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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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19. ラーヒズヤ商団 /その①



 ─ 1 ──────


 ファルハルドたちは草臥くたびれた様子で駐屯地へと帰り着く。


 アキーム、ザリーフ、ファルハルド、他に本隊の隊員四名で駐屯地から北側への巡邏を行った。

 その巡邏中に闇の怪物たちとぶつかる。怪物たちは一体の猪人と猪型の泥人形、五頭の猪の悪獣と四頭の猿の悪獣だった。


 ファルハルドたちは勝利こそできたが、かなりの苦戦を強いられた。


 パサルナーン迷宮に現れる闇の怪物たちは、外で現れるものよりも頑丈であったりしぶとかったりするものが多いとされる。

 確かに迷宮内で出会う怪物相手よりも攻撃は通り易かった。しかし、外で出会う怪物たちには別種の手強さがある。


 猪人は迷宮内で出会った豚人と同様に道具を使ってくる。倒木を棍のように振り回し、地に落ちている石塊を投げつけてきた。


 そして、泥人形は。迷宮内でも泥人形たちは身体が損傷した際には自己修復を行っていた。それは外でも同じ。だが、外では自己修復の際の欠点がほぼなくなっている。


 迷宮内では自己修復を行う時にはその行動が停止し、修復後にはその身体が修復分だけ小さくなっていた。

 一方、外では。足下の土から材料を補い、自己修復を行う度にむしろ大きくなっていく。そして、常時、豊富に材料を補充可能のためか、修復のための行動停止時間もまたたきする程度の時間しか掛からない。


 結果、戦いが進むごとに泥人形は強さを増していく。最終的には双頭で、人の背丈を越える姿となった。



 なんとかアキームとザリーフが力任せの攻撃で後足を斬り飛ばし、体勢を崩した隙にファルハルドが懐に跳び込み、胸の核石を貫いた。


 倒せはした。が、斬り込み隊の面々が怪物二体に掛かりきりとなり、その分の負担が全て本隊隊員たちへと回った。

 本隊隊員四名対悪獣九頭。その結果は悲惨なものとなる。本隊隊員二名の戦死。


 戦死した隊員の亡骸は生き残った本隊隊員たちが背負い、駐屯地への帰路を進んだ。帰路も何事もなくとはいかない。凶暴化した獣たちの襲撃があった。決して本隊隊員たちには近寄らせず、斬り込み隊だけで片付けた。




 再び、団員の弔いが行われる。立ち昇る煙を見ながら、ファルハルドの胸には不思議なほどに亡くなった団員たちを悼む気持ちが込み上げてきた。


 別段、親しかった訳ではない。顔を合わせ、挨拶をした程度の仲。どんな人柄だったかも知りはしない。それでも、言い知れぬ思いに胸が詰まった。


 ファルハルド本人は気付いていない。だが、ファルハルドは今回初めて仲間を亡くした。家族を亡くしたことはある。誰よりも大切な人が傷付けられたことはある。共に迷宮に潜る仲間が引退に追い込まれたこともある。


 それでも、仲間を亡くしたことは今までなかった。父であるデミル四世の首をね、迫る追手たちを返り討ちにし、死体の山を築いてきたファルハルドだが、仲間をなくしたのは初めての経験だった。そのことが、本人すら気付かぬままに強い感情となって迫ってきている。


 自分が感じている感情がなんなのか、未だファルハルド自身は自覚できないまま、いつまでも立ち昇る煙を見送った。




 ─ 2 ──────


 エンサーフの月の下旬、バハール半ば。今日もファルハルドは一人鍛錬を続けている。


 鍛錬の内容は特別なものではない。重い鎖帷子を着込んで走り込み、敵の攻撃を避ける足捌きを想像しながら身体を動かし、ときに跳びはねる。一つ一つの動作を確実に。滑らかに動きをつなぎ、きれをよく。繰り返し身体に動きを沁み込ませ、筋肉、体力を付けていく。


 ファルハルドの戦い方は目の良さ耳の良さで、敵の動きを把握し、最適の動きを思考しながら敵の攻撃をかわし、最短距離で急所を狙う。静かでありながら、常に動き続け、激しく鋭い攻撃を繰り出す戦い方だ。


 欠点として、集中力を維持しながら、激しく素早く動くファルハルドの戦い方は体力の消耗が激しい。決して筋力、体力に優れる訳ではないファルハルドは、戦いが長引いた時にはその思考と動きの精度が一気に落ちる。


 今まで生き残れたからと言って、今後もこれで大丈夫だとは限らない。より強力になっていく怪物たちとの戦いに備え、長時間の戦闘を行える持久力の獲得を第一の目的として鍛錬を行っていく。


 暖かくなってきたからか、それともファルハルドに影響されてきたからか、すこしずつ他に鍛錬を行う団員たちを見かけるようになってきた。

 ときに共に鍛錬を行い、ときに手合わせも行う。ファルハルドには賭け事や酒盛りで仲良くなるよりも、こんな形での交流のほうがはるかに行いやすい。少しずつ本隊所属の隊員たちとも話をするようになった。




 そんなある日、一人で鍛錬を行っていたファルハルドの耳にふと耳慣れない音楽が聞こえた。


 最初は空耳かと思った。傭兵たちは声を合わせ歌をがなり上げることはあっても、演奏などという洒落たことをする者はいなかった。

 そもそもこの駐屯地には楽器のたぐいは置いていない。気分が乗ってきた時に空樽を叩き、床を踏み鳴らすぐらいのものだ。


 しかしちょうどその時、物見櫓で警戒任務に当たっている当番が金物を打ち鳴らす。音楽も次第にはっきりと聞こえるようになってきた。ファルハルドは鍛錬を中断し、汗をぬぐい音の聞こえてくる方へ足を向けた。


 進むごとに、ちらほらと同じ方角へと向かう者の姿が増え始めた。誰もが急ぎ足だが、戦闘時のような緊迫した雰囲気は感じられない。


 そのまま駐屯地の端まで進み、ファルハルドの思考が停止する。見えているものが信じられない。これは現実なのか。自分の目を疑った。


 目が痛くなるほどにやたらとど派手な色彩で飾り立てた大型の馬車が多数連なり、駐屯地へと向かって来ている。


 先頭を進む、一等けばけばしい格好で髪の長い、化粧をした背の低い男性は手に持った短い杖を振りかざし、なにやら歌い、軽快な踊りを見せる。後ろを進む男女は軽やかな足取りで、楽器を打ち鳴らしながら歌っている。


 互いの顔の見分けがつく距離まで近づいてきた所で、先頭の男性が傭兵たちに呼びかける。


「おぅほぉうっ、坊ちゃん嬢ちゃん兄さん姉さん、紳士に淑女に御老君。やっと来ましたこの機会。呼ばれ、望まれ、駆けつけて、危険な道も分け入った。怪物、悪獣、なんのその。お客がいるならどこまでも。

 さあ、皆様お待ちかね、遠路はるばるやって参りました。万商よろずあきない、ラーヒズヤ商団でごおぉざいまーす。はっはぁー」


 先頭の男性の掛け声に合わせ、一群の人々は綺麗に揃った動きでびしっと天を指差し、同じ姿勢で動きを止める。傭兵たちは歓声を上げた。

 商団の者たちは再び音楽を奏で、歌いながら進み始めた。


 取り敢えず、ファルハルドはなにも見なかったことにしてそっとその場を離れた。


「おーい、どこに行こうとしてんだコラ」


 残念。オリム副団長に捕まった。


「あれはいったいなんなんだ」

「あ゛ぁ? 決まってんだろ、酒保商人ってやつだぜ」


 アルシャクスの西部を回る行商人であり、傭兵団相手に商売をする酒保商人。傭兵団にとっては必要な物資を手に入れる大切な取引相手であり、団員たちにとっては娯楽が少ない開拓地での貴重な楽しみとなっている。


 商団の到着を知った団員たちが銅貨を握り締め、集まってくる。いかつい顔をしたおっさんたちが子供のように目を輝かせ、商売開始を今か今かと待っている。


 ちなみに、集まっている団員たちの先頭に陣取っているのは斬り込み隊の面々だった。こんな場面でも真っ先に切り込んでいくらしい。


「お前ぇも一緒に冷やかそうぜ」


 金はないからと、ファルハルドが断りの言葉を口にしようとしたところで、

「心優しい、男前な隊長様が酒の一杯も奢ってやっからよ。一丁、付き合えよ」

とのオリムの発言。


 逃げ損ねた。肩に掛けられたオリムの手を払う訳にもいかず、ファルハルドも連行された。

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