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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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17. 開拓村の暮らし /その②



 ─ 2 ──────


 村人たちもファルハルドも夜明けと共に起き出した。村人たちはそのまま畑仕事に向かう。

 ファルハルドたちはワリド村長に挨拶をしたあとは持ってきた食料を摂り、一度村の周辺を見回ってから駐屯地に戻らず、直接もう一つの開拓村へと向かう。


 もう一つの開拓村は西の丘陵地を抜けた先。少し北寄りに西へ半日進んだ場所にある。一行は川に架かる素朴な木の橋を渡り、西に進んでいく。



 丘陵地を抜ける直前、凶暴化した獣の群れの襲撃を受けた。獣はハルグシュ。狩りの対象としてなら楽に狩れる獲物だが、小さな身体に素早い動きと敵として襲ってくるのならなかなかに手強い相手となる。


 兎たちはその強靱な後脚でジャコモの腹を蹴った。


「ぐっ」


 小さな身体からでは考えられないほどの力強さだ。体勢を崩し、剣を取り落としたジャコモに兎たちが殺到する。その鋭く伸びた歯を首筋に突き立てようとする。

 ジャコモは一匹を殴り飛ばし、横に転がり攻撃を避けたがそれが限界だった。追撃は避けられない。


 力強い吠え声と共に髭ありハサンがジャコモと兎たちの間に躍り込む。迫る兎たちを斬って捨てた。いくらかの怪我を負いながらも、深刻な怪我は受けずに倒しきることができた。


 兎たちの肉や毛皮をどうするかしばし考える。凶暴化した獣とはすなわち悪獣化する手前の状態の獣たち。完全な変質はしていなくとも、瘴気による一定の汚染はされている。

 それでも汚染の程度が軽ければ肉を口にしても問題はない。ただ今は、幸いなことに食料には困っていない。手早く皮を剥ぎ肉は捨て、毛皮だけを開拓村への手土産にすることにした。


 一行は開拓村に向け進んでいくが、派手に腹を蹴られたジャコモは小さくうなり声を零しながら腹を押さえている。鎖帷子に守られ、大事には至っていないが辛そうだ。


 別段、ジャコモの腕が劣っているため攻撃をくらった訳ではない。ジャコモの剣の腕そのものは決して人に劣ってはいない。ただ、少しきもが小さいところがあり、急に現れた獣たちに動揺し、反応が遅れてしまったため攻撃をくらったのだ。


 一行はしょうがねぇなと言いながら、ジャコモに合わせ少し歩く速度を落とし進んでいく。ジャコモはずっとぶちぶちと泣き言を零している。髭ありハサンにうぜぇとぶん殴られた。




 ─ 3 ──────


 予定より時間が掛かり、新しい開拓村に辿り着いた時にはもう日が暮れかかっていた。ナーセルと冬の間この開拓村に詰めていた本隊隊員であるイザルが先に村長宅に挨拶に向かい、ファルハルドたちだけで簡単に開拓村周辺の見回りを行った。


 その日はすぐに休み、全員での挨拶は改めて翌日行う。

 村長は白髪交じりの初老の人物だった。こちらの開拓村は最初の開拓村よりも戸数が多い。より大人数を取りまとめるのなら、若さよりも人生経験が必要なのだろう。


 そして、最初の開拓村になかった施設が一つある。小さく素朴な造りだが、在村神官が駐在する礼拝所があった。



 こちらの開拓村も村落部分の横に川が流れ、村長宅も礼拝所も川傍に建てられている。

 村長に挨拶を済ませた後は、礼拝所に向かう。傭兵たちも神官相手には一定の敬意を見せる。できる限りの丁寧な言葉遣いで礼拝所をおとなった。


 この礼拝所に主神として祀られているのは農耕を司るユーン・エル・ティシュタル、主に農村部で篤く信仰される神だ。もちろん、他の神々を排除している訳ではない。街中と違い他に神殿や礼拝所がある訳ではないので、全ての神事はこの礼拝所で執り行うからだ。


 礼拝所の建物そのものは装飾などない簡素な造り。しかし、丁寧に清掃され、塵や泥汚れなどは見られない。香草をけぶらせ、清々(すがすが)しい香りが漂っている。


「傭兵団のかたがたか」


 礼拝所から出て行く子供たちを見送っていた神官が、やってくる傭兵たちを見かけ出迎えた。


 礼拝所では朝に村の子供たちに読み書きなどを教えている。昼間は子供たちにも農作業の手伝いがあるため、空いている朝に手習い教室を開いている訳だ。

 もっとも、子供たちも貴重な労働力として期待されているため、朝だけとはいえなかなか手習い教室に通うことはできない。熱心な子供でも二日に一度、ほとんどの子供は五日に一度通えるかどうかと言ったところだ。


 それでもこうして農村に於いて学ぶ機会を持てる子供たちは幸福な部類となる。在村神官がいても勤めに忙しく、手習い教室など開かれていない場所のほうが多いのだから。


 ちなみに今はいないが、この手習い教室にはたまにダリウスとアイーシャの子供であるニースも通い、文字や計算の勉強、開拓村の子供との交流を行っているらしい。騎馬隊の巡邏に合わせ共に移動し、数日開拓村に滞在するそうだ。


 ファルハルドたちを出迎えた神官は、意志の強い顔で兵士を思わせるがっちりとした体格をしている。


「神官様。巡回の合間に、ご挨拶にとお邪魔させていただきました」


 神官は一行を礼拝所へと招き入れた。中はさほど広くはない。十人も入れば中はいっぱいとなる。厚手の絨毯が敷かれ、正面の祭壇に農耕神の神像が祀られ、その後ろの壁に主要な光の神々の絵姿やその他の光の神々の御名が描かれている。


 神官は皆に香草茶を配ってくれた。ファルハルドは間近で神官の顔を覗き込み、既視感を覚えた。前にこの人物と会ったことがあるような……。神官も気付いたようだ。


其方そなたは……」


 ファルハルドは思い出す。かつてパサルナーンの街を目指した時、イルトゥーランの暗殺部隊に手引きされた悪獣使いたちの操る悪獣の群れに襲われ、農耕神に仕える神官たちに救われたことを。


 この神官はその時の一人。名前は確か、クーヒャール。悪獣を倒し、怪我を負ったファルハルドに治癒の祈りを行ってくれた人物だ。ファルハルドはその時以来、信仰心を持たぬ身のまま食事の前に農耕神への感謝の言葉を述べることを続けている。


「あーっと、神官様?」


 ナーセルたちは二人の様子に戸惑い、目を合わせて首を傾ける。


「いや、これは申し訳ない。こちらのかたとは以前会ったことがありましてな」


 ナーセルたちは目でファルハルドに問いかける。ファルハルドは説明を行い、所々をクーヒャールが補足した。


「へー、ってかお前、たった二人で悪獣を三十頭もぶっ殺したってのかい」

「いや、最後は神官たちに救われた訳だからな。二人だけで三十頭全部を倒したのではないが」

「細けぇことはいいんだよ」


 ナーセルと髭ありハサンは興奮気味に、オルダとイザルは呆れ気味に、ジャコモは若干引き気味に感心している。クーヒャールはその様子を微笑ましそうに眺めている。


「お元気そうですね。確か、あの時はパサルナーンの街を目指していると言う話でしたが、現在いまは傭兵をされておられるのですね」

「いろいろあったので……」


 ファルハルドは自分の首を撫で、話しにくそうに目をらした。


「良いのです」


 不意にもたらされたクーヒャールの言葉は意外なものだった。思わずファルハルドはクーヒャールに目をやる。クーヒャールは神官らしい力強く穏やかな笑みをたたえている。


「以前、お会いした際には暗い目をしておられました。あの時は大怪我をされておりましたので、それが原因かと思っておりましたが、数日ご様子を拝見するうちに違う理由があってのことだと感じました」


 ファルハルドはこの発言にも驚かされた。あの時、ファルハルドは神官たちから治癒の祈りは受けていたが、あまり話はしていなかった。まさか、そんなことまで把握されていたとは。


「ですが、今はその眼差しはだいぶ落ち着いたものとなっておられる。佳き時を過ごされたのでしょう」


 言われ、ファルハルドは経験した全てに思いをせる。ベルク王には狙われ、暗殺部隊とは死闘を繰り広げた。大切な人は傷付けられ、自身も死に直面した。

 だが、言える。確かに自分は佳き時、佳き出会いを経験したと。それは自信を持って断言できる。


「はい」


 クーヒャールにあの時の神官たちが今どうしているかを尋ねれば、一団を率いていたダン導師は二年前に他界していた。最後の日まで鍬を持ち、自ら地を耕していたと言う。

 いつもと同じ通りに祈りを上げ、就寝。そして、そのまま目覚めることがなかった。穏やかな、最後まで農耕神の神官らしい生き方だったそうだ。


「我々はその後、それぞれが新たな役目を仰せつかったのです」


 最年少のラーミンは南の山々を越えた先にある、ここと同じような開拓村でクーヒャールと同じ在村神官としての勤めを果たしている。

 一団の取りまとめ役だったラアブはアルシャクス西部管区の管区長補佐を務めているらしい。


 ファルハルドはクーヒャールの許可を得て、ダン導師への感謝と冥福を祈るための祈りを上げた。

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