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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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06. 西部傭兵駐屯地 /その⑥



 ─ 6 ──────


 雨に打たれるうち、オリムもなんとか気を取り直した。ファルハルドに一言、行くぞと声を掛け、自分の隊の者たちがいる天幕へ向かう。

 場所は駐屯地の端。オリムは無造作に天幕をめくり、声を掛ける。


「おう、いるか」


 こちらの天幕内は特に垂れ幕で区切られたりはしていなかった。

 中では二人の男が藁を集めただけの粗末な寝床で休んでいた。一人は顔に目立つ傷痕のある三十過ぎの人物。もう一人はファルハルドと同い年くらいの少し軽薄そうな若者だった。


「おい、こいつが今度からうちに入る新入りだ。お前ぇはこの天幕を使え。ほれ、挨拶」

「俺はファルハルド。パサルナーンから来た」


 簡潔そのもの。あいかわらずファルハルドには気の利いた挨拶などできない。今まではこの手の自己紹介などをする際はジャンダルが共にいた。一人で行うとなると、どうにも不十分な挨拶になってしまう。


 とはいえ、ここにいる者は傭兵働きをする者たちだ。小煩こうるさい者はいない。傭兵たちは特に気にした様子はなく、にたりと笑った。顔に目立つ傷痕のある男がどこまで本気かわからない口調で話す。


「お前もよりによって、うちの隊とは気の毒にな」

「あーん? アキーム、そりゃどういう意味だ」

「どうもこうも、まんまでしょうが。ま、お前もせいぜい、死なねぇように気をつけな」


 若いほうの男がじろじろとファルハルドたちの格好を見ながら、横から口を挟む。


「つーか、あんた、挨拶より先に身体洗ったほうがいいんじゃねぇーの。隊長も。見た目(すげ)ぇぜ」


「おう、そうだ。ザリーフ、ちょっとアベ・ダクを貰って来いよ」

「は? なに言ってんスか」

「あ゛ぁ?」


いらつかれても知らねぇんスけど。んな、泥々じゃ、湯で洗うぐらいじゃ追いつく訳ねぇっしょ。川行って下さいよ。

 どのみち、タリクとこ行くんしょ。なら、汚れ落としてからあっちで湯を使やぁいいじゃないっスか。ほら、俺らの着替え使ってもらっていいんで」

「ちっ」


 オリムは面白くなさそうな顔でザリーフの手から着替えを掴み、天幕から出て行った。アキームとザリーフはそんなオリムの様子に半笑い。ファルハルドにも着替えを渡し、早くオリムに付いて行けと急かした。



 駐屯地から西へ少し歩いた所に、北北西から南東へ向け小さな川が流れていた。駐屯地側は大きく開かれているが、川向こうは川の傍まで森が迫り遠くまで見渡すことはできない。雨が続いているせいか、川の水は少し濁っている。

 身体や洗濯物が洗えるように、何箇所かに屋根付きの荷物置き場もあり、今も他に何人か身体を洗っている者たちがいる。


「なんだい、隊長。揃いも揃って凄ぇ格好してるな」


 身体を洗っていた男性の一人が話しかけてきた。


「あ゛ぁ? おう、ナーセル。なんだ、お前ぇ、こっちだったのか。おう、こいつ新入りな」


 話しかけてきた人物は赤い髪と赤い瞳を持つ。傷だらけだが、無駄な肉は付いておらず実戦で鍛え上げられた見事な身体をしている。が、体格に優れていると言うほどではない。


「そうかい、俺はナーセルだ。見ての通りウルスとオスクの混血だ。ま、よろしくな」


 ファルハルドはさっきと同じ自己紹介を繰り返した。


 着替えと武器を棚に置き、ファルハルドたちは服も鎧も着たままで川に入っていく。ファルハルドたちが浸かった場所から下流に向け、一気に川の水が濁る。


「二人ともどんだけ汚れてるんだい。どうなんだい、こいつ。腕は立つってことなんですかい」

「あ゛ぁ? まあ、そこそこはやるんじゃねぇの」


 オリムが言う「そこそこはやる」は他の者で言うところの「かなりの腕前」を意味する。それを知っているナーセルは意外そうな顔でファルハルドを見た。


 ファルハルドはその視線を気にせず、頭から川に潜り泥を洗い落としていく。石鹸もなく、川の水自体も濁っているため、髪や爪に入り込んだ泥までは落とせない。

 それでも一通りの泥を洗い落とすことはでき、一応は見られる状態にはなった。


「だいぶまともになったかい。これからタリクんとこかい」

「おう。あとよ、ハサンたちとはまだ顔合わせしてねぇから。あとで紹介しといてくれ」

「うす」

「おい、行くぞ」



 オリムは川から上がり荷物を持てば、水をしたたらせたままずんずんと下流側に進んでいく。オリムが向かったのは川近くに立てられている大きな天幕で、駐屯地の他の天幕とはだいぶ距離が離れている。川近くにはもう一つ、洗い場より上流側に大きな天幕が立てられている。


 オリムが向かった天幕からは、途切れることなく金属音が鳴り響いている。


「おい、タリク。邪魔するぜ」


 オリムが天幕を捲った途端、むっとする熱気が吹きつけてきた。中では大きな炉で盛んに火が焚かれている。炉の上には水を張った鍋が掛けられ、もうもうと湯気が立つ。

 中にいる人物は三人。一人はまだ成人前らしき少年。一人は壮年の男性。最後の一人は初老の男性。三人はファルハルドたちには構わず、忙しそうに作業にいそしんでいる。


 天幕の外まで響く金属音は、壮年の男性と初老の男性がそれぞれ鉄床で赤熱したアハンを鎚打つ音だった。見れば、そこかしこに補修途中の武器や鎧などが積まれている。どうやらこの天幕は鍛冶仕事をするための場所であるようだ。


 所々天幕が捲られており、風が通るようになっているが、天幕の中はかなり暑く、三人とも上半身裸で汗(まみ)れなりながら働いている。頭髪はオーリン親方たちと同じように、ぐるぐると巻いた布で覆っている。


「よう、タリク。こいつが今度うちに入った新入りな」


 話しかけられた初老の男性は、作業の手を止めずちらりと目だけを向けた。

 ファルハルドは天幕に入った時から、その人物と少年から目が離せない。頭に巻いた布の隙間から垣間見られる二人の髪の色は藍色。つまり、この二人はエルメスタ。

 二人とも顔かたちなどはなにひとつジャンダルとは似ていないが、それでもファルハルドはなんとはなしに親しみを感じた。


「クース」


 タリクは作業しながら、少年に呼びかける。呼ばれた少年は運んでいた金属物を手早く片付け、オリムとファルハルドの下へ数枚の乾いた布と水の入った桶を運んだ。


「オリム副団長。父ちゃんは」

「親方」


 タリクは作業しながらも、条件反射的に訂正する。


「……親方は、ちょっと手が離せないんで、先に身体を洗って下さい。これから湯を持ってきますんで。いやー、それにしても二人とも随分派手にやってますね」


「あ゛ぁ? お前ぇ、なに言ってんの。これでも川に漬かってきた、っつーの」

「ははっ、それで、ですか。そりゃ、凄いや」


 クース少年はひとしきり笑い、湯気を上げている鍋を注意深くゆっくりと運んで来た。

 オリムとファルハルドは水の入った桶に湯を入れほどよい温度の湯を作れば、用意された布を湯にひたし、手早く服を脱いでいく。


 服を脱いだファルハルドの身体を見、傍で身体を洗う準備を手伝おうとしていたクース少年は驚きに目を見開いた。


 背中や腕には無数の傷痕。右腕の肉がえぐれたような痕や、腹や背中にある刺し傷の痕はひどく目立ち、腹と背中、太股には大きな斬り傷の痕もある。特に左肩の刺し傷と右肩の肉が削がれた痕はまだ新しく、かなり痛々しい様子を見せている。


 ここは傭兵団。傷だらけの者など珍しくはない。実際、隣で身体をぬぐっているオリムもまた負けず劣らず傷だらけだ。

 が、ファルハルドの年齢でここまでの傷を負っている者など他にはいない。そのため、まだまだ子供のクース少年には少しばかり刺激が強過ぎたようだ。


 ファルハルドもオリムも特に気にした様子はなく、手早く身体を拭っていく。



「お前、装備を見直せ」


 一通り身体を拭い終わった頃、不意に傍近くで声がした。

 気付けば作業が一段落したタリクが、傍近くでしげしげと傷痕だらけのファルハルドの身体を眺めていた。武具作りを行う者としてはファルハルドの傷だらけの状態は気になるらしい。


「いや」

 

 傷の大半はろくに鎧もなかった頃や街中で鎧を着ていなかった時に負ったもの。ファルハルドとしては、今の装備に不満もなければ怪我の原因であるとも思わない。

 そう説明すればタリクは眉間に皺を寄せたままではあるが、しつこく言い募りはしなかった。


 ただ、ファルハルドには一つ気になる装備がある。オリムが着けていたような籠手だ。今までは一部に鋼の板を張り付けた長手袋を使っていたが、もう少し腕部分の防御力は上げたいと考えている。

 とはいえ、オリムが使っていた籠手はファルハルドが使うには少し重そうに思えた。そうなると厚みのある革製にしたほうが良いのだろうかと考え、それを相談してみる。


「革、な……」


 タリクは少しつまらなそうに思案する。鉄床で鉄を叩いていたのでわかるように、タリクの本職は鍛冶。必要に駆られ、革加工や木材加工も行いはするが決して得意でもなければ好んでもいない。

 タリクは焼け焦げ不揃いな髭が生える顎を撫でながら提案した。


「軽い装備がいいというなら、儂が軽くて丈夫な薄金の籠手を造ってやろう、どうだ」


 ファルハルドとしても軽く動きの邪魔をしないのならば、革製だろうが金属製だろうがどちらであっても問題はない。一度試してみるということで頷いた。



「んだよ、こいつの造る前にやることがあんだろが」


 横から身体を拭い終わっていたオリムが不満げに口を挟んできた。

 今日、オリムが着けていた鎖帷子は予備の品になる。普段使っている物は冬前の大規模な戦闘で大幅に破損してしまっており、現在補修のためタリクに預けている状態なのだ。


「わかっとるわ。だからこそ、はげんどるんだろうが」


 タリクはそんなことはわかっていると言うが、怪しいものだ。タリクは職人らしく、常々自分の気分が乗る仕事を優先しがちだ。

 ファルハルドの装備変更を自分から言い出したからには、放っておくと他の者の装備補修を後回しにしかねない。オリムの懸念は実にもっともなものだった。


 タリクはぶつぶつ文句を言いながら作業に戻り、着替え終わったオリムはクース少年に補修作業がどこまではかどっているか確認し始めた。


 ファルハルドはそんな様子に苦笑しながら、ザリーフたちに借りた服に着替えた。

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