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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
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11. 子供たちと一つの決意 /その④



 ─ 5 ──────


 子供たちは手を握りあって眠っている。三人が眠っているのを確認し、ファルハルドとジャンダルは一度表に出た。



「これからどうしよっか。あの子たちだけでここで暮らすとか、絶対無理だよね」


 ジャンダルの言葉にファルハルドは集落を見回すが、やはり無理だろうと考える。


「かといって、おいらたちがずっと一緒にいる訳にもいかないしね」

「村が襲われるのは珍しくないと言っていたな。普通、親が死んだ子供はどうなるんだ」


「んー、おいらもよく知らないんだけど、たぶん親類とかに引き取られるんじゃないかなー。親類がいなかったらいろんな仕事の手伝いをさせながら、村全体で面倒を見る、とか?

 でも、今回は集落そのものが全滅だし、親類がいるかな。いても子供だもんね。どこにいるかわかんないかもね」


 溜息しか出てこない。


「聞いてみるしかないな。当てがあるなら送り届ける。無いならその時また決める」

「そだね。それしかないよね」



 一応の結論が出ると、ファルハルドは子供たちの眠る家に戻らず、どこかに行こうとする。


「ん、なに。兄さん、どうしたの」

「今のうちに亡骸を集めておく」

「ああ、そうだね」


 ジャンダルも一緒に向かおうとするが、ファルハルドは止める。


「子供たちといてくれ。もし、目を覚ましたら心細く思う。日も暮れた。血の匂いに惹かれ、万一獣でも襲ってくればまずいしな」


「んー、いいけど、一人じゃたいへんじゃない」

「大丈夫だ」



 明け方近くまでかかり、全員の亡骸を運んだ。

 賊たちは林内に穴を掘ってまとめて埋めた。住人たちはモラードたちが別れの挨拶をできるよう、集落中心の柵の中に一人ずつ丁寧に横たえる。全部で二十一人。幼子も含まれていた。せめてもと全員の顔を拭い、清めた。



 途中、ファルハルドは二つのことに気が付いた。


 一つは自分たちが倒した者以外に、二人の賊が倒されていたことだ。住人たちも無抵抗に襲われるだけではなかったという訳だ。


 もう一つは住人たちの中に年老いた者の姿がなかったことだ。賊から逃げきり、助かった可能性もあるが、おそらくはここは開拓村のような場所で、働き盛りの者たちとその子供だけが住む場所だったのだろう。



 もし住人たちが元の村で暮らせなかった者たちの集まりだったとしたら、モラードたちの頼れる場所は他にないのかもしれない。

 暗い予想を思い浮かべながらファルハルドは一人作業を続けた。


 子供たちが起き出す前に井戸で身体を洗い、汚れを落とす。賊たちに井戸が使えなくされていることも考え、野営場所で水を汲み運んできたがそれは必要なかった。





 起き出してきたモラードたちには全く食欲がなかったが、ジャンダルがスープ(スーペ)だけでもと飲ませた。


 エルナーズはなにも言葉を発しなかった。はっきりとはわからないが、エルナーズは未だ成人前の娘だろう。

 その娘が目の前で両親を殺された。さらには、自らも賊たちに暴力を振るわれ、着衣も破られあわやという目に遭ったのだ。

 言葉をなくし、表情をなくすのも無理はない。



 ファルハルドが昨夜、住人たちを運ぶ際見つけた晴れ着を差し出した。男物だったが、せめてもの着替えにと考えたのだ。

 エルナーズは身動みじろぎ一つせず、受け取ろうとしない。仕方なくジーラにエルナーズの着替えを手伝うように頼み、ファルハルドたちは表に出た。


 着替え終わり、ジーラと手をつないで姿を見せたエルナーズはあいかわらず言葉も、表情もなかった。それでも微かに、ほんの微かにだけ雰囲気が落ち着いていた。


 揃って集落中心に向かう。




 顔を見知った住人たちが並べられた光景に、モラードとジーラは身体を強張らせエルナーズの服の裾を掴む。


 ジャンダルが別れの挨拶をするように促した。それぞれが両親を見つけたのだろう。しがみつき声を上げ泣きだした。

 エルナーズは伏し目がちに、横たわる一人一人の足元に立つ。なにも語らず、なにも表情に出さずとも、その眼差しから、その背中から、心の中で冥福を祈っていることがよくわかる。



 泣きながら、モラードは両親の亡骸に語りかける。


「父ちゃん。畑仕事手伝わずに遊んでばかりでごめん。拳骨痛かったけど、俺が悪いんだ。本当、ごめん。母ちゃん。ご飯おいしかったよ。いつも、自分の分を俺に分けてくれてたの知ってた。いつもありがとう。

 悪い奴らから、逃がしてくれてありがとう。ありがとう。…………。でも……。でも、父ちゃん、母ちゃんが死んじゃったら俺どうしたらいいんだよ。一緒に、一緒にいて欲しかった。もっと、ずっと一緒にいて欲しかったんだ。それに……」



 泣きながら、ジーラは両親の亡骸に語りかける。


「おとうさん、もっと頭をなでてほしかったの。もっと、ぎゅっとしてほしかったんだよ。さみしいよ。おかあさん、お料理もっとおしえてほしかったよ。機織りもおおきくなったらおしえてくれるっていってたのに、もうおしえてもらえないんだよね。

 もっともっといっぱいお手伝いしたかったの。毎晩お肩たたきしたいよ。これからどうしたらいいの。さみしいよ。あと、あとね……」


 モラードもジーラも思い出を語り、両親に別れを告げている。二人共、泣きじゃくりながら話しかけている。



 ファルハルドは農村の暮らしを知らない。モラードたちが話す思い出の内容はよくわからない。

 それでも、子供たちのその思いはわかる。感謝の思いは、親愛の思いは、惜別の思いは、愛惜の思いは、痛いほどに伝わってくる。そして、その嘆きや悲しみ、不安もまた痛いほどに伝わって来る。


 住人たちの魂に誓う。子供たちの力になると。

 自分自身、追手に追われる身の上。危険は迫り、その上そもそも生きることに意欲を持てない。それでもこの子供たちの力になる。必ず、子供たちを安心して暮らせる場所に送り届ける。それまで、決して死にはしない。


 そう誓う。


 ジャンダルもまた、その目に決意をみなぎらせる。




 ファルハルドたちは火葬の準備をする。ファルハルドもジャンダルも正式な弔いの作法は知らない。


 しかし、ほとんどの宗派において人は何度も生まれ変わり、次第にその魂を浄化し、最後に神々の大地に生まれ変わると説く。


 そして人は死んだ際には、罪人は暗黒である大地に埋められ、善き人々は穢れの多い肉の身を火で焼き清め、その純然たる魂を煙と共に天に送られ、いずれ生まれ変わる日を待つとされる場合が多い。


 そのためファルハルドたちは住人たちを火葬にすることにした。

 モラードたちが別れの挨拶を済ませたあと、住人たちの亡骸を大きく壊されている一軒の家に運んだ。ファルハルドとジャンダルの二人で板に乗せ、一人ずつ丁寧に運んだ。


 各家にあった藁や、隣の家の壁を取り壊して作った材木を亡骸と共に積み上げる。エルナーズの口から出る言葉はなかったが、それぞれが最後の挨拶をしたあと、火をつけた。



 その火が消える頃、日は暮れようとしていた。

次話、「子供たちの行く先」に続く。

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