見た目は決して強そうには見えない。もちろんひ弱な印象はない。戦いを生業なりわいとする者だと感じさせるだけのしっかりとした身体付きはしている。

 それでもそれは、傭兵であれば誰であってもそうであるという程度のもの。その細身の身体は、ダリウスのような並外れた肉体とはまるで異なる。


 その必ずしも強そうには見えないファルハルドが、剣を抜き怪物に立ち向かえば印象が変わる。

 どれほど恐ろしげな攻撃が繰り出されようとも冷静に。動きは素早く躊躇ためらいがない。わずかな隙を見出みいだし、怪物たちの懐に果敢に跳び込んでいく。


 一目でわかる強さがないからこそ、その勇猛さは驚きだった。その戦いぶりは見ている者の胸を熱くする。


 そんな強者たちが村を守ってくれている。そして、我が子の出産に立ち会ってくれている。その事実がワリドの胸を激しく揺さぶった。

 結果が両手を広げての歓迎となる。


 その気持ちは他の村人たちも変わらない。二人を中心に傭兵たちを囲み、口々に褒めそやす。



 村人からの賞賛がいつまでも続くなか、村長宅の前に集まっていた村人が走ってきた。人々を掻き分け、乱れた息を整えワリドに告げる。


「村長! 産まれました」


 皆が祝福の言葉を告げるなか、ワリドは取り合うことなく素早く身をひるがえした。速い。あっという間に姿が見えなくなった。


 東の空の端が微かに瑠璃色に染まり始めている。昇り来る太陽が新たな一日の始まりを感じさせるなか、ファルハルドたちも揃ってワリド宅へと移動する。


 そこでは皆が笑い合っていた。人の輪の中心に産着にくるまれた赤子を抱えるワリドがいた。ワリドの腕の中にいる赤子は二人。産まれた子供は双子だった。


 我が子を腕に抱いたワリドの瞳は潤んでいる。村人たちは口々に祝いの言葉を述べている。


 傭兵たちは戦闘を行ったことで、身は泥と血で汚れている。村人たちの輪に近づく前にワリド宅の裏を流れる川に行き、丁寧に汚れを洗い落とした。

 アイーシャが乾いた清潔な布を持ってきてくれた。アイーシャの話では、ワリドの双子は男の子と女の子らしい。


 身体を拭ったファルハルドたちも、祝いの言葉を述べようと人々の輪に近づく。ワリドを含め、全員が一斉に傭兵たちに目を向けた。どうやらなにか話があるようだ。


 幸福に満ちた表情でワリド村長が傭兵たちに提案した。


「この村を守ってくれるあなたがたに、ぜひ我が子の名付け親となって欲しい」


 ダリウス団長だけは冷静だったが、ファルハルド、オルダ、イザル、ゼブは素っ頓狂な声を上げた。


 名付け親? まともな暮らしと縁遠い傭兵が? 殺すことしか能がない自分たちがか? 自分の子供もいないのに人の子の名付け親となる? 未来を担う子供のその始まりに重要な役目を担う、と? 何故に?


 全員が返事もできない状態である。そんな様子に気付いているのか、いないのか、ワリドはぜひと言って双子をダリウスとファルハルドに差し出した。


「…………、俺?」


 ファルハルドの声が裏返った。


「ああ、団長殿とあなたにそれぞれの名を決めて欲しいのだ」


 ワリドはそう言いながら近寄り赤子を差し出すが、ファルハルドはただただ焦り首を振りながら後退あとずさる。


「いや、しかし……。待て、そう差し出されても俺には赤子の抱き方などわからない。子供に相応しい名も思い浮かばない。

 …………。そ、そうだ。村を守った者と言うなら、本隊の者たちこそ何度もこの村を守っている筈だ。彼らのほうが相応しい」

と言って、オルダとイザルがいる方を振り返るが二人はいなかった。


 探してみれば、ゼブも含め三人共が他の村人たちの中に紛れ、身を縮こまらせて必死に隠れようとしている。

 三人共がファルハルドと目が合うと、必死に首を振る。こいつら。ファルハルドは裏切られた思いに奥歯を噛み締める。


 ファルハルドが助けを求めるようにダリウスを見るが、ダリウスはさっさと赤子を受け取り男の子に『ナヴィド(佳き知らせ)』と名付けた。

 あまりに早い。この野郎、実は前もって話し合ってやがったな。ファルハルドは少し恨みがましい気持ちで命名の瞬間を耳にした。


 おたおたするファルハルドにクーヒャール神官が声を掛ける。


「名誉なことです。お請けなされよ。祝う気持ちそのままに、其方そなたの頭に浮かんだその名をそのまま名付ければよいのです」


 そんなことを言われても……。ファルハルドは返事もできず、むぐむぐと口を動かし言葉にならない不明瞭な声を漏らしただけ。やはり赤子を受け取ろうとはせず、顔色を赤くしたり青くしたりしている。


 そんなファルハルドにワリドは近寄り、半ば強引に赤子を抱かせた。その柔らかく暖かな重みにファルハルドは固まった。

 身動きができない。わずかでも身体を動かせば赤子を取り落としそうだ。いや、絶対落とす。きっと身体を動かそうと考えただけで落とす。間違いない。


 もはや逃げようもなく、ファルハルドは赤子を抱え必死に考えを巡らせる。ファルハルドは悩み、悩み、悩み抜き、盛大に額に皺を寄せ、ちょっと悩み過ぎじゃないかというほど悩む。


 その時、不意に赤子とファルハルドの目が合った。赤子はファルハルドの腕の中で笑い声を上げた。


 それはあるいは勘違い、見間違いや空耳だったのかも知れない。だが、その笑い声を聞いた瞬間、ファルハルドの頭に一つの名が浮かんだ。

 ファルハルドは衝動的にワリドに告げる。


「サルマ。この子の名はサルマ。そう、『安全で平和(サルマ)』な未来を告げる者。それがこの子の名」

「ナヴィドとサルマか。良い名だ。ありがとう」


 ワリドは感動した様子で満足そうに赤子を受け取り、村人たちに改めて赤子の名を告げる。


「我が子の名はナヴィドとサルマ。その名の通り、この村に佳き知らせと安全で平和なときもたらすことだろう。皆、どうか祝ってくれ」


 村人たちは盛大な拍手と歓声を上げた。


 が、ファルハルドの耳にはどれも一切入っていない。赤子をワリドが受け取った途端、全身から力が抜けその場にへたり込んだ。

 赤子たちを渡されていたわずかな時間で、闇の怪物たちと戦うよりも何十倍も消耗していた。とてもではないが周りを気にする余裕はなかった。


 ファルハルドはじっと自分の手を見詰める。その手にはいつまでも赤子たちの暖かな感触が消えずに残っている。それは幸福の、そして未来の感触。



 その後の赤子の誕生を祝う宴会の場では、珍しくファルハルドはぐでんぐでんに酔っ払った。

次話、「変わる日々」に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ