12. 子供たちの行く先 /その①
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住人たちの火葬から一夜明け、ファルハルドたちは共に食事を摂りながらこれからの話をする。
この村に子供たちだけでは暮らせないと告げた時、モラードもジーラも辛そうな顔をしたがなにも言わなかった。子供心にも仕方がないとわかっているのだろう。
「他の村にでも、頼れる叔父さんや叔母さんはいるか」
ファルハルドの問いかけにモラードが顔を上げる。
「隣村に親切なおじさんがいるよ」
詳しく聞くと、そのおじさんというのは親類という訳ではなく、単にこの集落と交流のある隣村に優しくしてくれた人がいるというだけの話だった。ジーラも親類がいるかどうかは知らず、エルナーズに関してはあいかわらずなにも話さないのでまるでわからない。
子供を引き取る繋がりとしては弱い。これは厳しいとファルハルドとジャンダルは目を合わせて考え込んだ。
といって他に当てもなし。人手を欲しがっている村なら希望はあるかもしれない。持てる限りの荷物を持ち、その村に向かってみることにした。
幸い集落共同で使用していた荷車は無事だった。さらに集落で飼っていた山羊も二頭戻ってきた。
荷車にジーラとエルナーズを乗せる。モラードも乗せようとしたのだが、男の子の意地なのか頑として乗ろうとはしなかった。
他に食料や貴重な農具、晴れ着なども積み込んだ。持っていく荷物を探す際に何着かの晴れ着も見つかったのだ。
エルナーズに見つかった女物に着替えるか尋ねるが、反応はなく差し出しても手を出そうとしない。
一応今は男物とはいえ、晴れ着を着ている。それに旅をするなら男物の衣服のほうが都合がよいかもしれない。無理に着替えさせる訳にもいかないことから、全てを荷車に積み込んだ。
ファルハルドが山羊と一緒に荷車を曳いていく。ジャンダルは周囲を警戒しつつ、笛を吹き子供たちの気持ちを明るくさせる。
悲劇のあった故郷を出たせいか、ジャンダルの笛を聞きエルナーズの顔にわずかだが表情が現れた。ジーラたちも喜んだ。
ジャンダルはより一層陽気な曲を吹き鳴らす。
向かう隣村までは二日。
元々モラードは集落が襲われた時、その村に助けを求めに向かったのだ。ただ暗い中、気が動転していたこともあり、方角を間違え偶然ファルハルドたちと出会うこととなった。
モラードの案内により、今度は間違えずに進んで行く。
途中、兎を見つけ、ジャンダルが素早く飛礫で獲った。モラードはすっげーとはしゃぐ。ジーラはかわいそうと呟く。エルナーズはなにも言わないが、非難がましい目で見詰めた。ファルハルドは苦笑して肩を竦めた。
集落から真西に進み、日暮れ前に街道に出た。ここから街道沿いに北東に半日進めば、ファルハルドたちとモラードが出会った場所に出る。街道を横切り、西にさらに一日進めば目的の村に辿り着く。
まだ日は高かったが、今日はこの場所で休むことにした。そろそろファルハルドを追うイルトゥーランの新たな追手が追いついてきてもいい頃だ。
暗殺部隊との戦いは賊ども相手とは訳が違う。モラードたちのことを考えると無理をして進むより、充分に身体を休め備えておいたほうがよいだろう。
必ずファルハルドかジャンダルが子供たちの傍にいるようにしながら、野営の準備を行った。
今夜の食事はなにやら豪勢だ。
ジャンダルは途中で獲った兎を捌き、その骨を割っていく。割った骨を鍋で煮込み出汁を取るが、同時に大量の灰汁が出るのでその灰汁は根気よく丁寧に掬っていく。
できればしっかりと半日は煮込みたいが、そこまでの時間はないのである程度煮込めば骨を取り出し、兎肉と集落から運んできた野菜を刻んで入れる。
煮込む間にさらにもう一品。まず、麦の粉を練って薄く延ばして平焼きにする。そこに焼いた兎肉を野菜と一緒に刻んで載せ、その上に香草を、さらに甘酸っぱい果物の果汁をかけて半分に畳めば平焼き包みの完成だ。
平焼き包みは子供たちもファルハルドも初めて口にする料理となる。
どの土地でも最もよく食べられるのは麦粥だが、このアルシャクスより南方の国々、エランダールやギランダールでは平焼きもよく見られる食べ方だ。上に具材を載せたり、千切って食べる。
ジャンダルが今回作ったように、畳み込み、平焼き包みにすれば歩きながら食べることもできる。
ジャンダルたちエルメスタはほとんどの者が一生を旅から旅へと気儘に暮らす。そのエルメスタに伝わる知識として、こうして各地の料理を見知っているのだ。
一口食べて、モラードもジーラも弾んだ声を上げる。エルナーズも掠れた声で一言、「美味しい」と呟いた。
モラードたちは親を奪われ、故郷を奪われた。親も故郷ももう還ってこない。それは耐えがたいほどの体験だ。だが、これから先に喜びがない訳ではない。辛いことしか起こらない訳ではない。喜びの時はあり得る。その時は必ずやって来る。
それを理解して欲しくて、ジャンダルが腕によりをかけて作ったのだ。
その夜、子供たちはぐっすりと眠った。
─ 2 ──────
まだ追手たちは追いついていないのか、それらしき影は見られなかった。
翌朝は手早く準備をし、早目に出発した。
子供たちは荷車の上で眠っている。モラードも最初は自分で歩くと頑張っていたがやはり辛かったのだろう、しばらく歩くと大人しく荷車に乗せられ今はジーラたちと凭れ合って眠っている。
隣村の大体の場所は聞いているので、ファルハルドたちはとにかく西に進む。起き出したモラードに確認してみれば、道は合っていると言う。前に父親と一緒に行った時よりだいぶ早く進んでいるそうだ。
昼には朝食の残り物で簡単な食事を摂った。通常、農家において日に三食を摂ることはない。朝起き出せばそのまま農作業を行い、昼になる前に食事を摂り、次は夜まで食事はしない。
旅の間にはそれでは食事の準備に時間を取られ過ぎるため、朝は前の日の残りで軽く食事をし、昼に作り置きや保存食を簡単に摂り、夜にゆっくり食事に時間を掛けることが多い。
そうこうするうち、目的地の隣村が見えて来た。隣村は低い丘の上にある。丘の下はぐるりと畑になっていて、畑には村人たちの姿も見られる。
一行は農作業する姿を見ながら村を目指し進んでいく。
途中、ファルハルドたちに気がついた年配の村人が、作業の手を止め話しかけてきた。
「あんたら、うちの村になにか用なのかい」
街道に近く、この村に旅人が訪れることも珍しくはない。不意の来訪者に馴れた村人は、警戒はしながらも頭から拒絶したりはしない。
なにせファルハルドたちは子供もいれば、山羊に荷車を曳かせてもいる。警戒するにはどこか間の抜けた一行なのだから。
後ろから荷車を押していたジャンダルが、代表して前へと出る。
「やあ、おっちゃん。おいら旅の者でジャンダルっていうんだけど、この子たち知ってる? 東に二日くらいの所にある村の子たちなんだけど」
ジャンダルの言葉に、村人は額に手を翳し子供たちの顔をじっと見詰めた。
「あぁ? おお、その子マティンさんとこの息子さんかい。なんだそっちはエルナーズじゃないか。なんで男の形をしとるんだ。いったいどうした?」
「実はこの子たちの村が賊に襲われてね。兄さんと二人で賊は片付けたんだけど、この子たち以外は全員……。そんでここが一番近い村なんでしょ。報告と相談に来たんだけど、村長さんとかいるかなぁ」
この発言に村人は顔色を変えた。
「賊だと。おいおい、賊は全員縛り上げたのか」
「縛り上げたっていうか、全員討ち取ったよ。この兄さん、腕利きだかんね」
「ほうかい。ほれなら、まあ安心か。最近なんだか物騒な奴らもうろついてるからな。お前たちもたいへんだったな。なんにしてもお前らだけでも助かってよかった。どれ、儂が村長とこまで案内してやるから、付いてきな」
ジャンダルはにっこり笑って礼を言う。
「本当、あんがと。荷車のまま入ってもいいかな」
「ああ、いいが、子供たちを乗せたまま行くのかい。丘の上だぞ、大丈夫か」
「大丈夫だよ。それよか、作業中だったのにごめんね」
ジャンダルの言葉に村人は顔をくしゃっと崩す。ジャンダルの口振りに警戒が薄れたのか、村に向かって歩きながら話を続ける。
「なに。東道の奴らも知らない仲じゃない。他人事とは思えんからな」
「ふーん、東道ってのはこの子たちの村の事?」
「ああ、そうだ。この辺りの者はうちの村を西丘、この子らの村は東道と呼んどるな」
「へー、街道の東にあるから東道ってこと? 道の東で道東村じゃないんだね」
「それじゃ言いにくいからだろ」
「ああ、そうねぇ。確かに語呂が悪いや」
などと話すうちに丘を登り、村の入り口に辿り着いた。