82. しばしのお別れ /その③
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移送される囚人はファルハルドを含め、七人。囚人たちは皆、一癖も二癖もあるふてぶてしい顔付きをしている。
その囚人たちが、檻車に乗り込んできたファルハルドの姿を見て顔色を変えた。
二人が露骨に怯え、その他の者たちもその二人に釣られたように強張った顔でファルハルドから目を逸らす。平然としているのは眠ったように目を閉じている、初老の男一人だけだ。
ファルハルドは気付かれず、そっと溜息をついた。人に怯えられる覚えなどない、とは言えない。思い当たるのは一つ。露骨に怯えている二人は万華通りでの騒動時の姿を見た者たちなのだろう。残りの者は噂かなにかで聞いている者たちか。
どんな状態だったのかファルハルド自身は覚えていないが、面会時に聞いた話ではそうとうなものだったらしい。一部ではファルハルドを『新たな魔人』と囁く向きもあると聞く。
多少の憂鬱さはあるが、仕方ない。距離を取られたほうが無駄な揉め事を避けることができて良いかも知れない。差し当たり気に掛けないことにした。
扉が閉められ、大きく頑丈な錠が掛けられる。囚人たちは別れを惜しみ見送りに来た友人、家族たちと最後の言葉を交わす。ファルハルドもジャンダルたちに目を向ける。
御者台にいるのは御者が一人。そしてもう一人、今回の移送に責任を持つ監督者の役目を負った保安隊隊員が乗り込む。監督者が御者台に登れば準備は整う。
監督者の出発の掛け声と共に御者が馬に鞭を当て、檻車が動き出す。
セレスティンが声を張り上げた。
「ファルハルド様。旅立ちの際には、右手側が吉兆だと申します。きっと佳き事がございましょう」
遠ざかりつつあるその表情は普段と違うひどく生真面目なものだった。
言われた内容は初耳。意味もよくわからない。だが、その真剣な表情で語られた言葉を軽んずる気は起こらない。
ファルハルドは揺れる檻車の中で一度立ち上がり、右側手に移動する。囚人たちは進んでファルハルドに場所を譲った。ファルハルドは短く礼を言う。囚人たちは意外そうな顔をした。
ファルハルドは静かに腰を据え、格子越しに過ぎゆく街並みを眺めた。
街の様子は普段となにも変わりはしない。買い出しにでも向かうのか、籠を片手におしゃべりしながら歩く女性たち。お客の呼び込みをする店員。昼前から呑んだくれている職人風の男性。大口を開けて語り合い楽しそうな若者たち。孫と手を繋ぎ、あれこれ教えている老人。
ありふれたその風景も、これでしばらく見納めだと思えば感慨深い。誰もが思うところがあるのだろう。他の囚人たちもファルハルドと同様に、その目に焼き付けるかのようにじっと過ぎていく街並みを見詰めている。
その時、視界の端でなにかが輝いた。ちらりと光の見えた場所に目を向ける。ファルハルドは息を呑んだ。
なにかが光ったその場所は一本の路地。そこにレイラの姿があった。
今話が全三回の予定でしたが、内容に合わせ全四回に変更いたしました
次回更新は明日。それで第一章が終了となります。




