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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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23. 牛人との戦い /その①



 ─ 1 ──────


 開けて翌日。アラディブ率いるラーヒズヤ商団は全ての商談を終え、駐屯地を出立する。


 他の酒保商人と違い、ラーヒズヤ商団はアルシャクス西部を回る行商人としての性格も有している。そのため、次の目的地は別の傭兵駐屯地ではなく、開拓村。西村に向かう予定だ。


 商団の団員たちにも当然、護衛役が含まれているが、開拓村周辺の巡回を兼ねてオリムが西村までの警護を買って出た。


 ただ、ここで少し問題が発生する。オリムが斬り込み隊の面々に声を掛けるが、ファルハルドと髭なしハサン以外の隊員たちはまるで使い物にならなかった。ある者はへべれけ、ある者は寝不足で誰も彼もがふらふらしている。


「お前ぇら! しゃきっとしやがれ、このクズどもが!」と、オリムが怒鳴りつけ蹴り飛ばすが効果はない。頭が割れると青い顔で訴える者や立ったは良いが歩きながら眠る者などなど、全くもって役に立たない。


 結局、オリム、ファルハルド、髭なしハサン、他本隊隊員三名で商団の警護と開拓村周辺の巡回を行うことになった。



 一行は小雨の降る中、駐屯地を出発する。


 あいかわらず商団は賑やかだ。霧のような雨が降っていても、音楽を奏で陽気に歌い踊っている。これは単なる楽しみや宣伝のためだけに行っている訳ではない。

 大きな音を立て、陽気に騒ぐことは獣に襲われることを避ける意味がある。もちろん闇の怪物や悪獣たち相手には効果はないが、ただの獣や凶暴化しただけの獣相手なら、大きな音を出していれば獣のほうから逃げ出すのだそうだ。


「旦那、一口どうです」


 アラディブが自らの腰に付けた水袋をオリムに放って渡す。


「おう、ありがとよ」


 水袋の中身は葡萄酒シャラベ。商品ではなくアラディブの私物のため、質はさほど良くない。味も香りも薄く、渋みも苦みも強かった。それでも喉を潤すには充分だ。

 団員や護衛の者たち、徒歩の者たちに水袋を回していく。礼代わりのつもりか、気分の乗った本隊隊員と商団の護衛の者が声を合わせ、陽気な歌を歌い出す。


 それは、世間知らずの田舎の若者がある日避暑にやって来た隣の領地の領主の娘に一目惚れし、友人や幼馴染み、そして村を訪れる傭兵や行商人の手助けによって数々の困難を乗り越え、恋をみのらす滑稽歌。

 ちまたで人気の曲目だ。ファルハルドも以前、ジャンダルが歌っていたのを聞いたことがある。


 オリムたちは傭兵が侠気おとこぎを見せる場面で一斉に声を上げ、アラディブたちは行商人が知恵と口の巧さで若者を助ける場面で合いの手を入れる。


 一番人気の、若者が隣の領地の領主から「お前と娘では身分が違う」と言われ、若者が「『始まりの人間(ガヨー・ファールス)』が人間を創った時には人には身分など存在しなかった」と言い返す場面では全員が揃って大声で同意の声を上げた。


 この滑稽歌は同じ曲目でも歌う人、土地によりいろいろな違いがある。


 ジャンダルの場合は若者のとぼけた、それでいてはっとさせられる純朴な意見と、伝統と因習に凝り固まった隣の領地の領主の考えとの対比、少しずつ遣り込められていく領主の情けない姿を笑いの中心に置いていた。


 今、護衛役たちが歌ったのは、傭兵や行商人など多くの人から助けられながら若者が困難を乗り越えていく姿を面白おかしく歌い上げたものだった。


 話の筋自体は同じなのだが、受ける印象は全く異なる。新鮮な気持ちで楽しめ、ファルハルドも声を上げて笑った。




 唐突に、笑い声を上げる一行の頭上に鋭い警戒の声が響いた。

 大きな音を出していれば、獣のほうから逃げ出す。そう、相手が獣であるならば。それが闇の怪物や悪獣たち相手でなければ。


 馬車の屋根に設けられた見張り台に立っていた護衛の者が北から迫る敵影に気付き、声を上げたのだ。


「闇の怪物たちだ。十体以上。北から来る。獣人の姿あり。速い。すぐに追いつかれるぞ」


 即座に応戦体制を整える。


 商団の馬車は名前こそ馬車だが、それをいている動物は騾馬らば。従順で丈夫な家畜だが、その移動速度は馬よりは劣る。商品を積み込んだ馬車を曳いているなら、なおのこと。

 敵には足の速い獣人が含まれている。拍車をかけ、速度を上げたところで逃げきれるものではない。


 アラディブは移動を止め、商団の馬車を道横のひらけた場所で二重の円陣にと並べ替えた。

 外側の円陣には比較的安価な商品を載せた丈夫な馬車、それもこんな時に備え側面を鉄板で補強している馬車を並べる。女性たちを円陣の一番内側に集め、男たちは馬車の上に陣取り弓を構える。


 護衛役の商団員たちとオリムたち傭兵はそれぞれ武器を構え、円陣の外側で怪物たちを迎え撃つ。




 ─ 2 ──────


 敵が近づいて来る。皆に敵の姿が確認できた。怪物の群れは一体の獅子人、二体の狼人、二体の獅子型の泥人形、五体の狼型の木人形、四体の狼型の石人形。空は厚い雲に覆われ、霧雨が降っている。日は差さず、怪物たちの活動に支障はない。


 木立の間に敵の姿を確認したオリムが素早く指示を飛ばす。


「弓はむさぼる無機物どもを狙え。ハサン、ファルハルド、前に出るぞ」


 素早い獣人相手では矢は避けられやすい。そのため、動きの遅い無機物を狙うようにと指示した。商団の男たちは応え、次々に弓を射る。


 弓の腕前は狩人や兵士と同等とはいかなくとも、彼らもまた何度も怪物たちの襲撃を経験してきた者たちだ。肝の据わりかたではジャコモなど比べものにならないほどに据わっている。

 冷静に石人形は避け、泥人形と木人形に矢を浴びせかける。


 弓矢だけで倒すことは難しい。それでも、何本もの矢が刺さり、動きを阻害し歩みを鈍らせる。転倒する個体も現れ、獣人との距離がより大きく開いていく。


 最初に獣人たちが馬車へと迫る。斬り込み隊は進み出て獣人たちを迎え撃つ。オリムが獅子人に、ファルハルドとハサンが狼人に向かった。


 商団の護衛の者たちは槍と大盾を、本隊隊員たちは断ち切り刀や戦斧と盾を構え、馬車から少し距離を取り、獣人たちより少し遅れて迫る石人形に備える。


 オリムたちと獣人たちが互いへと迫る。


 獅子人は力強い咆吼を上げながら、四足歩行のままオリムに牙をく。オリムは高笑いを上げながら二刀をかざし、走り寄る。


 髭なしハサンに向かった狼人は、接触する直前に二足歩行に移行した。牙と両手の爪、全てを同時に繰り出してくる。

 ハサンは三方から迫る攻撃に対応した。踏み込み、片手の爪を断ち切り刀で迎え撃ち、片手の爪をかわし、迫る牙には盾で狼人の顔面を殴りつけ対応する。

 狼人は怒りの咆吼を上げる。ハサンは狼人に負けぬ咆哮を上げ、斬りかかる。


 ファルハルドを狙った狼人は素早く横にれた。もう一体の狼人の背後に隠れる。

 姿を見失う。一拍の間を置き、狼人はねた。狼人と髭なしハサンを跳び越え、頭上からファルハルドを狙う。


 狼人は泥に汚れた鋭い爪を翳す。だが、その爪はファルハルドには届かない。

 ファルハルドも跳躍した。その跳躍は狼人よりも高く、狼人の頭上を取る。振りかぶった剣を狼人の頭頂目掛け振り下ろした。


 狼人がかつて出会った人間の中に、狼人以上に高く跳ぶ者などいなかった。思考が追いつかない。狼人の反応は遅れ、ファルハルドの剣を避けられない。

 右腕を翳し、ファルハルドの剣を受けた。刃は骨を断つ。腕は半ばから力なくぶら下がった。


 狼人は地面にぶつかるように落下した。ファルハルドは音もなく、着地する。


 狼人はぶら下がる自らの腕をみ千切り、その瞳を怒りに染める。


 馬鹿らしい。咬み千切る暇も、怒りに駆られる思考も無駄でしかない。わずかに遅れた動作の隙にファルハルドは攻め入った。

 狼人の反撃を許さない。一撃で決めることはできずとも、手数多く一方的に攻め立てていく。狼人の全身は自らの血で赤く染まっていく。


 石人形が追いついた。三体が馬車を狙い、一体がファルハルドへと迫る。


 ファルハルドは視界の端に石人形をとらえていた。駆け寄る石人形の動きに合わせ、再度の跳躍。迷宮内よりも自在に動ける野外でこそ、ファルハルドはその真価を発揮する。

 狼人の攻撃を躱し、石人形の頭を蹴りつけ、そのまま狼人の頭上を越え背後を取る。狼人に振り向く暇を与えず、そのまま背後から心臓を貫いた。


 オリムやハサンは未だ獣人と戦っている。二人の援護に向かうべきか。しばし迷う。

 動きの鈍ったファルハルドに再び石人形が迫る。横に躱しながら、駆け抜ける石人形の後脚を斬りつけた。


 モズデフが鍛え上げた今の剣ならば石の塊を斬り裂くことも可能だ。とはいえ、やはりファルハルドと石人形との相性は良くない。


 遅れて迫る泥人形や木人形の姿が近づいている。


 髭なしハサンは余裕を持って確実に狼人を追い詰めている。オリムは一進一退。だが、心から戦いを楽しんでいる。


 本隊隊員たちと商団の護衛の者たちは二人一組となり、決して石人形を馬車へと通すことなく戦いを有利に進めている。

 本隊隊員と商団の護衛の者は一人ずつが新たな敵に備え、いつでも動ける状態で全体の戦いの状況を見極めている。


 ファルハルドはオリムたちの援護は必要ないと判断し、本隊隊員に声を掛け石人形の相手を任せ、自らは泥人形たちへと向かっていく。

 今話が全五回。今話終了後、次話更新まで一、二回更新お休みします。

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