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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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21. ラーヒズヤ商団 /その③



 ─ 4 ──────


 夜にはラーヒズヤ商団を歓迎しての宴会が開かれる。駐屯地の中央広場に雨除けの幕が張られ、そこかしこに篝火かがりびが焚かれている。


 出される料理ガーザマシュルーブの大半は商団が用意したもの。ただ、代金は全て傭兵団持ちである。


 料理の内容はほぼグーシュト。ほとんど肉。だいたいが肉。あまり時間がなかったこともあり、手が込んだものではなく、保存肉を刻み、炙り、茹で、申し訳程度の野菜ザブズィ・ジャトと合わせた単純な料理。

 ただ、単なる塩漬け肉ではなくたっぷりと多様な香辛料アドヴィーエジャートが使われている。


 他はアイーシャたち女性陣が作った具沢山の煮込み料理もある。


 宴はジョアンの合図により、皆で一斉に宴席うたげの神の御名を唱和することから始まる。


「我らに食と喜びをお与え下さる偉大なる宴席うたげ厨房くりやの神メルシュ・エル・セダ。我らは御名の下、食卓を共にし、糧を分かち合い、喜びを同じくいたします。どうか、我らが捧げる、心を一つに合わせ感謝の思いを籠めた祈りを御受け取り下さい」


 共に唱和し、手を合わせこうべを垂れれば、祈りの時間は終わる。あとは目も当てられないような、騒がしくひたすらむさぼり食う時間の始まりだ。


 料理は大皿や鍋に入った状態で、でんと置かれている。それを傭兵たちも商団員たちも次々に取り分け、競い合うように掻っ込んでいく。


 皆が大声で話し合い笑い合って、場は実に騒がしい。その中でダリウス団長と商団主がいる場所は比較的静かに落ち着いている。

 ダリウスは無口な性質たち。宴会を静かに過ごしたところで意外でもなんでもない。商団主は話し好き。そんな人物が静かに過ごしているのは少し意外である。


 とはいえ、実際は意外でもなんでもない。商売人であるならお客を気分良くさせるのは当たり前。傭兵団相手に商売しに来たのだから、傭兵団の長であるダリウスの傍近くでいる時に物静かにしているのは当然だった。このあと、あちこちの席を巡り、団員たちと話をする際にはもちろん場を盛り上げていく。


 もっとも、これ以上盛り上げる必要などないほど場は充分に盛り上がっている。傭兵たちは酒が呑めて、肉がたらふく食べられればそれだけで上機嫌になれる。その上今は商団員たちが楽器を鳴らし、歌を歌っている。なにより、何人もの薄衣の見目麗しい女性たちが酌をして回っているのだ。これで盛り上がらない訳がない。


 ただ、場は騒々しいほどに騒々しいが乱れてはいない。

 これが他の傭兵団であるなら、とっくの昔に女性たちは暗がりに引っ張って行かれているだろう。それがこの傭兵団では起こらない。


 ひとえにダリウス団長の人柄(ゆえ)である。呑む打つ買うは傭兵たちの生きる楽しみ。そこはダリウスも禁じはしない。

 それでも女性たちを無理矢理に、などということは許さない。力弱き者たちを力で従わせる行為など、戦士の誇りに懸けて許す筈がない。


 他の傭兵団から鞍替えしてきた者が、その流儀のままに女性たちに手を出そうとして団長に粛正されるというのが毎度の恒例行事と化している。

 今ここにいる団員たちはそれを骨の髄から知っている。よって、どれほど酔っ払おうとも乱れはしない。


 それにより商団は安心してこの傭兵団に足を運ぶことができ、他の傭兵団よりも優先して安価に物資を手に入れることができている。


 この気風こそがファルハルドの傭兵派遣先としてこの傭兵団が選ばれた一番の理由だったりするが、それは内緒の話である。




「これはこれはオリムの旦那。本日もご機嫌麗しゅう」


 商団主の男性が麦酒の入った水差し片手に、斬り込み隊の面々が皿を囲む席に話しかけてきた。ファルハルドは殊の外喜んだ。


 共にいる者は皆が皆、食べるよりも呑むほうに熱心でファルハルドにもどんどんと勧めてくる。

 特にオリムが鬱陶うっとうしかったのだ。オリムには若干絡み酒のきらいがある。そのスカしたところが駄目なんだよ、などと面倒くさいことを言ってきて、面倒だからと席を移ろうとすれば、これを呑み干してからだ、と杯に酒をなみなみとそそいでくる。すさまじく鬱陶しい。


 気をらすきっかけとなる商団主の登場は大歓迎である。


「おう、アラディブ。お前ぇも景気良さげだな」

「はっはぁー、うちはぼちぼちってとこでして。旦那たちこそ、お国に頼られて羽振りが良さそうなご様子で」


 アラディブは常に踊らずにはいられないのか、大袈裟な身振り手振りで身体を揺らし、一言発するごとに一々なにやら奇妙な姿勢を決めながら話をしていく。


「それでこちらの色男さんにはお初お目に掛かりますね。新入りさんですかい」


 アラディブは人好きのする、それでいてどこか妙に嘘くさい笑顔をファルハルドに向ける。

 ファルハルドは正面からアラディブの顔を見た。アラディブはその目の下から目尻に掛けてを赤い染料で、まぶたを青い染料で彩っている。単なる化粧と言うよりなにかのまじないであるかのようにも感じられる。

 ぞろっとしたけばけばしい衣服には香を焚きしめているようで、ほのかに独特の薫りも漂っている。


「おうよ。ファルハルドってんだ。うちの隊の奴だぜ」


「おぅほぉうっ。斬り込み隊とは、それは豪気なこって。あっしがラーヒズヤ商団を率いております、アラディブってぇけちな商人でございます。どうぞ、お見知りおきを。なんぞ御入り用のものがございましたら、遠慮なくお声をお掛け下さいませ。


 それにしても、こりゃたいした男前さんでございますね。へへへっ、うちの女たちもこちらの兄さんのご立派な男ぶりを見かけて、自分を指名して欲しいっとかってなんだかそわそわしてやがんですよ。


 ほうら、ご覧なさい。揃いも揃って、気合い入れてめかし込んでおりましょう。

 ひとつ、どの女が好みか言っていただければ真っ先に用意させていただきますんで、ねぇ。そっちのほうもどうぞご遠慮なく、ってなもんで。はっはぁー」


 アラディブ商団主は顔中をやたらと胡散臭うさんくさい笑いに変えて話をするが、周りにいる斬り込み隊の面々はこのアラディブの発言に不機嫌そうな表情になる。もっとも、髭なしハサンはなんとも思ってなさそうだが。

 ザリーフあたりはなんで新入りが優先なんだよとはっきり不満を口に出している。


 だが、ファルハルドにとっては知ったことではない。女を買う予定もなければ興味も湧かない。それを言えば、全員が吃驚びっくりしていた。


 アラディブは少し考え込み、小声で、

「もしあれでしたら、男もご用意できますが」

などと意味不明な発言をしてくる。


 周りの者は、まさか、こいつという顔をファルハルドに向けるが、ファルハルドにはなんの話をしているのか全く意味がわからない。取り敢えず、いらないと断っておいた。

 斬り込み隊の面々も、簡単にだがレイラの話を聞いていたので、そりゃそうか、お堅いこってと納得し興味をなくした。



 アラディブは一通り話したあとは他の席にご機嫌伺いに向かった。入れ替わりに薄衣の女性が酌をしにやって来る。斬り込み隊の面々は口笛を吹いて歓迎する。


 女性はオリムから順に杯に酒をそそいでいき、ファルハルドにも注ごうとしたところでなにかにつまずいたのか、小さく悲鳴を上げファルハルドに倒れかかる。

 ファルハルドは女性を抱き止めた。女性は頬を赤らめ、ファルハルドに礼を言う。そっとファルハルドの手を握り、じっと目を見詰めてくる。


 ファルハルドの気持ちは寒々と冷えきった。女性は好意に火照った顔を見せながら、その目の中に見られるのは冷めた計算。なにひとつ誠が見られない。


 人との関わりが少なく成長したファルハルドは感情の機微にうとい。だが、偽りや悪意ならば人並みに見抜ける。イルトゥーランの王城にはそれらの感情が満ち、ファルハルドにとって見慣れたものであるからだ。


 面倒くさい。それがファルハルドの頭に浮かんだ言葉だった。

 女性は期待した反応を見せないファルハルドに呆れ、つまらなそうに鼻を鳴らして他の席に立ち去っていった。


 そのファルハルドの様子を離れた位置からアラディブがじっと見詰めていた。

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