05. 西部傭兵駐屯地 /その⑤
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「団長、入りますぜ」
辿り着いた駐屯地の中心にある一つの天幕の前で、オリムは一言声を掛ける。特別大きくもなければ豪華でもない、使い古された極々普通の天幕だった。
オリムは返事を待たず天幕を捲り、一人さっさと中に入っていく。アレクシオスは小さく溜息をつき、あとに続いた。ファルハルドたちもそのあとに付いて天幕に足を踏み入れる。
中は垂れ幕によって手前と奥に区切られている。手前側に置かれている家具は多くはない。絨毯が敷かれ、来客用らしき大きめの机といくつかの椅子がある程度だ。
ぬっと奥から突き出された大きな手が垂れ幕を掻き分けた。巨人が姿を見せる。いや、巨人の訳がない。巨人は闇の怪物。目の前にいるのは間違いなく、人。赤い髪と赤い瞳を持つ、『力抜きん出たウルス』の一人。
ウルスの者は皆が皆、体格に優れた背の高い者ばかりではある。ただ、そのウルスの基準で見ても、この人物は大きい。
背の高さ自体はバーバクとほぼ同じ。だが、肉の厚みが圧巻だった。全身これ筋肉。体格の良い筋肉質なバーバクが細身に見えるほどの筋肉の塊。そして、その手は身体に比べても巨大。目や鼻、口など個々の部位も大きい異相の持ち主。
なにより、抑えてもなお抑えきれない濃密な武威が巨大な存在感となり、見た目以上に巨大な、まるで巨人であるかのような印象を見る者に与えている。
「ウッス、団長。新入りを連れて参りました」
オリムは特に気負う様子もなく、立ったままファルハルドたちを紹介する。団長はファルハルドたちに目を向けた。それだけで団長から受ける圧力が増した。
全員が派手に泥に汚れている。
アレクシオスとゼブも靴は泥に汚れ、衣服にも点々と泥が跳ねている。オリムは汚れているなんてものではない。泥だらけ。そして、ファルハルドにいたっては。
泥を巻き上げ、激しく動き回ったファルハルドはまるで泥人形。太股より下は泥の塊。上半身も泥に汚れていない面積のほうが少ない。
オリムとファルハルドからは泥が絶えず滴っており、下に敷かれている絨毯を汚している。
「こいつは俺の下に就けます」
オリムは泥汚れについて一切気にする様子はなく、ファルハルドの肩を強く叩き団長に宣言する。
団長はなにも言わず、アレクシオスに目をやった。アレクシオスは呆れている。
「オリム。就けます、でなく、就けたいと思いますだろう。
団長殿。そちらの泥塗れの者がファルハルド。なかなかに激しい戦い方をする人物なので、確かにオリムの隊が合っていると思います。
こちらの者がゼブ。騎馬できるということなので、私の隊に入れたいと思います」
団長は異論を挟むことなく、頷いた。
「あと一人、ジャコモという者もおりますが、体調を崩しており腕前については確認できておりません。どうやら、今回の移送の監督者は些か問題のある人物であったようです。ジャコモの腕試しは改めて行うとして、ひとまずは本隊に入れるのがよいでしょう」
団長はこれにも頷き、認めた。
「二人はこの通りの様子ですので、まずは身体を洗わせ着替えさせます。タリクとの顔合わせは後ほど行いたいと思います」
団長は頷き、初めて口を開いた。
「ダリウスだ。励め」
やっと掛けられた言葉はとても短かった。このダリウスも無口な性質のようだ。ゼブが返事をし、ファルハルドも続けて応えた。アレクシオスに促され、挨拶を終えればそのまま揃って天幕から退出した。
天幕から出た途端、オリムが上機嫌に話す。
「どうよ、シビィだろ。あれがうちの団長様よ。ま、男は黙って背中で語るってやつ。くぁー、最高だぜ、なぁ」
と、口数多く語る。
アレクシオスは本日何度目がわからない呆れ顔で、
「まったく、お前は。天幕に入る前に少しは泥くらい落とせ。絨毯を派手に汚していたではないか」
と苦言を呈した。
ファルハルドとしても自分の姿を振り返れば、さすがに拙かったなと反省する。
が、オリムは全く反省しない。
「バーカ、知らねぇの。絨毯は古びるほど味が出て良くなんだよ。いいか、俺はわざと、やってんだ」
「馬鹿はお前だ。絨毯が踏まれ使い古されるほど良くなるのは確かだが、安物の敷物ではないのだ。汚れていい訳ではないのだぞ。
ましてや泥汚れは取れにくいからな。あれではだいぶ値打ちが下がるぞ」
「マジで」
「本当だ」
オリムは急いで戻ろうとするが、アレクシオスが止める。
「団長殿は物に頓着などすまい。これ以上、余計な手間を掛けさせるな。次から気を付けろ」
「お、おぉう。わかった」
オリムは目に見えて落ち込んだ。アレクシオスはそれ以上オリムに構わず、ファルハルドたちに話しかける。
「オリムと私はそれぞれ小隊を率いている。あなたがたはこれよりそれぞれの隊に加わってもらう。詳しい話はそれぞれの隊で行おう。では、な」
アレクシオスはゼブを連れてさっさと離れていった。ファルハルドはオリムを見る。落ち込んだまま、動かない。一旦止んでいた雨も、再び降り出してきた。さて、どうしたものか。




