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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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30. それぞれの報告 /その③



 ─ 5 ──────


「皆、兄さんから手紙が届いたよ」


 モサーラカトの月の半ば。迷宮挑戦の合間を縫って、時々保安隊本部に顔を出していたジャンダルがファルハルドからの手紙を受け取って帰ってきた。


 拠点には仲間たちが全員揃っている。バーバク、ハーミ、カルスタン、ペール。ここ最近は休息日にもすぐ出掛けることなく、ジャンダルが保安隊本部から帰ってきてから出掛けるようになっていた。

 バーバクやハーミのみならず、カルスタンやペールもファルハルドのことが気になるようだ。


「やっとか」

「いや、順調なところだの」


 バーバクが待ちくたびれたと言いたげだが、ハーミは落ち着いた様子で受けて止めているらしい。もっとも目が手紙に釘付けなのだから、その内容が気になって仕方がないのは丸わかりなのだが。


「ほう。遅れずに手紙を書いて寄越したってことは問題なく過ごせてるってことか」

「そうだろうな。それで、なんと書いているのだ」


 カルスタンもペールも興味津々の様子だ。ジャンダルも机を囲む椅子の一つに座り、木札の封を外し開く。


「んーと、じゃあ、おいらが代表しまして、っと。と、とー?」

「なんだよ、どうした」


「あー、結構悪筆だね。ところどころ書き損じてるし、書き間違ってて書き慣れてないのがもろばれって感じ。ちょっと読みづらいなー」

「そりゃ、しょうがないだろ。字の読み書きなんぞ、戦士の役目じゃないからな」


 バーバクはさも当然という顔で頷いているが、ハーミはこの発言を黙って聞き流すことはできないようだ。


「馬鹿者。戦士だろうがなんだろうが字の読み書きぐらいできんでどうする。まったく、お主は人がわざわざ教えてやろうというのに断りおって」


「俺は忙しいんだ。そんなもん、ちまちましてる暇はないぞ」


 ハーミはさらに言い返そうとするが、実りのない言い合いはジャンダルが止めた。


「はい、そこまでー。そういう面倒なのはあとにしとこうか」


 カルスタンとペールにとってもすでに見慣れた遣り取りに笑っている。

 ちなみにカルスタンは意外にもそこそこ読み書きができる。一通りの単語や数字は書くことができ、短く簡単な文章を読むことならできるという、少し前のファルハルドと似た程度だ。親が隊商の護衛を仕事としていた関係で、多少の読み書きを習う機会があったらしい。

 ペールについては当然読み書きになんも問題もない。


「えーと、なになに。

『ここで戦いのが闇の怪物やイルトゥーラン相手になる。傭兵たちはみんな腕は立つ。』


 んーと、これはさっそく闇の怪物たちやイルトゥーラン軍と戦ったってことなのかな? ちょっとわかんないけど、傭兵団に所属してる者たちは腕の立つ者ばかりで嬉しいってことっぽいねえ」


「なんにしてもこうして手紙が書けているってんなら、そこで行われている戦闘も問題なくこなせているということなんだろう」


「そうだね。じゃあ続きを読むね。

『天幕を移動させた。すぐに組み立てできた。便利なものだ。』

 いやいやいやいや、なんの天幕だっての。うーん、これは傭兵団で使ってる天幕だろうけど、移動させたってのはなんでなんだろう。よくわかんないけど、まあ、そうなんだね。


 えーと、続きが、『開拓村は守りが厳重だ。柵土塁堀がある。カルドバン村も作ってもいい。』

 へー、開拓村とかあるんだ。なんだろ、遊びに行ったのかな」


「なんとなくはわかるが、文章の繋がりがよくわからんな」

「確かにの。あやつらしいと言えばあやつらしいがな」


「本当だね。じゃあ、続けるよ。え? うわっ、まじか。『牛人と戦った。』って。ちょっ、これ、本当? いきなりやばい相手と当たってるじゃん」


 これには全員が顔色を変えた。


「おい、それでどうなったんだ」

「そうじゃ、続きはなんと書いておるのだ」


 周りはせっつくがジャンダルは呆れ顔になる。


「あー、それがね、戦闘の経過も結果も書いてないね。続きは『開拓村でクーヒャール神官に会った。』だってさ」


 これには皆の文句が止まらない。

 なんだそりゃ。あり得ない。普通、結果ぐらい書くだろ。常識なさ過ぎだ。お前の教え方が悪かったんじゃないか。そもそもそのクーヒャール神官って誰だよ。

 実にもっともな意見である。


 ファルハルドの知り合いの神官などごく限られている。そして、わざわざ話題として書いているからにはこの手紙を読む人間も知っていると考えてたからだろう。

 この中で一番ファルハルドとの付き合いの長いジャンダルが、記憶を辿り思い出す。


「昔、悪獣の群れに襲われた時に助けてくれた神官たちの一人が、そのクーヒャールって人だったと思う。


 農耕神に仕える神官で、確かアルシャクスのアルシャーム十二世王の要請でアルシャクス西部の疲弊した村々の救済に向かうって言ってたかな。

 今もアルシャクス西部で活動してて、それで兄さんと会った?ってことじゃないかな」


 正解である。バーバクやハーミは、以前ジャンダルたちからパサルナーンを目指す途中悪獣使いに襲われた話を聞いていた。そのため納得した顔をする。

 カルスタンやペールはまだその話を聞いたことがなかった。なんの話か尋ねてくる。


 カルスタンたちも去年のファルハルドが苦役刑を受ける羽目になった騒動の経緯については知っている。

 そのため、ファルハルドがイルトゥーランの暗殺部隊、ひいてはベルク一世王に狙われている話と、悪獣使いに襲われた話も掻い摘まんで話した。


 二人共が感心しきりで歯を見せて笑った。


「やるなあ。国王と遣り合うとは面白いな。なにより、三十頭の悪獣の群れから子供たちを守り抜くとはたいしたもんだ」


 力自慢の戦士と荒々しき戦神の神官は、物騒な話を聞かされても実に楽しげだ。バーバクたちも似た意見らしい。

 ジャンダルは居心地悪そうに頭を掻いた。


「うーん、どっちかってーと、モラードたちはおいらたちのせいで巻き込まれたんだけどね」


 ペールはそんなジャンダルの肩を力強く掴み、いい笑顔を向ける。


「なにを言っておるのだ。闇のものどもとの戦いこそ人の本分。それに守り抜くこともできたのだろう。ならば、申し訳なく思う必要などない。

 其方そなたらは良き戦士である。きっと戦神様の強き加護を受けておるのだ。どうだろう、良い機会なので荒々しき戦神ナスラ・エル・アータル様への信仰の」


「いや、そういうの本当いいから」


 ジャンダルもペールたちと共に潜り始めてそろそろ半年になる。いい加減ペールの暑苦しい言動にも、隙あらばナスラ・エル・アータルへの信仰の道に誘ってくるところにも慣れていた。


「まあ、いいや。じゃあ、手紙の最後の部分を読むよ。

 えーと、『送るられた薬はとても役に立っている。薬草摘みをいろいろ訊かれる。獣人の情報はとても役に立つ。ただ牛人は前に戦う。咆吼の隙を狙う。突進が馬車に当たる。まだまだだ。』


 うーん、これはおいらたちが送った手紙の返信部分かな。取り敢えず、牛人との戦いがどうなったか、ちょっとはわかったね」


 ハーミは横から手紙を覗き込み、文面の最後の部分を何度も読み返している。少し考え、バーバクに話しかける。


「『咆吼の隙を狙う』とは、あれか。『すくみの咆吼』を放ってくる前の、牛人が身を震わせるあの一瞬の隙を狙ったということかの」


「そうなるか。よくあんな一瞬を狙えたな。あれを狙うのは大変だぞ。接近戦で戦ってなけりゃそもそも無理だし、少しでも反応が遅れれば失敗する。


 確かにあいつの戦い方ならやってやれなくはないだろうが、あいつの耐久力では一発でもまともに攻撃をくらえば即やられるような戦いってことだろ。よくそれだけの緊張感ある戦い方をこなしたもんだ」


 ジャンダル以外の全員が牛人と戦ったことがあり、その手強さについては脳裏に焼きついている。ファルハルドの咆吼の隙を狙うという方法がどれほど困難なものかは容易に想像がつくだけに、全員が感心したような呆れたような顔になっている。


「まったくだの。『馬車に当たる』だの、『まだまだだ』だのはよく意味がわからんが、牛人を倒して、まだ満足しておらんということか。まったく、たいしたやつじゃ」

「だねー、おいらも負けてらんないや」


 ジャンダルがぐっと握り拳を握り、気合いを入れる。


「それはそれとして、次に送る荷物には傷薬とか打ち身の薬とか多目にしたほうがいいかな。あ、あと、魔導具も送っちゃおっか」


「そうだな。自分でも薬草を摘んでるってんだ。食い物より、傷薬や魔導具のほうが必要な生活をしているみたいだな。どれ、少し奮発してやるか」


「まあ、あやつらしいと言えばらしいがな。傷薬などはお主らが用意するなら、儂は一つ手習いに役に立つ子供向けの読み物でも用意するかの」


 ハーミはバーバクに目をやり、

「なんならお主の分も用意してやるぞ」

と続けた。


 バーバクは盛大に顔をしかめ、そんなもんいるかよ、と顔を背ける。これには全員が笑った。バーバクは忌々しそうに口を歪めたあとに、真顔に戻し宣言する。


「あいつも頑張ってんだ、俺らも負けてられん。がんがん迷宮攻略を進めて、あいつが帰ってきた時には驚かせてやるぞ。ゼメスターンには五層目に進出だ」


 全員が力強く頷いた。

次話、「エベレの出産」に続く。

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