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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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11. 川辺の戦い /その④



 ─ 4 ──────


 日も暮れようとしていた。すでに夕食の時間は過ぎていたが、団員たちは忙しそうに働いている。ファルハルドもまた髭ありハサンと共に、摘んできた薬草の処理をする。


「んで、こいつをどうすんだ」

せんじた汁を傷口に塗る。毒消しと治癒促進に効果がある」

「なら、調理場に行っか。こっちだ」


 ハサンの案内に付いていく。調理場というのは洗い場よりも上流側の、川近くの大きな天幕のことだった。ちょうど、川を渡ってきた犬人たちとの戦闘が行われたすぐ近くになる。周囲は未だざわついていた。

 ハサンは忙しく立ち働く団員たちに声を掛け、そのまま天幕の中に進んでいく。


「ちーす、あねさん。邪魔します」


 中では赤い髪を一つにまとめた背の高いウルスの女性が、肉の塊を焼きながら数人に指図をしていた。


「なんだい、ハサン。飯はまだだよ」

「違いますって。新入りが薬草を摘んで来まして。煎じて塗ったら傷に効くらしいんで、ちょっと空いてる竈と鍋を使わせて下さいよ」

「今時分、空いてるのなんてある訳ないだろ」


 姐さんと呼ばれた団長の妻は見りゃわかるだろと言いたげに、不機嫌そうに眉を寄せる。


「……傷に効くってのかい。ふーん、なら、しょうがないね。プリヤ、そっちはもう上がるかい。なら、使わせてあげな。ほら、あっちをお使い」

「あざっす」


 ファルハルドは団長の妻に断りを入れ、プリヤに頭を下げ場所を空けてもらった。団長の妻は興味深そうな目を向けるが、今は手が離せないらしく、そのまま調理を優先させる。

 摘んできた薬草を小さな鍋に入れ、弱火で煎じていく。


 料理ができ上がる頃には戦闘の余韻も去り、団長の妻たちは手伝いである療養中の団員たちに料理を運ばせ食事を皆に配りに行っていた。

 ファルハルドとハサンは交代で鍋を掻き回しながら、そのまま調理場で食事を摂る。内容は具沢山の煮込みと、羊肉を焼いた物。量は多目で、少し塩味が強かった。


 鍋に張った水の嵩が半分に減ったところで鍋を竈から下ろし、中身をす。壺に受けた煮汁は濃い茶色のつんと匂いが鼻をつくものだった。

 ハサンは顔をしかめ、壺の中をのぞき込む。


「なんだか、身体に悪そうだな。これ、大丈夫か」


 ファルハルドはくすりと笑う。


「確かに口に入れれば気を失うほどに苦いな。だから、塗り薬として使用する」


 ファルハルドもジャンダルの薬作りを手伝い初めて気付いたが、イシュフールとエルメスタでは同じく薬草を扱うと言っても違いがある。


 ジャンダルたちエルメスタのナルマラトゥ氏族が扱う薬は旅をしながら売って歩く都合もあってか、乾燥させた原料を粉にき、粉薬や軟膏として調合したものを使用する。


 対してイシュフールたちは、主に新鮮な薬草をそのまま口にしたり、煎じたものを利用することが多い。

 当然、使用する薬草の種類にも違いがある。今回煎じた薬草もジャンダルは扱わない種類のものだった。


「ふーん、これがね。まあ、いっか。んじゃまあ、療養所に行くぞ」


 ちょうど天幕を出ようとしたところで、戻ってきた団長の妻と擦れ違う。団長の妻は薬草について尋ねてきたが、今は怪我人たちに薬を持って行くからということで話はまた後日にとした。



 療養所は斬り込み隊とはまた別の場所に張ってある、他の天幕とは離して立てられた天幕だった。

 中では斬り込み隊のオリムとナーセル、神官服を着た初老手前のアルマーティーの女性がいた。調理場を手伝っていた三人の団員たちも、食事を配り終わったあとはこちらに戻り休んでいた。


 アキームとザリーフはさっきまでいたが、すでに手当が終わり自分たちの天幕に戻っているらしい。


「なんだ、お前ぇらどうした。ああ、それがさっき言ってたやつか」


 寝床で寝転んでいたオリムが肘をついたまま声を掛けてきた。オリムも一応は手当が済み、そのまま休んでいたようだ。


「へえ、それが傷薬かね」


 ナーセルの脚に手をかざし、治癒の祈りを行っていた神官が手を翳したまま穏やかな口調で話す。


「よく採ってきてくれたね、助かるよ。あたしゃ、神官のジョアンだよ。

 傷の手当てとかは得意じゃないんだけどね。この傭兵団にゃ、神官があたししかいなくてね、怪我人が出る度にこうして駆り出されてるのさ。傷薬が手に入るのはありがたいね」


 アルマーティーの人々はにこにこと常に楽しげに笑っている印象があるが、このジョアンは神官らしいと言うべきか穏やかな柔らかい笑みをたたえている。


「へっ、その婆さんは」

「誰がばばぁだい!」


 ジョアンの態度は急変、垂れ目気味の目が吊り上がり、何事かを言いかけるオリムを即座にジョアンが怪物もかくやという形相ぎょうそうで怒鳴りつけた。いやいや、穏やかさはどこいった? ファルハルドはぎょっとした。


「うへ、おっかねぇ」

「悪餓鬼がいっぱしの口を利いてんじゃないよ。まったく、悪たれが副団長なんて呼ばれて調子に乗ってるんじゃないかい」


「たくっ、敵わねぇな。まあ、いいや」

「よか、ないよ」

「くでぇぞ。その神官様は宴席うたげの神に仕える変わりもんよ。普段は調理場に巣食ってやがんだぜ」


 宴席うたげ厨房くりやの神メルシュ・エル・セダ。よく宴会の始まりに名を唱和されたり、料理人が加護を願い名を唱えるため広く世に知られる神ではあるが、どちらかと言えば副神扱いされ、主神として信仰する者は極めて珍しい。


 食べることが大好きなアルマーティーらしいと言えばらしいが、アルマーティーも主神に選ぶのは農耕神や牧畜神、雨の神が多いので、やはりこの初老手前の神官は変わり者なのだろう。

 なによりオリム相手に見せた怒りの形相は間違ってもただのアルマーティーのものではない。傭兵団に所属するような人物なだけはある。


 ファルハルドは二人の遣り取りには構わず、用意した薬を使用してもよいかとジョアンに尋ねた。


「そうだねえ、それはどんな風に効くんだい」


 ファルハルドは薬草の名を告げ、さらに説明を付け加える。


「即効性はなく薬効も強くないが、塗っておけば毒を消し、化膿も防ぐ。傷口が塞がるのも幾分早くなるな」


 季節柄まだ傷が膿むことは少ないが、悪獣や闇の怪物から付けられた傷である以上、どれだけ用心をしてもし過ぎるということはない。


「それは助かるねえ」


 悪獣に咬みつかれたナーセルの脚は腫れ上がっている。瘴気を浄化するための祈りは施されているが、ジョアンの治癒関係の法術の力は強いものではない。それを考えれば毒消しの効果がある薬が手に入るのはちょうどよかった。


 ジョアンの許可を貰い、ファルハルドはハサンと手分けしてナーセルとオリムに煎じた汁を塗っていく。煎じた汁はそのままでは鼻をつく匂いのきついものだったが、傷口に塗られ上から布で覆われれば、ほどよい柔らかな香りが漂うものとなった。


「へえ、いい香りだねぇ。なんだか気持ちも落ち着くよ」


 言われ、ファルハルドが考え込む。


「そうだな。薄めて枕元にでも垂らせば安眠効果も得られるかもしれないな。いや、それなら乾燥させたものを袋に詰めて、枕元に置くほうがよいか。いや、それだと香りが弱過ぎるか」


 母から聞いたこの薬草の使い方に安眠のための使い方はなかったが、確かにそんな使い方もできそうだ。とは言え、今はまだ春先。なかなか充分な数も生えていない。まずは傷薬用を優先するべきだろう。


「おう、ありがとよ、助かるぜ。お前ぇらもそろそろ休めよ」


 煎じた汁が残った壺を持ち、ファルハルドたちは自分たちの天幕に帰って行った。ファルハルドに宛がわれたのはアキームとザリーフと共同の天幕。二人の傷に残った煎じた汁を塗り、その日は休む。


 こうしてファルハルドの苦役刑の初日、長い一日がやっと終わった。

次話、「傭兵たち」に続く。

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