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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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15. 駐屯地の移設 /その②



 ─ 3 ──────


「おーし、じゃあ荷を下ろしたら順に天幕を張ってけ。まずは調理場と鍛冶場からな」

「ういーす」


 オリムの指図の下、斬り込み隊と本隊の面々で天幕を張っていく。騎馬隊の者たちはアレクシオスと共に周辺を簡単に検索し、その後は各開拓村への挨拶と冬の間開拓村に常駐し、怪物の襲来に備えていた団員たちの引き取りを行う。


 盆地には比較的水量豊かな川が何本も流れている。川は北側の山々からも南側の山々からも流れ込んでおり、山々が途切れている南西の方角に向けゆっくりと流れていく。


 そのうちの一本、最も水量の多い川近くに駐屯地は定められ、だいぶ傷んだ状態だが橋も架かっている。


 その場所は去年も駐屯地として利用されていたこともあり、背の高い物見櫓や、それ以外に冬の間にあちこち壊されてはいるが、それでも駐屯地全体を取り囲む形で柵が残っている。

 香草がまとまって生えている一角はアイーシャたちが作った香草畑だろうか。


 予定地は整地の必要などもなく、天幕さえ張ればすぐに利用できる状態を保っている。



 最初に川の傍近くに調理場と鍛冶場となる天幕を張っていく。この二つは大きさも大きく、天幕を張るのに多くの人手が必要なら、中に備えなければいけない什器備品のたぐいも多い。


 対して、その他の団員の住居用の天幕には備品などほとんどない。寝藁や絨毯、私物を入れておく木箱ぐらいのものだ。

 そのため、まずは皆で協力して調理場と鍛冶場となる天幕を張っていく。


 調理場と鍛冶場を張り終わった頃にはすでに日も傾き始め、雨足も強くなり始めていた。団員たちは急いで自分たちの住居用の天幕を張っていく。地面に杭を打ち張り綱を結び、屋根幕の下に柱材を入れ、慎重に柱を起こし据えつける。あとは側幕を張れば一応の完成となる。


 その頃にはもうすでに日は暮れ、黒雲に覆われた空は真っ暗となっていた。



 アイーシャたちが皆に食事を配っていく。手の込んだ料理を作る時間はなかったので温かいスープ(スーペ)の他は保存食となる。それでも濡れて疲れた身体に温かい料理はありがたかった。


 騎馬隊の面々には自分たちの天幕を張る時間はなかったので、今日は他の者たちが使っている天幕を共同で利用する。

 冬の間、開拓村に常駐していた本隊所属の者たちも合流していたため、各天幕はなかなかの混雑具合となった。



 次の日は雨が本降りとなる。皆が狭い天幕の中で身を寄せ、静かに過ごす。

 いや、違う。静かというのは大嘘である。皆、天幕内で過ごしているが、天幕の中は騒がしい。団員たちは賭け事で大盛り上がり。全然、全く静かではない。ファルハルドはその様子を少し呆れながら眺めている。


「よう、なにしれっと眺めてんだよ。お前もやらねえか」


 開拓村に常駐していた団員がファルハルドに声を掛けてくる。が、生憎ファルハルドには賭け金にできるほどの金が手元にない。一応、数枚の銅貨だけは懐にあるが、その金額は微々たるものだ。


 それを告げ断るが、団員たちはそんなことは気にしなくていいと言う。団員たちは暇さえあれば、すぐに賭け事を始める。当然、冬の間も散々賭け事を行っていた。結果、大半の団員たちはすっからかんになっている。

 よって今賭けているのは金ではない。食事の一品だったり、ちょっとした手伝いの権利だったりする。


 ということで、ファルハルドの断りは失敗に終わった。


 仕方ないので渋々加わる。

 それまで賭けを行っていた団員が場所を譲ってくれた。賽子と駒も渡される。

 今行われているのは盤双六ナルドという遊戯、らしい。賽子を振り、駒をその目の数だけ盤の上に描かれた枡目に従い動かしていく、らしい。運だけでなく、戦略が必要とされる、らしい。かなり盛り上がる、らしい。


 よくわからない。が、取り敢えずやってみる。結果、五度行い全てファルハルドが勝利した。


「まじか」

「バカづきじゃねえか」

「有り得ねえ」

「なんなの、こいつ」

「いや、そう言われてもな」


 誘った団員も見物していた団員も、全員が驚愕の目でファルハルドを見るが、そんな目で見られたところでファルハルドにもなにがなんだかよくわからない。

 差し当たり言えるのは、なにが面白いのか全くわからなかったということだけだ。


 取り敢えずもう充分に付き合ったということで、そのまま賭けを止めようとすれば勝ち逃げは許さないとすがってくる。すさまじく鬱陶うっとうしい。


「これも付き合いだろうよ」


 そう言われるが、もっと他にやることはないのかと考える。


「やることっつってもよ、雨だしな」

「今、酒呑んでると怒られるしな」

「女、買おうにもいねぇしな」

「てこたあ、やっぱこれっしょ」


 賽子を振りながら、ザリーフが話を締めた。


「んだよ、賭けは嫌いか?」


 アキームが尋ねてくる。尋ねられファルハルドは考えるが、特に賭けは好きでもなければ嫌いでもない。単に興味が湧かないだけだ。


「俺が行う賭けは一つだけ。それだけで充分だし、手いっぱいだ」

「はぁ? なんだ、そりゃ?」


 問われ、ファルハルドは十年以内にパサルナーン神殿遺跡に辿り着くという決意について告げる。それこそがファルハルドにとってのただ一つの賭けにして、全てを懸けた挑戦。

 流れでレイラのことや苦役刑を受けることになった騒動について告げれば、全員が絶句していた。


 傭兵たちにとって命の遣り取りなど日常茶飯事。最も経験の浅い若い者でも、人の二、三人は殺している。

 だが、傭兵たちの殺った殺られたは戦場でのこと。どれほど凄惨であったとしても広い空の下、己の命も危険に曝しながら対等に行われる単純明快なもの。


 対して、ファルハルドに向けられた粘着質な悪意は、それらとはまるで異なる薄汚く陰湿な意思の発露。傭兵たちはそのおぞましさに言葉を失った。


「そ、そうか……」


 やっとアキームが絞り出すように声を出した。


「お、おう、そうだな。悪かった、別に無理に賭け事に参加しなくてもいいからよ。ま、まあ、あれだ。たまに気が向いたら参加してみればい、いいんじゃねぇか」


「良かったらでいいからな」

「だな、たまにで充分っしょ」


 ファルハルドにはなぜ急に皆の態度が変わったかわからない。が、無駄に参加しなくてよいのならそのほうが都合が良い。


「ああ、わかった。たまには行おう」


 ファルハルドはそのまま天幕を出て、鍛冶場に向かう。残された団員たちはぼそぼそと話し合っていた。




「おお、新入りか。どうした」


 炉などの設備の据えつけ作業を行っていたタリクは、ファルハルドを見かけ気軽に声を掛けてきた。

 鎚を振るっている時以外は別段気難しくはないらしい。エルメスタだけあり、どちらかと言えば話し好きのようだ。


「一つ頼みがあるのだが」

「ああ、籠手か。あれはまだ取りかかっておらんぞ」


「いや、それとは別件だ。もし、廃棄する予定の鎖帷子があれば一つ分けてもらえないかと思ってな」

「廃棄する分? そんなもんどうする?」


 タリクたちは不思議そうな顔で理由を尋ねる。ファルハルドは鍛錬に使うためだと答える。


 ファルハルドが二年間の苦役刑を終えた時、バーバクたちがどこまで迷宮攻略を進めているかはわからない。


 それでもファルハルドが挑んでいた獣人たちの階層の次には巨人たちの階層が待っている。

 仮にバーバクたちがもっと先の階層にまで進んでいたとしても、その先に進むためにはファルハルドもまた巨人たちを倒せるだけの実力を付けていなければ話にならない。


 そのため、身体を鍛えより一層の力強さを身に付けるために、重い鎖帷子を着て各種鍛錬を行いたいと考えていることを告げる。


「頑張るんだな」


 タリクと一緒に鍛冶場で働いている壮年の鍛冶職人、ジャッバールが感心したように言う。


「いやー、熱心なんですね。真面目に鍛錬する人なんて他にいませんよ」


 クース少年は目をきらきらさせてファルハルドを見てくる。


「鍛錬か……。なら、少しくらい大きさが合わなくても大丈夫か」


 タリクは顎髭を撫でながら、考え込む。


「派手に切り裂かれててな、手間が掛かり過ぎるんで後回しにしてまだ修繕に手を付けてないのがあるな。それでよいなら使っていいぞ。革紐もやるから、切り裂かれてる箇所は自分でくくって使え」


 タリクはクース少年に顎をしゃくり、壊れている鎖帷子と革紐を持ってこさせた。


「助かる、ありがとう」


 ファルハルドは礼の言葉を述べ、受け取った。

 渡された鎖帷子は未だ乾いた血がこびりついたまま、胸から腹に掛けて大きく裂け、背中側も数箇所裂けている。


 確かにこれでは防具として使えるように修理するには手間が掛かるだろう。ファルハルドは暇を見ながら、ぽつぽつと鍛錬用にと補修することにした。


 次の日は小雨となる。アレクシオスの指揮の下、騎馬隊と本隊の一部の者が荷馬車の手綱を取り、冬営地に戻っていった。


 それを繰り返し、傭兵団の駐屯地への移設は完了した。

次話、「開拓村の暮らし」に続く。

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