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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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09. 川辺の戦い /その②



 ─ 2 ──────


 犬人の汚れた爪がオリムを襲う。

 オリムは屈み込む。犬人の爪が鎖帷子を掠め、音を立てた。


 低い姿勢のまま、犬人の膝下をいだ。犬人は悲鳴を上げ、体勢を崩す。

 オリムは伸び上がり、首を落とさんと狙う。首を狙ったオリムの三日月刀を犬人がその歯でくわえ、受け止める。


 即座にもう一刀で胴を狙う。犬人はその斬撃を右手で受けた。

 刃は防がれた。胴体には届かない。だが、指を落とす。痛みに犬人の刀を咥え止めている顎の力が緩む。


 オリムはそのまま一気に刀を押し込まんと力を籠めた。


 そのオリムを犬人が左の爪で襲う。オリムは押し込もうとした刀を手放し、爪を避ける。

 だが、避けきれない。鎖帷子を切り裂かれ、脇腹から流血。


 オリムは一刀を失い、脇腹に傷。犬人は右手の指を落とされた。

 両者はひるまない。さらなる闘志を燃やし、前へと踏み込んでいく。



 ナーセルは最も多くの悪獣を相手取っている。

 次から次へと迫り来る悪獣を斬りつける。二頭の悪獣を倒した。上手く盾を使い、深手も負ってはいない。


 しかし、盾がもう限界を迎えようとしている。小さな穴が空き、大きな亀裂も入っている。次に強い衝撃が加われば完全に割れることだろう。


 状況は悪い。だが、ナーセルは笑っている。獰猛に、楽しげに笑っている。

 戦うことが、危機に追い詰められることが楽しくてたまらない。ナーセルは込み上げる笑みを抑えることができない。



 アキームとザリーフは激しく駆け巡る。防御は二の次。連携も二の次。頭を占めるは目の前の敵を仕留めることだけ。高笑いを続けながら、暴れ回る。



 ハサンとハサンは目まぐるしく互いの位置を入れ替えながら、傷を負うことなく戦っている。

 石人形たちが他の隊員に狙いを変えようとすれば、その度に立ち塞がり、あるいは挑発し、狙いを変えることを許さず自分たちへと引きつけている。


 横から襲ってきた悪獣を斬り捨てる。石人形を一体倒し、残り四体の石人形にも傷を負わせている。怪物たちを確実に仕留めていく。



 ファルハルドは悪獣の牙をかわしていく。オリムとの手合わせが役に立った。現在の自分の状態を完全に把握できている。


 以前、ジャンダルと共に狼の悪獣と戦ったのは約三年前。その頃と比べ、両肩の動きは悪く、右手中指の力は弱くなっている。

 だが、昔よりも筋肉が付き、力強さが増している。なにより端とは言え、ここは自然の力強い森の中。ナーザニンより受け継いでいるイシュフールとしての特性を遺憾なく発揮する。


 咬みつきを狙う悪獣の牙を跳躍で躱す。

 もう一頭が着地地点を狙う。ファルハルドは宙返り。脚を木の枝に引っ掛け、身体を支える。ファルハルドの着地の瞬間を狙った悪獣の攻撃を透かした。


 悪獣は行き過ぎ、振り返った。


 枝に引っ掛けた脚を外し、落下。悪獣を上から狙う。


 悪獣は跳び退き避けた。だが、逃がさない。着地と同時に地を蹴り、追い縋る。


 刺突。額の第三の目を貫き、そのまま脳を貫いた。


 ファルハルドが一頭を仕留めた隙を狙い、背後から別のもう一頭が襲いかかる。


 甘い。今のファルハルドは周囲の状況を完全に把握している。隙を衝かれる筈もない。


 引き抜こうとしていた小剣から手を放し、悪獣の攻撃を躱す。悪獣が新たな攻撃を繰り出す前に小剣に手を掛け、一気に引き抜いた。


 剣を振るう。悪獣は避けた。だが、完全には避けきれない。額の第三の目の端を斬り裂いた。


 悪獣は悲鳴を上げる。完全には額の目は潰れていない。

 だが、逃げ出した。一度狙った相手を仕留めるまで決して諦めることのない筈の悪獣が逃げ出した。


 ファルハルドは追いかけようとし、思わず立ち止まった。

 身体が痛む。オリムとの手合わせから続く連戦に、関節がうずき始めていた。


 悪獣が逃げ出した先ではナーセルが戦っていた。

 ファルハルドは気を入れ、駆け出した。途中進路を変え、地面に放置していた盾を拾い上げ、悪獣を追いかける。



 ナーセルの持つ盾はすでに割れてしまっていた。役に立たない盾を投げ捨て、悪獣たちと戦っている。


 新たに一頭を倒した。深手こそ負っていないものの多くの傷を受け、多くの打撲も受けている。

 さらに一頭を斬り捨てながらも、背後から迫っていた別の一頭に脚に喰いつかれる。強い力で脚が引かれる。体勢が崩れる。ナーセルは転倒した。


 そこにファルハルドとの戦いから逃げ出した悪獣が迫る。避けられない。ナーセルはせめて被害を抑えようと、迫る悪獣に鎖帷子に包まれた背中を向ける。


 足音が迫る。悪獣の唸り声が聞こえる。獣臭い息が掛かる。


 ファルハルドは手に持つ盾をぶん投げた。見事、悪獣に当たる。悪獣は弱々しい悲鳴を上げた。ナーセルを狙う悪獣の攻撃は未発となった。


 息を乱したファルハルドが追いつき、逃げ出した悪獣にとどめを刺す。ナーセルは脚に喰いついていた悪獣の首を落とした。

 ファルハルドはナーセルに手を貸し、起き上がらせた。


 周辺の敵は片付けた。だが、他の者たちはまだ戦っている。

 ファルハルドはナーセルに盾を使えと言い置き、自分はハサンたちの下へと向かう。ナーセルは盾を拾い上げ、足を引き摺りながらオリムの下へと向かう。


 アキームとザリーフの戦いはほぼ終わっている。その姿を視界の端に収めながら、ファルハルドはハサンたちの下に駆けつけた。ハサンたちは無理をせず、怪我を負わないことを優先しつつ戦っている。さらに一体の石人形を倒していた。残りは石人形三体。



 ファルハルドは髭なしハサンに跳びかかろうとしていた石人形に後ろから攻めかかる。

 石人形はファルハルドの接近に気付いた。ファルハルドの剣を避け、ハサンからファルハルドに標的を変更する。

 これで三体の石人形がハサンとハサンを取り囲む構図が崩れた。


 三対三。ハサンたちへの負担は一気に軽減した。それぞれの位置関係を把握しながら、別個に戦っていく。


 ファルハルドは石人形の牙を躱しながら考える。

 石人形を後ろに通す訳にはいかない。もし行き過がせ、ハサンたちのどちらかが二対一になれば、状況が崩れる可能性がある。ファルハルドは攻撃を躱しながら、前へと踏み込んでいく。


 ハサンたちは石人形の攻撃をしっかりと盾で受け、一度に与えられる傷は浅くとも確実に傷を負わしていく。



 オリムと犬人は互いに傷を受けながら、なおも戦い続けている。


 犬人の爪を刀で受ける。続け様に迫る牙を躱す。

 その時、オリムが雨と血に濡れた地面に足を滑らせた。体勢が崩れ、片手をつき膝をつく。


 犬人はその隙を見逃さない。大きく左腕を振るった。

 オリムはしなやかな動きで身体をのけ反らせる。犬人の爪は鼻先を掠め、行き過ぎた。


 犬人は指を落とされた右手を振るい、オリムの顔面へと突き出す。

 オリムは犬人の右手を握り締めた左拳で打つ。犬人の右手はオリムへは届かなかった。

 しかし、落とされた指の断面から溢れ出る血がオリムの目に入る。視界が妨げられる。


 すかさず犬人は再び爪をかざし、急所を狙う。オリムは視界が塞がれた状態からでも本能で躱した。


 だが、完全には躱しきれない。鎖帷子でも防ぎきれず、右腕の上腕部を切り裂かれた。

 三日月刀を取り落とす。犬人の追撃が迫る。


 声上げ、駆けつけるナーセルが間に合った。駆け寄る勢いそのままに、盾を翳し体当たりをくらわせる。


 犬人に大きな被害は与えられなかった。犬人はますます興奮し、吠えかかる。ナーセルは斧と盾を使い、犬人の攻撃をしのぐ。


「お前ぇ、邪魔すんな」


 視界を塞ぐ血をぬぐったオリムが怒鳴るが、ナーセルは取り合わない。

 オリムは舌打ちするが、その動きを見て、ナーセルが脚を痛めていることに気付いた。


 ナーセルは悪獣に脚に喰いつかれたあと、手当もせずオリムの下に駆けつけたため脚が腫れ上がり、もはやまともに踏ん張ることもできない状態だ。

 攻めているように見えて、実際は犬人の攻撃をやっとしのいでいるに過ぎない。


 オリムは忌々しげに顔を歪めながら地面に取り落としていた二刀を拾い上げ、犬人に斬りかかる。


 さっきまでとは状況が違う。ナーセルは充分に動けないとは言え、それでも犬人に斧を振るい盾で攻撃を防ぎ、オリムを助ける。


 しばしの攻防と共にオリムたちは犬人を倒した。

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