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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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27. 牛人との戦い /その⑤



 ─ 8 ──────


 足音が聞こえる。誰かが地面に横たわるファルハルドに近づいて来る。


「なんだ、生きてんやがんのか」

「はっ、やるじゃねぇか」


 オリムと髭なしハサンだった。それぞれが敵を倒し終わり、集まって来る。

 二人ともかなり疲労している筈だが、疲れを感じさせないふてぶてしく強気な笑顔を浮かべている。


 ハサンが手を貸し、ファルハルドの上体を起こさせる。そのまま、左腕を確認する。やはり完全に折れている。


 アラディブ商団主が添え木と布を持ち駆け寄ってきた。


「こんなものしかありませんが、どうぞ使って下さい」


 手早く左腕に添え木を当て、清潔な布で縛り上げていく。

 それはいいのだが、一通り縛り終わったあとも商団員たちの指揮を執りに戻らず、なにやら興奮し早口に止めどなく戦いの感想を述べていく。


 とてもではないが、今のファルハルドたちにはアラディブの相手をするだけの元気はない。苛ついたオリムが煩ぇと怒鳴りつけ、黙らせた。


 空いている馬車に寝かせようと、ハサンが肩を貸しアラディブが支え、ファルハルドを立ち上がらせ歩いて行く。


 ざっと見回したところ、死んだ者はいないようだ。

 オリムはそれなりの怪我を負っている。髭なしハサンや馬車傍で戦った本隊隊員や商団の護衛役たちも少なくない数の怪我を負っているが、ほとんどは浅手である。本隊隊員のうち一人だけ足を引き摺っているのが一番大きな怪我のようだ。

 もちろん、ファルハルドを除けばの話だが。


 被害として大きいのは、馬車が一輌、完全に駄目になったこと。だが、アラディブは全く気にしていない。


「はあーはっはっはっ。なーに、この程度、たいしたことじゃありませんて」


 アラディブの強がりという訳ではなさそうだ。商団員たちにも気にした様子はない。本当にたいした問題ではないのだろう。


 商団の男性たちは手分けをし、怪我人の手当てをする者や馬車の確認をする者、怪物たちから素材を回収する者など忙しく働いている。

 女性たちはなぜか皆、空いている馬車に寝かせられたファルハルドのところに集まってくる。


 オリムは舌打ちをする。アラディブが女性たちに声を掛け、仕事を割り振っていく。二人ほどがここに残り、ファルハルドの手当を行うことになった。


「しかしな、なにが『こいつは俺が片付ける』だ。思いっきり人の手を借りてんじゃねえか。無理そうなら意地張らずに最初から言え、この馬鹿が」


 隊長らしくオリムが注意を行う。


「あとよ、アラディブは気にしてねえみてえだが、護衛をしておいて自分から馬車を駄目にするとか、マジあり得ねぇから」

「済まん」


 オリムの言っていることは実にもっともな意見だった。ファルハルドは素直に謝罪した。


「いやいや、本当お気になさらず」


 アラディブは馬車の被害など気にしなくて良いと繰り返した。


「旦那たちがいなけりゃ、あっしらは全滅してた筈ですぜ。それを思えば馬車の一輛くらい、なんてことありませんて。それにね……」


 アラディブは少し声をひそめ、悪戯っぽく目を輝かせる。


「行く先々で、今日の戦いを土産話に聞かせてみなさい。こりゃ、場が盛り上がること間違いなしってね。馬車一輛分ぐらいすぐに取り返せるって寸法でして」


 骨の髄まで商売人である。オリムとハサンはたまらず大笑いし、ファルハルドもこらえきれずに笑い怪我に響いて苦しむことになった。




 天気が急変していく。風が強くなり、大粒の雨が降り始めた。短期間に雨は激しくなっていく。


 馬車の点検も済み、出発の準備は整った。再び西村を目指し進んでいく。天気は悪いが、危機を乗り越えた皆の顔色は明るい。雨の下、踊りながら進み、そこかしこから笑い声がこぼれている。


 雨が煙る道の先に薄らと西村が見えてきた。このまま半刻もすれば到着することだろう。


 その時、雨音に混じり、後ろから馬蹄が響く。新たな敵か。全員に緊張が走った。


 足音は近づく。姿が見えた。敵ではなかった。やって来たのはアレクシオス麾下きかの騎馬隊隊員だった。騎馬隊隊員は商団に声を掛けてきた。


「オリム副団長は何処いずこに」

「オウ、どうした」

「イルトゥーランの襲撃です」


 この情報に全員がざわついた。


「敵は中隊、歩兵およそ百六十。ただし、率いているのはあの雪熊将軍です」


 雪熊将軍。その名にファルハルドのなにかが刺激される。それがなんなのか。答えが見つかる前にオリムが大声を上げた。


「かっかっかっ、そりゃいい、最高だぜ。楽しい楽しい喧嘩祭りの始まりだ」


 オリムは闇の怪物たちを相手取る時とは比べものにならないほどの満面の笑みを浮かべる。ただ、騎馬隊隊員は躊躇ためらいを見せた。


「負傷されてますね。隊長からは、もしオリム副団長たちが怪物たちとでも戦っていれば、駐屯地には戻らずそのまま開拓村で過ごすよう伝えるように言付かっているのですが」


「あ゛ぁ? 意味わかんねぇこと言ってんじゃねーぞ、コラ。イルトゥーラン軍と遣り合うってのに、俺がいらねぇ訳ねぇだろうが。眠てぇことぬかしてんじゃねーぞ、このボケが」


 騎馬隊隊員は深々と溜息をついた。


「ま、そうなりますよね……。隊長からはオリム副団長はなにがあっても絶対戦に加わろうとするから、もし怪我をしていたら戻る前に必ず怪我の治療は終わらせるようにと言われてます」


「はーん? 知ったことか。こんなもんよ」

「団長も隊長の意見に同意しておりました」


 オリムは続く言葉を呑み込み、舌打ちした。


「おい、アラディブ、急ぐぞ。西村まで超特急だ。全力で駆けろ」


 無理である。商団の馬車をいているのは騾馬らば。あまり駆けさせるのには向いていない。無理矢理駆けさせようとすれば、機嫌を損ね逆に一歩も進まなくなる。

 オリムはぎゃんぎゃん騒ぐが、アラディブは気にも留めずそのままの速度で馬車を進めていった。



 商団は馬車を西村の入り口横に停めた。商団員たちは雨が強いため、普段なら行う小口の商売の準備は行わず西村へ納品する商品の準備だけをする。


 オリムは西村に着いた途端真っ直ぐ駆け出し、ずぶ濡れのまま礼拝所に跳び込み挨拶もそこそこに治癒の祈りを求めた。

 今は信仰のための祈りの時間、クーヒャール神官は一人祈りを捧げていた。が、行っていた祈りを中断し、オリムのために治癒の祈りを施した。


 全快とは行かないが、少なくとも出血は治まった。オリムはクーヒャールへの礼の言葉もそこそこに、騎馬隊隊員に駆け寄り、さあ、連れて帰れと迫る。騎馬隊隊員は溜息をつき、馬の手入れを途中で止め出発の準備を始める。


 出発までのわずかな時間に、オリムは手早く指示を残す。


「ハサン。お前ぇは今夜一晩きっちり休め。夜が明けたら本隊隊員を連れて帰ってこい。

 ああ、大怪我してるユーヴは別だ。おい、ユーヴ。お前ぇだ、お前ぇ。お前ぇは今度、西村に見回りに来た奴らと一緒に帰ってこい。

 ファルハルド。お前ぇは絶対ぇ帰ってくんな。ここで五日は過ごせ。それまでに帰ってきやがったら、命令違反でぶっ殺すかんな。つーか、怪我が治るまで帰ってくんな。

 おう、じゃあな。ほれ、行くぞ」


 オリムは騒がしく出発した。

 残された一同は、まずファルハルドを礼拝所に放り込んだ。


 クーヒャールはファルハルドの状態を見て、余計なことは訊かず治癒の祈りを施す。ファルハルドの疲労は濃く左腕が折れているが、それ以外は深刻なものではない。

 祈りで出血は止まった。一度の祈りだけですぐに腕の骨が繋がったりはしないが、痛みはだいぶやわらいだ。


 アラディブや髭なしハサンは村長のところへ話をしに向かう。傭兵団団員たちはクーヒャール神官になにがあったのかの説明を行う。

 クーヒャールは「イルトゥーランが……」となにか考え込んでいる。


 商団の護衛役たちは傷が浅手のこともあり、手当は自分たちで行い礼拝所には来ていない。


 夜は傭兵たちは村長宅の空き部屋を使わせてもらい、商団員たちは自分たちの馬車で休んでいる。


「イルトゥーラン軍は百六十と言っていたな。大丈夫なのか」


 寝付く前にファルハルドがぽつりと尋ねた。この疑問にはハサンが答えた。


「はっ、大丈夫に決まってんだろ。たかだか百六十ぽっち、どうってことないぜ」


 口ぶりから判断して強がって言っている訳ではなさそうだった。


「そうか」


 イルトゥーラン軍との戦い。それを考えればファルハルドの胸はざわついた。一人、夜が更けるまで眠れず過ごした。




 次の日、ファルハルドとユーヴはハサンと本隊所属隊員二名の出発を見送った。

 商団もこの日一日だけ商売を行い、次の夜明けと共に出発した。ファルハルドたちにいたわりと感謝の言葉を、さらには再会を約した言葉を述べて。

次話、「それぞれの報告」に続く。



 次週は更新をお休みします。次回更新、11月21日予定。

 今後、何話か更新した後、一回か二回、また更新お休みする予定です。

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