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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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04. 西部傭兵駐屯地 /その④



 ─ 4 ──────


 ファルハルドは強く踏み込み、相手の喉に向け刺突を放つ。


 相手は右手の刀で剣の打ち払いを、同時に左手の刀で掬い上げ気味にファルハルドの肩の付け根、脇の下を狙う。


 刀が剣に触れる直前、払われようとする剣を思い切り引き、右足を軸に回転。

 払おうとする右手の刀を透かし、左手の刀に対し勢いをつけファルハルドから盾を当てに行く。

 斬撃を弾き飛ばし、相手の体勢を崩した。


 周囲を囲む傭兵たちはざわめいた。


 回転はまだ止まらない。ぐるりと一周回り、相手の首筋を狙った斬撃に繋げる。


 大きな動作による攻撃。だが、相手も体勢が崩れている。ファルハルドの動作の隙を衝くことはできなかった。刀で受けるのがやっと。


 至近距離での攻防。相手は刀で防ぎ、少し遅れ空いているもう一刀でファルハルドの胴を狙う。


 再び盾を合わせ、そこから頭突き。意外の一撃。相手はかわせない。ぐらついた。思わず、その目をつむり、たたらを踏んで数歩退る。



 相手を追いかけ、再度の刺突。目で見て躱すのでは間に合わない。だが、相手は躱した。目を閉じたまま、本能的な動きで。


 盾を使わず二刀を使う理由がわかる。攻勢に回った時にこそ本領を発揮しながらも、守勢に回ろうとも簡単に崩されたりしない。意識は全て攻撃に向け、防御は本能、あるいは持って生まれた才能に依ることで、盾を持たずとも充分な防御力を維持している。


 そのしなやかな体捌きと共に、人でありながらその戦い方の原理は野生の獣にも似たもの。

 ファルハルドがよく知る仲間たちとも、今まで戦ってきたどの敵とも違う戦い方。まぎれもなく強い。新たな強者との出会いに、ファルハルドの胸は猛々しい悦びに満たされる。



 両者は距離を置き、息を整える。


 見物をしている傭兵たちからは歓声が上がる。手を叩き両者を褒めそやす声やはやし立てる声のなかに、なにやらどちらが勝つか賭けを始めた声が混ざっている。なにやってんだ、こいつら。ファルハルドは軽く脱力した。


 わずかに緩んだファルハルドの気配を察したのか、相手は二刀を乱雑に振り回し一気に攻め入ってくる。


 ファルハルドは距離を取るのではなく、踏み込んだ。右側手から迫る刃を剣で受け、左側手から迫る刃を盾で止める。


 ファルハルドが攻撃に移ろうとした時、相手は刀を持つ右手首を返した。湾曲した切先が盾を迂回し、ファルハルドの顔面に迫る。


 首をひねる。目を斬り裂こうとした切先を避ける。頬を掠めた。

 追撃を繰り出そうとした相手の胴を蹴りつけ、泥濘ぬかるみ始めた地面を滑り素早く距離を取る。


 斬られたのは皮一枚。ファルハルドの頬を血が伝う。

 伝う血をめ取る。不敵な笑みが零れる。気持ちがたかぶり、鈍っていた戦士としての本能が研ぎ澄まされる。



 相手の顔からはにやつきが消えている。浮かんでいるのは獰猛な笑み。

 応じるようにファルハルドも口の端を吊り上げる。


 見物する傭兵たちからの歓声は止み、固唾を呑んで二人に見入っている。


 二人の意識にはこれが腕試しであるという認識は残っていない。頭を占めることはただ一つ。勝利への渇望。後先も、利害も、周囲の者たちのことも、そして己の生死も遠くに置き、頭を占めるはただ強き者に打ち勝たんとする赤熱の思いだけ。


 ファルハルドと相手、呼応するように両者の闘志は高まっていく。


 不意に止んでいた雨は驟雨しゅううとなり、両者の姿は朧な影となる。二人はその機会を逃さない。満ちた闘志は両者を衝き動かす。

 同時に動いた。顔を打つ雨をぬぐうことなく、二人は弾けるように強く足を踏み出した。


 両者は接近する。


 相手は今まで以上の速さと鋭さを持つ攻撃を繰り出した。異なる角度で右手の一刀は首を、左手の一刀は脇腹を狙う。


 ファルハルドは立ち止まることなく進む。進みながら、その身を低くかがませた。


 右手の一刀は掻いくぐり、左手の一刀には剣をかざし、翳した剣で上方にね上げる。


 雨が弱まる。周囲の者たちからも、二人の姿がはっきりととらえられる。


 そして、ファルハルドは膝を折り曲げ、より低く身体を沈ませる。そのまま進む勢いを殺すことなく、泥濘んだ地面を滑った。


 斬撃のため踏ん張った相手はファルハルドの移動に対応できない。

 ファルハルドは泥を巻き上げ、相手の腕の下をくぐり抜けた。背後を取る。


 傭兵たちはどよめいた。


 相手が振り返るより早く、攻撃へ。踏み込む。刺突。全体重を載せた一撃なら鎖帷子も貫ける。


 相手は逃げない。迎え撃つ。闘争の悦びに身を浸し、相打ちを狙い刀を振るう。


 両者は交錯。互いの刃がその身へと迫る。




「そこまで!」


 ファルハルドと相手の刃は互いに届く寸前で止まった。

 見物する傭兵たちは不満の声を上げた。


 ファルハルドと相手は互いに目をらさない。気を抜くことなく構えを崩さぬ二人に、制止の声を掛けた人物が足音を立てて近づいてきた。呆れ声で話しかけてくる。


「オリム。腕試しで殺し合ってどうする。お前は馬鹿なのか」


 ファルハルドの腕試しを行っていた傭兵、オリムは盛大に舌打ちし、声を掛けてきた人物を睨む。ファルハルドも構えを解き、一歩退って制止の声を掛けた人物に目をやった。


 近づいてきた人物は他の傭兵たちとは少し装いが違った。だが、それ以上にとても目立つ特徴が一つある。その人物の左腕は肘から先がなかった。


うっせぇぞ、アレクシオス。いいところで邪魔してんなよ。こんなもん、殺し合いでもなんでもねぇ。ただの腕試しだっつーの」


「まったく、よく言うものだ。まあ、いい。続きは私が代わろう」

「おい、余計なことしてんじゃねぇぞコラ」


 アレクシオスは大袈裟に溜息をついた。


「頭を冷やせ。お前はせっかくの人手を減らす気か。なんのためにわざわざパサルナーンから囚人を受け入れていると思っているんだ。

 さて、次はあなたか。私はこの傭兵団の副団長の一人で、アレクシオスと言う。さあ、抜きなさい。では、始めよう」


 アレクシオスはオリムの抗議に取り合わず、ゼブに声を掛けさっさと腕試しを始めた。

 オリムは不満たらたらだったが、さすがにそれ以上は文句を言わずアレクシオスとゼブの対戦を眺めた。


 ファルハルドは感心した。


 アレクシオスの剣捌きは美しかった。流れるような動きでゼブの剣を避け、的確に打ち込んでいく。

 おそらく元はいずれかの国に仕え、正式な剣の技を学んでいるのだろう。保安隊隊員や今まで見知っている誰よりもその剣使いは洗練されている。左腕が欠けている不利などまるで感じさせない、優美で鋭い剣の使い手だった。


 ゼブも一方的にやられるだけではない。地味だが、堅実で実に粘り強い剣を使う。ゼブの剣技もまた、長年の鍛錬を感じさせる錬磨されたものだった。


 二人の対戦はファルハルドたちの時とはまるで違い、剣術の見本のような応酬だった。

 二人は最後に大きな音を立てて互いの剣を打ち合わせ、腕試しを終了した。剣を納めながらアレクシオスはゼブに問いかける。


「見事だ。一つ尋ねるが、あなたは馬には乗れるのか」


 ゼブは一通りの騎乗はできると答えると、アレクシオスは満足そうに頷いた。


「今回は当たりだな。どれ、団長殿へ報告だ。あなたがたも付いて来なさい」


 アレクシオスとオリムは肩を並べ、天幕の立ち並ぶ駐屯地の中心へと進んでいく。

 道中オリムはアレクシオスに対し、ずっと噛みつくように文句を言っている。が、アレクシオスはまるで取り合わない。

 ファルハルドたちも私物を持ち、そんな二人のあとに付いて行く。


 見物していた傭兵たちは解散し、三々五々に散らばっていった。どこからか、賭けの結果について揉めている声が聞こえた気がした。

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