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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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10. 川辺の戦い /その③



 ─ 3 ──────


 ザリーフが最後の一頭を斬り伏せた。深く息を吐き出し、その場に膝をつく。


 その様子を見て取り、最も近くにいたアキームが寄ってくる。二人とも深手こそないが、それなりの数の傷を受け、雨でも流しきれないほどにその身は血に汚れている。


「よう、また生き残っちまったか」

「へへっ、そっちもっスか。つーか、酷ぇな。だいぶ派手にやってるじゃあねぇっスか」


「そりゃお前もだぜ」

「はっ、違えねぇ」


 アキームがザリーフに手を貸し、立ち上がらせる。雨の森の中、あまり見通しは利かないが、すでに戦闘音は止んでいた。


「どうやらもう、他の奴らも終わったみてぇっスね」

「だな。どれ、行くか」

「スね」


 アキームとザリーフは最初に岸に上がった場所に向かい歩いて行く。上陸地点にはすでにファルハルドとハサンたちが集合していた。


「よう、新入りも生き残ったのか」

「なーに偉そうに言ってんだよ。そっちこそ傷だらけじゃねぇか」


 アキームの随分な挨拶に対し、髭なしハサンが皮肉げに口の端を歪め揶揄からかって返す。ザリーフやアキームと違い、ファルハルドとハサンたちは掠り傷がある程度だった。

 もっとも、アキームに気にした様子はない。確かにな、と笑っている。


 ファルハルドはそんな遣り取りに反応を見せず、少し考え込んだ様子で駐屯地のある向こう岸を見ている。


「あん? どうした、あんた、なに見てんだよ」


 ザリーフはファルハルドに話しかけるが、その疑問にはファルハルドではなく髭ありハサンが答えた。


「ああ、こいつ、団長の戦いっぷりを見てたまげてやがんのさ」


 ああ、なるほどねとザリーフたちは納得した。

 そう、ファルハルドの視線の先にはダリウス団長がいた。ファルハルドはダリウスの戦闘を見て考え込んでいる。驚きもあるが、それ以上に見たことのないその戦い方に考えを巡らせている。



 ちょうどファルハルドが相手をしていた石人形を倒した時、駐屯地の方角から激しい破裂音らしき音が聞こえた。

 いったい何事かとファルハルドが目をやれば、顔が半ば失われた犬人が川に落下する姿が見えた。


 ファルハルドは目をらす。そこでは完全武装のダリウス団長が戦っていた。

 ダリウスは武器を手にしてはいない。その拳を用いて戦っていた。頑丈な手甲で覆われたその拳こそが何物にもまさる武器となる。


 ダリウスは全身筋肉の塊。剛力の持ち主であることは考えるまでもなくわかる。

 だが、それだけでは説明がつかない。犬人の殴られた箇所はえぐられたように消し飛んでいる。


 ファルハルドは周囲への最低限の警戒はしながらも、ハサンたちに手を貸すことも忘れ団長の戦いぶりに気を取られている。


 犬人は最後の力を振り絞り抵抗する。差し違えるかのように、その爪でダリウスに迫る。


 ダリウスは犬人の爪を真っ向から受けて立つ。向かい来る犬人の爪に拳を合わせた。犬人の爪が折れ飛び、指は砕け犬人は悲鳴を上げた。


 だが、犬人は悲鳴を上げる暇こそあれば、逃げ出すべきだった。

 悲鳴を上げる犬人の顎をダリウスの拳が打つ。一撃で頑丈な犬人の顎は砕け、破砕音と共に顔半分が消し飛んだ。


 あれは。ファルハルドは見えたものに確信が持てない。本当なのか。その目で見ながらなおも信じられずにいた。



「よう、お前ぇらなにボケッとしてんだ」


 ナーセルに肩を貸し、オリムとナーセルも集まってきた。オリムも大きな怪我を負っている。が、足取りはしっかりとし、本人はいたって平気な顔をしている。ハサンたちがナーセルに手を貸し、その場に座らせ脚の傷を確かめる。


 オリムは額に手をかざす。雨を遮り、対岸を見やった。やたらと嬉しそうな声を上げた。


「おっほー、団長じゃねぇか。くぁー、さすがだせ。よー、お前ぇ、なんだ、団長に見惚れてやがんのか。しょうがねぇな、かっかっかっ」


 オリムが親しげにファルハルドの肩を抱いてくる。ファルハルドは面倒だと思いながらも、手を払いはしなかった。ちょうど良いと尋ねてみる。


「あれは魔法剣術なのか」

「ほぉー、よく見えたな。おうよ、団長は超一流の使い手よ。くぁー、超絶カッケーよな」


 やはりそうなのか。ファルハルドに見えたダリウスの拳は、犬人に触れる瞬間微かな燐光をまとっていた。


 魔法剣術。魔法武器の発想の源となった、元はウルスの固有の術である技能。武器に魔力をまとわせ、その性能を高める技術。


 フーシュマンド教導から話は聞いており、知識としては知っていたし、ファルハルド自身、魔導具『付与の粉』を用い擬似的に同じ状態を再現できていた。それでもファルハルドは見たものに確信が持てなかった。


 理由はあまりに強力過ぎたから。付与の粉を使った経験ではまとわせる対象が拳と剣という違いはあっても、触れた箇所を消し飛ばすほどの威力などあり得なかった。


 だが、オリムはあれは魔法剣術だと言う。ならば、威力の違いは術を極めた者の技能の違いなのか。確かに瞬間的にまとわせるなど付与の粉ではできない。あるいはまとわせた魔力量の違いか。覇気に満ちたダリウスなら人並み外れた魔力量を保有していてもおかしくはない。


 手っ取り早く強くなる方法として魔法剣術を身に付けるのは有効な手段だと言える。

 ファルハルドが十年以内にパサルナーン迷宮を踏破するため、その実力を高める方法として魔法剣術を身に付けることができれば、ダリウスと同等とはいかなくとも並の魔法剣術よりも性能を高めた魔法剣術を身に付けることができれば、それはとても有用な手段となり得る。



「凄いな」


 ファルハルドは思わず呟いた。オリムはそのファルハルドの呟きに上機嫌になる。


「だろ、凄ぇだろ」


 ファルハルドはそのままオリムに尋ねる。


「他に魔法剣術を使える者はいるのか」

「あ゛ぁ? あんな凄ぇのが他にいる訳ねぇだろ。あー、まあ、団長には及びも付かねぇが、俺もアレクシオスも使えるっちゃ使えるな」


 この発言に、周りの隊員たちが声を出して笑った。


「使えるったって、隊長、しばらく意識集中しなきゃ使えねぇっしょ」

「なー。実戦で呑気こいて、意識集中なんてやってられっかってんだい。実戦で使えなきゃ意味ねぇんじゃねぇかい」

うっせぇ」


 周りは揶揄からかうがファルハルドは感心した。

 魔法剣術を身に付けられるのはウルスの者でも十人に一人、他種族なら二百人に一人といったところ。才覚なき者はどれほど努力しようとも使うことはできないと言う。

 一応でも使えるのならたいしたものではある。


「うだうだ煩ぇぞ。お前ぇらもできるようになってから言え」

「俺ら目指してねぇし」

「そうそう、隊長は団長の真似っこしたいだけなんだろうが」

「できてねぇけどな」

「できそうもねぇけどな」

「悲しいねぇー」


 オリムは盛大に舌打ちする。ファルハルドは仲の良い遣り取りに笑みを零す。多少口は悪くがさつな者たちだが、悪い奴らではないらしい。


「オラ、お前ぇら帰っぞ」

「ういーす」


 駐屯地側の戦いも終わったことを見て取り、オリムたちは帰還に移る。ただ、ファルハルドにはその前に行いたいことがあった。


「済まないが、少し残ってもいいだろうか」

「あん? なんだよ」


 ファルハルドはこの森に足を踏み入れ、薬草が生えていることに気付いた。傷薬となる種類のため、複数名が怪我を負っている現状、ついでにんでいこうと考えた。そのことを説明する。


「ほぉー、やるじゃねえか。お前ぇ薬草もわかんのか。ああ、別にいいぜ。おい、ハサン。ちょっと手伝ってやれ」

「おいっす」


 髭ありハサンがファルハルドを手伝ってくれると言う。


「済まんな」

「なーに、気にすんな。ま、商売柄、傷薬のたぐいはいくらあっても足りねぇからな。じきに日も暮れるし、さっさと済まそうぜ。んで、どれを摘みぁいいんだ」


 ファルハルドは説明をし、二人で薬草を摘んでいく。それぞれの両掌いっぱいになったところで薬草採取を終了し、駐屯地へと帰還した。

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