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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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18. 開拓村の暮らし /その③



 ─ 4 ──────


「そうですな、例年よりも凶暴化した獣たちの襲撃が多い印象はありますね」


 村長にも尋ねたが、神官であるクーヒャールにも最近の状況を尋ねてみる。やはり、まだ今年は闇の怪物たちを見ていないが、獣たちは村を襲ってきているとの答えだった。


 そして、長年東国諸国方面の闇の領域近くで開拓活動に従事していた経験に基づけば、凶暴化した獣たちによる襲撃が増える時には、その裏で闇の怪物たちの活動も活発化していると考えるのが妥当だと言う。


「おそらく、去年の冬前の侵攻もまたその一連の流れにあるのでしょう」


 ナーセルたち傭兵一同は同じ予想をしていたのか動揺は見せなかった。ただ、場に重苦しい空気がただようことまでは止めようがなかった。


「まじか……」


 ただ一人、ジャコモだけが青い顔となり、弱々しく呟いた。


「はっきりしたことはわかりません。ですが、東国諸国でも、ここアルシャクス西部に於いても、闇の勢力はその力を増しているように感じられます。

 あるいは、世界に闇の時代が訪れようとしているのかも知れません」


 クーヒャールの語る暗い予想に、一同は言葉を返すこともできない。

 場を支配する沈黙をファルハルドの声が破る。


「だが、結局俺たちの行うことは変わらない。そうだろう?」


 傭兵たちは不敵に笑い、クーヒャールは満足そうに頷いた。


「その通りです。我々人は、神々より与えられし己の務めを果たす、ただそれだけです」


 少し、認識にずれがある。


 この大地に暮らす全ての人は、『始まりの人間(ガヨー・ファールス)』により『創られた者たちの大地( ファルスターナ )』が『暗黒の大地(アンラスターナ)』となることを防ぐために創られた。それこそが全ての人が持つ、神聖にして根源たる役割。クーヒャール神官が言う務めはそのこと。


 ファルハルドが言い、傭兵が笑って見せた行うこととは、金を貰いその分だけは働く傭兵務めのこと。


 認識はずれたままだが、会話は違和感なく成り立っている。



「一つ気になるのはイルトゥーランの動きがどこかおかしいことでしょうか」


 傭兵たちの目が細められる。イルトゥーランとアルシャクスに戦争が発生すれば無関係ではいられない傭兵たちはこの話題に無関心ではいられなかった。


「元々、イルトゥーランは他国への侵攻に熱心な国ではあります。人同士で争うなど無益なことですが、それは今は置いておきましょう。人同士の争いを巻き起こしながらも、闇の怪物たちとの戦いにも大きく貢献しておりましたので。


 ですが、今はなにやら闇の勢力との戦いをいとう気風が生まれているように感じられます。あくまで漠然とした印象ですので、なにを持ってそう判断したのかと尋ねられればはっきりとは答えられないのですが。


 軍事大国であるイルトゥーランが闇の勢力との戦いから外れれば、それは我々人にとって大きな痛手となります。

 そして、その力を他国への侵攻に振り向けるのなら、イルトゥーランとの境に配置されている皆様方はその影響を真正面から受けることになるでしょう」


 前以上に重苦しい空気が漂う。

 そんななか、ファルハルドは以前ジャンダルが口にした予想を伝える。


「俺を狙った悪獣使いたちによる襲撃。あれはベルク王の命を受けた、暗殺部隊が裏で糸を引いていたもの。その時、共にいた者が言っていた。ベルク王は悪神の徒と手を結んだのだろうと」


「ちょっと待て。王命だの、暗殺部隊だのって。おい、こら。まさか、パサルナーンでの騒動ってのもその暗殺部隊が関わってんじゃねえだろうな。お前、いったい何者なんだよ」


 傭兵たちはぎょっとした様子でファルハルドに問いかける。


「パサルナーン迷宮挑戦者だが」

「そりゃ知ってっけど。そうじゃなくってよ、なんでそんな大袈裟なもんに狙われてんだよ。普通、んなもんに狙われねぇだろが」

「そう言われてもな」


 答えにくそうなファルハルドの様子を見て取り、クーヒャールが助け船を出すように口を挟んだ。


「あの襲撃の時、悪獣使いに付いていた腕の立つ護衛というのが、その暗殺部隊の者という訳ですか。一国の王が悪神の徒と手を結んだ可能性があるとは……。それは教団の上層部へ報告せねばなりませんね」


 クーヒャールはその額に深く縦皺を刻んだ。


「それにしても……、暗殺部隊とは」


 一同はクーヒャールの様子に目を奪われる。目をらせないほどの不思議な迫力に満ちている。


「確かに政治を行う者に後ろ暗い面があるのは残念ながら当たり前のこと。どこの国にもなにかしらの組織はあるでしょう。

 ですが、だからと言って暗殺などと。そのようなことを是とする者が人民の上に立つなど。恥を知るべきです」


 クーヒャールの純粋かつ熱い思いに一同頷いた。傭兵働きをする者たちは暗殺のような後ろ暗い行いは好まない。命を奪うのなら堂々と。死ぬのなら力尽きるまで戦い抜いて。そう考える。背後から襲いかかるような行いは唾棄すべき所業でしかない。


「もっとも、私は神に仕える身の上。政治に関わる気はありませんが」


 クーヒャール神官は力なく笑った。

 その後、礼拝所に村人たちが訪ねて来て、クーヒャールと傭兵たちの話はそこまでとなった。



 一行は改めて開拓村の周りを見回り、周辺の様子を探る。畑仕事を行う村人たちとも挨拶を交わすが、そのうち何人かは露骨にナーセルとファルハルドに嫌悪の目を向けた。やはり忌み子への嫌悪感を持っている者は一定数いるようだ。


 一般論から言っても、忌み子への嫌悪感を持っている者は農村部のほうが多い。そして、どちらかと言えばだが、二つの開拓村のうち、こちらの村は排他的な傾向があり差別意識が強いようだ。


 この開拓村、村人たちの自称、西村にしむらは村民のほぼ全員がオスクで構成されている。


 対して最初の開拓村、ワリド村長の率いる東村ひがしむらと呼ばれている開拓村は約半数がオスク、残りはアルマーティーとウルスの人々であり、ナーセルとファルハルドに不審の目を向ける人々もその目に籠められた感情は嫌悪というほどの強いものではなかった。


 もし、傭兵団がいなければ自分たちの生活が危険におちいる。それがわかっているだけに排斥までには至らないだろうが、ナーセルやファルハルドがこの西村に来る際には少し行動や向けられる目に注意を向けるべきだろう。


 ファルハルドはそう考えるが、ナーセルは違うらしい。嫌悪の目を向ける村人たちに出会う度に「なんか言いてぇことでもあんのかい」と大声で絡んでいった。

 開拓事業に身を投じる気性の荒い農民たちでもさすがに武器を手にした傭兵には言い返してこなかった。ナーセルは盛大に顔をしかめ、舌打ちをする。


 駐屯地への帰路では凶暴化したメイムンたちが襲ってきた。他の誰よりも激しくナーセルは暴れ回った。ジャコモなどはその戦いぶりを恐怖の目で見ていた。


 結果的には猿たちとの戦いはちょうどいい気分転換になったようだ。戦い終わった後はナーセルの機嫌も直っていた。



 夕食に間に合う刻限に駐屯地に帰り着いた。ナーセルと髭ありハサンは駐屯地に戻り次第、開拓村で得た情報をオリムに報告しに向かった。

 念のためということで、オリムにファルハルドがイルトゥーランの暗殺部隊に狙われていたことも報告する。


 それを聞かされたオリムの反応は、とことんオリムらしかった。


「んなこたぁ、どうでもいいわ。別に命令に逆らう訳じゃねぇ。腕前が劣る訳でもねぇ。なら、なにが問題だ。昔のことなんざぁ、どうでもいいじゃねぇか。なぁ」


 傭兵たちは頭を使うことも苦手なら、ウジャウジャ悩むことも苦手。そして、皆なにかしらの事情は抱えている。オリムの意見を聞き、ナーセルたちは確かにそうだなと思い直した。

次話、「ラーヒズヤ商団」に続く。

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