20. ラーヒズヤ商団 /その②
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この傭兵団に於ける補給手段は基本的に五つ。
一つ目は自分たちで狩りや採集を行い、食料などを得ること。悪獣や闇の怪物を倒した際の素材回収やささやかな畑作りもこれに含まれる。補助的な位置付けで、これで全て賄える訳ではない。
二つ目は警戒警備を行う開拓村から作物などを分けてもらうこと。これも補助的な位置付けだ。
なんといっても開拓村はまだ充分に開発されていない。たびたびたかりに行っては、守るべき開拓村自体が干上がってしまう。見回りに向かった団員たちの食事を用意してもらったり、祭りの際に参加する程度だ。
三つ目はアルシャクス軍から契約金が渡されること。半年に一度、アルシャクス軍から軍役人が契約書と金を詰めた袋を持ってやって来る。主に現金はこの方法で手に入れている。
ダリウス団長やアイーシャは待遇を巡っての丁々発止の契約交渉に望むことになるが、一般団員たちには関係ない。
四つ目がパサルナーン政庁から派遣される保安隊から物資を得ることだ。囚人たちの監察監督、現状把握、傭兵派遣代の回収のために、だいたい二月に一度やって来る。その時に荷馬車一輌分の物資を運んでくる。
ただし、囚人たちを傭兵派遣している全ての駐屯地の分を合わせて、荷馬車一輌分でしかない。よって、齎される物資は多くはない。
それでもパサルナーンから傭兵派遣されている囚人たちにとってはとても重要な使者である。運んでくる荷物にそれぞれの囚人に宛てた家族からの手紙や差し入れがあるからだ。手数料を払えば、囚人からパサルナーンに手紙を送ることもできる。
運ばれてくる差し入れは、一人頭両手で抱えられる袋一つまでだが囚人たちの気持ちを支える重要な存在だ。
そして、五つ目。傭兵団にとって最も重要な、主要な補給手段が駐屯地にやって来る酒保商人から物資を購入する方法だ。
食料も嗜好品も、衣類も娯楽も、そしてタリクが使用する鉄塊なども全て商団から購入している。万が一にも商団がやって来なければ大変なことになる。
そのため、駐屯地を巡る商団は一組だけではない。現在は三組の商団がそれぞれ重ならないように一月に一度、駐屯地にやって来る。そして、その三組の商団の内、最大規模の商団が今回やって来たラーヒズヤ商団である。
その待ちに待った酒保商人の到着に、団員たちは沸き立っている。
本来は団長と商団主との間で商談をし、団としての商いを先に済ませるべきだが、わんさと集まった団員たちはそれでは納得しない。一旦、買い物を済まさせ落ち着かせないことには、団員たちは治まらない。
そして、商団のほうでは煽りに煽って場を盛り上げ、がっつり儲けようと企んでいる。
煽るとはどうするのか。お客が求める品を見せつけ、購入意欲を刺激すれば良い。
では、団員たちはなにを求めるのか。甘い物、辛い物、便利な物、快適な物、楽しい物、珍しい物。それらも人気はあるが、それよりもっと人気があるのは酒。そして、それよりさらに強く求められるものは女。
際どい格好をした女性たちが、あるいは肌をチラ見せする女性たちが、馬車の中から商品を手に取りにこりと微笑めば、団員たちは野太い歓声を轟かせる。
その盛り上がる声を伴奏に、商団を率いてきた商団主の男性は軽快に踊っている。商団主にとって現在の状態は文字通り小躍りする状態だ。
その姿をファルハルドは呆れ顔で見ている。冷やかすと誘ったオリムは隣で口笛を吹き、実に楽しそうな様子でにやつきながら眺めている。
「これはいいのか」
「あ゛ぁ? 待ちに待ったお楽しみに盛り上がってるだけじゃねぇか。なにが問題だ。お前ぇも時化た面してねぇで、一緒に盛り上がってこいよ」
盛り上がる? あの中に加わって? 団員たちと一緒に酒や女に大興奮し、拳を突き上げ叫び声を上げろと? ないな。ファルハルドは自分で想像し、一欠片もあり得ないと首を振る。
「ま、そろそろ捌き始める頃合いだしよ」
見れば、屯していた団員たちの間に一つの流れが発生していた。商団もさんざん煽り購入意欲を高めたあとはさっさと商品の販売を済ませていく。
酒と女に関しては団長との話し合いが終わってからでなければ売ることができないが、団員たちも毎度のことなのでそれは知っている。名残惜しそうな顔をしながらも今は諦めた。
ファルハルドはオリムに一杯奢ってやると引っ張って来られたが、元々ファルハルドは酒を好んでいる訳ではない。販売がなく、呑めなかったことを残念には思わなかった。
だがオリムはにたりと笑い、商団主に近づきそっと大銅貨を数枚握らせた。商団主は口の端を吊り上げ、オリムを馬車の蔭に誘う。団員たちの目を避けられる場所で、芳醇な蒸留酒の薫りが漂う小樽を手渡した。
オリムはファルハルドに声を掛け、斬り込み隊の天幕が張られている方角へと進んでいく。
ナーセルとハサンたちが使っている天幕を捲り、「おう、クズども。準備はいいか」と声を掛ければ、中からは「よっ、待ってました」と抑えた複数人の喜びの声が返ってきた。
見てみれば、天幕内に斬り込み隊の面々が全員集合している。全員がわくわくと待ち遠しそうな顔で待っている。
オリムが音を立てて、抱えている小樽を集団の中央に置けば、ザリーフは思わず「うっひょー」と大きな声を上げ、他の面々も口々に歓声を上げた。
「オラ、なにやってんだよ。見られちまうだろうが。さっさと入れよ」
戸惑うファルハルドにオリムが顎をしゃくり、中に入れと促す。
どこからどう見ても酒盛りを始めようとしているようにしか見えない。酒の販売が後ほどとされているなか、これはいいのかと尋ねれば、問題ない、団長から常に危険に真っ先に飛び込む斬り込み隊の特権として認められているとの答えであった。
さすがに他の団員たちの目があるところで堂々と、とはいかないが、隠れてこっそりならば目溢しされている。
斬り込み隊の面々が我先にと商団に駆け寄っていたのはこのためだった。それぞれが自分の好む酒のつまみをがっつりと確保している。どんだけ気合い入ってんだ。ファルハルドはいよいよ呆れた。
オリムが小樽の栓を抜けば、天幕内に一気に芳醇な薫りが拡がっていく。ナーセルや髭ありハサンはその薫りを胸いっぱいに吸い込み、何人かの唾を呑み込む音が聞こえた。
蒸留酒の量自体は多くない。七人で呑めば、一人頭大振りの杯で二杯程度だ。ただ、かなり強い。ファルハルドは一口、口を付けて顔を顰めた。
周りを見回せば、ある者は目を瞑りゆっくりと舌の上で酒を転がして味わい、ある者は酒を口に含んだ状態で静かに鼻から息を吐き、その薫りを楽しんでいる。
各々が各々なりの楽しみ方で静かに楽しんでいる。ファルハルドはそんな時間の邪魔をする気はないが、自分は一杯だけでいいと二杯目については断った。
毒に対する強い耐性を持つファルハルドはこの程度の強さなら二杯呑んだとしても酔いはしないが、わざわざ二杯も呑みたいとは思わなかった。
そもそも、イルトゥーランの暗殺部隊に狙われているファルハルドは、基本的に酒を呑まない。特別な日や安全が確保できているとわかっている場所で、周りに合わせ付き合いで呑む程度だ。今も一杯付き合ったのでそれで充分だろうと考えた。
その日は夜まで天幕内でまったりと過ごすことになった。




