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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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26. 牛人との戦い /その④

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 7 ──────


 ファルハルドと牛人との戦い。


 未だ駆けつける仲間も敵もいない。それぞれの戦いが続いている。それで手いっぱい。


 そして、闇の怪物たちが牛人の助けへと駆けつけぬ理由はもう一つ。

 闇の怪物たちも牛人を恐れている。それほどまでに牛人の実力は隔絶している。他の獣人、石人形や木人形たちでは敵う筈もないほどに実力が違う。



 その牛人は今、追い詰められたがが外れた状態。激しく暴れている。巻き込まれれば誰もが死を迎えほどに危険な状態。


 牛人が血走ったその目で狙うは、ファルハルドただ一人。他の者には目もくれない。


 ファルハルドは全てをかわす。だが、折れた左腕は熱を持って腫れ上がり、熱は全身にも回り始めている。動きは鈍り、身体を掠める攻撃は増えていく。蓄積した疲労、怪我によりその身の限界は近い。


 集中力が維持できない。このままでは保たない。牛人が倒れるより先に、ファルハルドの体力が限界を迎える。

 時間は掛けられない。狙う。慎重に、確実に、可能な限り素早くその目的を。


 他の者たちは気付かない。傭兵や護衛役の者たちはそれぞれの戦いに集中しているから。俯瞰した位置から見る商団の者たちは戦いの専門家ではないから。


 アラディブ商団主だけが気付く。ファルハルドの位置取りが、どこかおかしいことに。牛人の攻撃を躱すだけならば、最適ではないその位置取りに。


 アラディブは馬車の間近で戦う護衛役の者たちの援護を指揮しながら、ファルハルドから目が離せない。


 ファルハルドは隙あらばと剣で斬りつけるが、その攻撃にあまり効いた様子はない。ただ牛人を興奮させているだけ。

 牛人が突進を繰り出す。ファルハルドはちらと馬車の位置を確かめながら、躱した。


 あれは。もしや。アラディブの頭を一つのひらめきがぎる。ファルハルドとアラディブの間には距離が開き、霧雨は視界を妨げる。だが、ファルハルドと目が合った。


 ファルハルドの距離を測り、位置を探り、動きを把握しようとする目をアラディブは見た。アラディブの閃きは確信となる。


 ならば、必要なことは。アラディブは己にできることを考える。ファルハルドの限界は近い。時間はない。すぐに商団員たちに指示を飛ばした。


 ファルハルドは商団員たちの動きに気付いた。自分の意図に気付いたのか。ならば。今こそ、その時。気力を振り絞る。


 三手目。最後の手順。

 牛人の鼻先を斬り裂き、さらに挑発。振り回す腕を躱し、後ろに跳び距離を取る。


 導かれるように牛人は四足歩行となり、頭を下げその大きな角をファルハルドへと向ける。地を掻く。


 ファルハルドは一瞬、アラディブへと視線を送る。

 直ちにアラディブは新たな指示を飛ばした。


 牛人は地面を蹴った。濡れた地面はえぐられる。

 牛人の最大の攻撃。大質量、高速の突進が繰り出される。


 ファルハルドは身をひるがえす。

 牛人は止まれない。今までがそうであったように勢いは止まらず、今まで以上に興奮し今まで以上に勢いがついた牛人は、ファルハルドに躱されてもそのまま真っ直ぐに進んでいく。


 全てが今までとは同じではない。違う点が一つある。ファルハルドと戦ううちにその位置が変わっていた。牛人の進むその進路上には石人形や木人形、そしてその先にあるものは。


 アラディブの合図に合わせ、馬車近くで戦う本隊隊員たちと商団の護衛の者たちは跳び退いた。商団の男たちは穴の空いた馬車の向きを変え、他の馬車から離した場所に残し、急いで離れていた。


 牛人は進路上の石人形や木人形を蹴散らし、そのまま進む。興奮しきり、頭に血が上った牛人は止まれない。


 その先に仕掛けられていたのは馬車。石人形の体当たりによって側面に穴が空き、鉄板の鋭く尖った断面が剥き出しとなったその馬車が。



 戦場におぞましい音が鳴り響く。


 牛人は絶叫した。牛人は剥き出しとなった鉄板へ向け、自ら頭を向けて真っ直ぐに突っ込んだ。


 馬車は大破した。車輪は粉々に。本体部分は大きく壊れ、もはや修理は不可能。中に残っていた商品も絶望的。


 だが、ファルハルドの狙いは、アラディブの予想は達成された。牛人の頭には鉄板が深く突き刺さる。牛人の頭は割れ、刺さった鉄板は脳にまで達し、食い込んでいる。


 頑健な肉体を、それに見合う生命力を誇る牛人は即死はしていない。

 だが、さしもの牛人でも耐えられない。頭頂は割れ、傷口からは血が噴き出し、おそらく首の骨にも深刻な損傷を受けている。足は力なく地面を掻き、鉄板を引き抜こうと損壊した馬車に手をつくが外れることはない。


 ファルハルドは勝ち筋を探し、この曲がった鉄板を利用することを思いついた。条件は厳しいが、できると判断した。

 ただ、その見込みは甘かった。ここにアラディブ商団主がいなければきっと失敗していたことだろう。


 ファルハルドは牛人に意図を悟らせないためにも、もっと近づきいよいよとなってから馬車近くの者たちに説明を行い、動いてもらうと考えていた。


 実際にはそれでは間に合わなかっただろう。戦いながらではファルハルドも丁寧な説明などできない。馬車近くで戦う本隊隊員たちと商団の護衛の者たちも戦闘中。突然、言われたところで理解できるだけの余裕はない。商団員たちも重い馬車の向きを変えるための時間は足りなかった筈だ。


 それこそがファルハルドの大きな欠点。

 ファルハルドは他者との関わりが少なく育った。数少ない関わりは共に迷宮に潜る仲間たちとのもの。目線一つで互いの考えが理解できる仲間たちとのもの。普通は、いざという時にすぐに意思疎通などできないものだとわかっていない。


 間に合ったのはアラディブがいたからこそ。宴会時の遣り取りからファルハルドに興味を持ち、なおかつ人の考えを読むことにけた商団主であるアラディブがいたからこそ、ファルハルドの意図を一足早く汲み取ることができた。



 そのアラディブはファルハルドに声を掛ける。


「お気を付けなさい」


 決着を求め、ファルハルドは残った力を振り絞り、ふらつきながら藻掻もがく牛人へと近づいていく。

 ファルハルドに襲いかかろうとした生き残りの木人形たちは、本隊隊員たちが排除する。


 ファルハルドは近づく。牛人は雄叫びと共に鉄板から頭を引き抜いた。損壊していた馬車は砕け散り、粉々となった木片が降り注ぐ。


 牛人は一歩踏み出すだけでその身体は大きく揺れる。足下の血溜まりは広がっていく。瀕死。しかし、その力は脅威のまま。一撃で人を殺せるだけの力は未だ失われていない。


 ファルハルドも限界。真っ直ぐ歩くこともできていない。


 ファルハルドと牛人。両者はふらつきながら近づいていく。互いの間合いに入った瞬間、両者は踏み込んだ。


 牛人は渾身の力を籠め、拳を振り下ろす。拳と共に、ファルハルドへ鮮血が降り注ぐ。


 ファルハルドはふらついた。踏み込む足がずれた。身体がかしぐ。


 違う。踏み込んだ足はずれたのではない。ファルハルドは横に足を踏み出し、牛人の拳を躱した。


 傾ぎ、倒れかけたと思われた身体は踏み出した足を軸に回転する。疲労が溜まり、限界を迎えた身体には力が足りなかった。ファルハルドは回転により剣に遠心力を加え、その刃に充分な威力を載せた。


 刃は伸びきった牛人の腕へ。

 斬。一太刀で丸太のごとき堅く太い腕を断つ。


 剣は止まらない。断たれた腕が地に落ちるよりも早く、その刃は首に到達した。



 ファルハルドはもはや自分の身体を支えられない。剣を振るった勢いに耐えられず、無様に地面を転がった。

 牛人は動かない。微動だにしない。


 数瞬、あるいは長い時が経ったのか。風が吹く。嵐を告げる強い風が。


 牛人の身体が揺れる。その身から首が滑り落ちる。鈍い音を立て、牛人の頭は地に落ちた。ついにおびただしい鮮血を噴き上げながら、牛人の身体は地に伏した。


 ここにファルハルドは牛人を、獣人のその最強の一角を占める存在をくだした。

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