表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/305

14. 駐屯地の移設 /その①



 ─ 1 ──────


「馬鹿野郎、しっかり支えろ」


 アキームからの怒鳴り声が響く。

 駐屯地の移設日、今日は朝から皆で天幕の撤収のための作業を行っている。


 天幕は設営も解体もしやすい構造にはなっているが、それでも初めて参加したファルハルドはなかなかに戸惑っていた。共に作業を行うアキームやザリーフがあれこれ指示するが、こちらはこちらで無骨者揃い。どうにも説明が下手過ぎた。何度かまごつき、怒鳴られながら作業を進めていく。


「おーし、んじゃあ畳んでくぞ」


 解体が済み、アキームの掛け声の下、それぞれの部分ごとに片付けていく。通常なら、幕や柱、中に敷いていた絨毯などは別々にまとめ縄で縛るが、今はぽつぽつと雨が降っている。材木や絨毯などを一まとめにして、取り外した屋根幕でくるんだ。


「意外に早くできるんだな」


 ファルハルドが周りを見回しながら感心していた。撤収のための天幕の解体作業は、不慣れなファルハルドが加わっている状態でも始めてから一刻ほどで終了した。周りの天幕もすでにほとんどが解体し終わっている。


「まーな。元々季節ごとの移設を考えて造ってっからな」

「解体設営よか、いちいち運ぶのが面倒くさいっしょ」


 三人は調理場や鍛冶場の天幕へ向かいながら話をしている。

 調理場にはすでにナーセルやハサンたち、他の団員が集まり、解体作業に取りかかっていた。鍛冶場については中の荷物を運び出し終わったところだった。三人は鍛冶場の解体作業を手伝うことにした。


「おお、よく来てくれたな」


 クース少年と一緒に荷物の片付けを行っているタリクがファルハルドたちを見かけ、声を掛けてくる。天幕の解体作業は鍛冶場で働く壮年の男性が指示しながら行っている。


「やっぱ、荷物多いっスね」


 ザリーフが山積みになっている武具を眺め、ちょっと呆れている。


「なんせ装備を壊す大馬鹿者が多いから、な!」


 タリクは鼻に皺を寄せ、ザリーフに対して歯を剥き出す。


「うへぇ、藪蛇だぜ」


 肩をすくめ、そそくさと天幕の解体作業に加わった。ファルハルドとアキームも笑いながらザリーフを追いかける。




 それぞれの天幕を解体し終われば、次は荷馬車に積み込んでの移動となる。ただし、荷馬車の数は充分には足りていない。

 団が飼育している馬は全部で九頭、所有している荷馬車は二輌。移設先近くにある開拓村などから借りてきた分やアルシャクス軍から借りてきた分を合わせても全部で八輌。全ての天幕を一度に積み込むことはできない。


 そのため団の移設作業は三回に分けて行われる。今回はオリムとアレクシオスが指揮を執り、調理場、鍛冶場、斬り込み隊の天幕、他は本隊の一部の天幕の移設が行われる。


 移設先までは丸二日。途中での野営を挟んでの移動となる。




 ─ 2 ──────


「右に寄り過ぎだ、少し戻せ」


 丸木橋を渡る荷馬車にアレクシオスが注意する。丸木橋は何本もの丸太が並べられ、充分に荷馬車が渡れる幅が確保されている。移設の荷を運ぶ隊列は真っ直ぐに列を作り進んでいく。


 アレクシオスは鈎状の義手を手綱に引っ掛け、一人取り分け体格が大きな馬に騎乗し、隊列の先頭に立ち全体の指揮を執っている。

 オリムは最後尾で周辺の警戒を行いながら全体の進み具合を確認している。


 アレクシオス以外の騎馬隊の隊員四名と本隊所属の四名が御者として荷馬車の手綱を握り、アイーシャたち女性陣は荷台の空いている場所に腰掛けている。


 ファルハルドは女性たちを見て意外に思った。中に一人、赤毛の子供が混ざっていたからだ。この傭兵団に来てから、これまで見かけた子供はタリクの子供兼弟子であるクース少年だけだった。


 聞けば、ダリウス団長とアイーシャの娘でニースという名だと言う。普段は母親であるアイーシャの手伝いやクース少年と遊んでいることが多く、他には開拓村に出かけたり騎馬隊で馬の世話の手伝いをしていることが多いらしい。


 タリクたち非戦闘員は列の中央を歩き、列の先頭と最後尾、アレクシオスとオリムの傍に斬り込み隊の面々がそれぞれ分かれて配置されている。


 ハサンとハサン、ファルハルドが先頭側、アキームとザリーフが最後尾側となる。ナーセルについては、未だ長距離を移動できるほどには回復していないということで女性陣と一緒に荷台に腰掛け運ばれている。




 隊列は山路を進んで行く。ファルハルドにとっては初の移設。周囲の者の話では現在足を踏み入れている山は標高は低く、代わりに面積はかなり広い。


 予定では明日の昼過ぎまで、おおよそ丸一日が山中の移動、そして山を抜けたところにある盆地が目指す移設先となる。今日は山頂付近、清水の湧く泉がある場所で野営を行うそうだ。


 泉は身体を洗ったり、洗い物をするほどの水量はないが、全員の飲食の用に足りるだけの水はたたえている。


 普段は騎馬隊の者たちは本隊や斬り込み隊とは距離を離した場所に牧を構えている。そのため、ファルハルドは今回初めて間近で騎馬隊の者たちの様子を見ることができ、その様に感心させられた。


 騎馬隊の者たちは自分の食事や休息を後回しとし、最初に自分の馬の身体を拭き上げ異常がないかを丁寧に確認。さらに馬たちが草をむ間、野獣や闇の怪物たちに襲われないよう近くに立ち安全の確保を行っている。


 その姿はとても自然なものだった。自分たちの騎馬を大切にする姿勢が当たり前のものとして身に付いている。



 次の日、ファルハルドはアレクシオスから一つ試しに荷馬車の手綱を取ってみないかと声を掛けられた。ファルハルドとしても、昨日騎馬隊の姿を見、馬の扱いに興味を持ったため二つ返事でアレクシオスの誘いに乗った。

 ただ、オリムからは「うちの隊員を引き抜こうとするんじゃねぇ」という怒鳴り声が届くことになったが。


 山中で感覚が冴えていることも大きな助けになったのだろう、ファルハルドの初めての御者ぶりは極めて順調にいった。路面の変化や馬の気分、体調の変化を敏感に感じ取ることができ、上手く手綱を捌くことができた。


 アレクシオスは

「これは素晴らしい。きっと、あなたは馬との相性がとても良いのだ。よし、乗馬も教えてやろう。どうだろう、このまま騎馬隊に」

と言いかけるが、オリムからの再度の「引き抜こうとするんじゃねぇ」との怒鳴り声に邪魔される。


 二人はそのまま乱闘に雪崩れ込みそうな形相ぎょうそうで睨み合うが、周囲の者はまるで気に止めず平然と談笑している。何度となく繰り返されているいつもの遣り取りらしい。


 ファルハルドとしては乗馬そのものには興味があるが、自分が馬の背に乗り戦う姿というものはどうにも想像できない。騎馬隊に、という誘いはやんわりと断った。

 オリムは当然だという顔をする。


 ただアレクシオスからの、そのうち気が向いたら馬の乗り方を教わりに来ればいいとの申し出はありがたく受け取った。


 ファルハルドがその返答を行った時のオリムへ向けたアレクシオスの勝ち誇ったかのような顔はいやに気になった。

 ちなみにその時オリムは奥歯が折れそうなほどに歯を噛み締めていた。




 樹々の間から盆地が見えた。

 盆地を囲む山々は北側と南側で大きく様相が異なる。


 北側、北から西に向けて連なる山々は標高が高く、どこか荒れた様子を見せている。その荒れた山々からが闇の領域。そして、どこまでも続く山々を越えた遙か先に、闇の怪物たちの本拠地である『暗黒域』が存在している。

 ちなみに北東側に真っ直ぐ進めばイルトゥーラン領に抜けることになる。

 南側の山々は標高も低く山々を越えた向こうには、また別の開拓村が作られており、そこでは別の傭兵団が警戒警護の任に就いている。


 盆地の広さはパサルナーン高原には全く及ばないが、それでも東西南北それぞれが徒歩で丸一日掛かるほどの距離がある。


 パサルナーン高原と違い、盆地の大部分は樹々で覆われている。そのうち三箇所が伐り拓かれている。

 大きく拓かれた二箇所が各開拓村。開拓村は盆地のうち南寄りの場所に作られている。


 開拓村同士の間は徒歩で半日ほどの距離があり、その開拓村同士を繋ぐ直線より北側にずれた場所が団が天幕を張る予定地。開拓村などと比べると伐り拓かれている面積はだいぶ狭い。駐屯予定地から各開拓村まではおおよそ三刻ほどの距離となる。


 こここそが、これからファルハルドが冬までを過ごす場所となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ