10. 子供たちと一つの決意 /その③
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気を失ったままの娘を背負い、ファルハルドはジャンダルたちの下へ戻った。
そこにいるのはジャンダルと子供たちだけではなかった。逃げ出した二人の賊が地面に転がっていた。
驚き、全員無事なのかファルハルドが尋ねようとする。しかし、その前にジーラが大声を上げた。
「エルナーズおねえちゃん」
ファルハルドは気勢を削がれた。ジーラもモラードもエルナーズに呼びかけるが、エルナーズは目を覚まさない。
ファルハルドはちらりと賊たちに目をやる。
見たところ賊たちには猿轡を噛ませ、縄で堅く縛ってある。ジャンダルたちも怪我は負っていないようだ。
しばらくなら問題ないと判断し、賊たちを残したまま、モラードたちを連れ集落に向かった。
集落に足を踏み入れた時、家々が壊され死体が転がる光景に、モラードたちはびくっと身を竦め足を止めた。じわりと涙が浮かんでくる。涙が溢れると共に、家族の無事を確認しようと、それぞれの家に駆け出そうとした。
しかし、ジャンダルが二人の手を掴み、止めた。
「賊が隠れてるかもしれない。先に兄さんが確認するから」
むろん、もはや集落内に賊は残っていない。ファルハルドは倒した賊たちに止めを刺したあと、生き残った住人や賊がいないか一通り集落内を見て回っている。他に生き残りはいないことを確認してから、ジャンダルたちの下へ向かった。
ジャンダルもそれはわかっている。しかし、子供たちが一人で凄惨な場面を見てしまわないようにと、二人を制止したのだ。
ジャンダルはファルハルドに目で合図する。
ファルハルドは頷き、モラードたちが向かおうとした家に入り確認する。
家から出てきたファルハルドはモラードたちにはっきりと見えるよう、無言で大きく首を振った。
「モラード、ジーラ。残念だけど……」
ジャンダルに話しかけられ、その表情を見、堪らずモラードたちは手を振りきり駆け出した。
ファルハルドが二人に立ち塞がり、両手を広げ抱きとめる。モラードたちは激しく抵抗する。暴れ、ファルハルドから逃れようとする。ファルハルドは揺るがない。堅く二人を抱きしめた。
モラードたちは堪えきれず、泣き出した。大声で、身も世もなく泣き喚いた。
その声にエルナーズが目を覚ます。エルナーズはのろのろと歩み寄り、モラードたちを抱きしめた。なにも言わず、ただただ抱きしめた。モラードたちは抵抗を止めた。
そのまま泣き疲れ、モラードたちは気を失うように眠った。
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エルナーズたち三人を余り荒らされていない比較的無事な家で休ませ、ファルハルドとジャンダルは縛ってある生き残りの賊の下へと向かった。
道すがら尋ねれば、ファルハルドが逃した賊たちはちょうどジャンダルたちが待つ方向に逃げてきたのだと言う。
賊たちはジャンダルたちを見、その外見から子供たちだけだと判断し、襲いかかってきた。それをジャンダルが撃退した。
ジャンダルは剣の扱いこそ不得意だが飛礫打ちを得意とし、さらにいざという時の切り札として錘付きの鎖を使う。
今回も腰帯の裏に備えた細い二本の鎖で賊たちの足を絡め捕り、倒れた賊たちに飛礫を打ち捕らえたのだ。
「見事だ」
「なーに、言ってんの。兄さんは一人で五人の賊を倒したんでしょ。そっちのほうが凄いじゃない」
ジャンダルが足を止め、ファルハルドに向かい合う。
「でも、次からは一人で遣るのはなしだよ」
「済まん」
「まあ、しょうがなかったんだろうけどね」
エルナーズを背負っていたことで、ジャンダルもおおよその事情は察していた。エルナーズの着衣は半ば破られ、殴られた痕もあった。ジャンダルたちの下に戻る余裕はなかったのだろう。ジャンダルもそれ以上は言わなかった。
賊たちは意識を取り戻し、必死に縄を解こうとしていた。だが、堅く縛られた縄は解けない。ファルハルドたちの姿を見、より一層激しく身を捩る。
ファルハルドは冷たい目のまま、剣を抜く。賊たちは必死になにかを訴える。ファルハルドはそのまま斬り捨てようとするが、ジャンダルは目配せをした。
ファルハルドは仕方なさそうに溜息をつき、賊たちの猿轡を斬った。浅く身も斬ったが、これはもちろんわざとだ。
「た、頼む。見逃してくれ」
賊たちは必死に言い募る。だが、ファルハルドの表情は変わらない。淡々と、無慈悲に答える。
「無理だ。お前たちが生きている限り、俺の頭が掻き乱される。死ね」
農民崩れの男は懇願する。
「頼む。頼むよ。俺も村を襲いたくなんてなかったんだ。無理やり、無理やり仲間に入れられて。脅されてどうしようもなかったんだ。頼む。頼むから」
兵士あがりの男も訴える。
「そうだ。仕方がなかったんだ。行く当てがなく、食料も尽きてどうしようもなかったんだ。頼む。頼むから助けてくれ」
「まーたく、往生際の悪い奴らだね」
賊たちはなんとか助かろうと言葉を重ねようとするが、呆れ顔のジャンダルが横から口を挟み訴えを止めた。
「集落を襲って、人を散々殺しておいて、なにが仕方がなかっただよ。ふざけんな、だよ」
賊たちはジャンダルの怒りに怯えた。それでも助かろうとさらに言い募る。
「わ、わかった。罪を償う。罪を償うから。そうだ、領主に突き出してくれ。頼む、だから殺さないでくれ。
村を襲ったのが許せないんだろう。村人を殺したのが許せないんだろう。せ、正義を行いたいんだろう。裁きを求めているんだろう。私刑を行えば、お前らも責められるぞ。なあ、頼む」
「え、正義? なにそれ。それって四角いの、丸いの、甘いの、苦いの、どっかに落っこちてんのかい? 正義だの、裁きだのそんなもんはどうでもいいの。
おいらはね、いつでも虐げられた者の仲間なんだ。おっさんたちは虐げる側でしょ。あんたらを助ける理由がないよね。虐げられる側は肩を寄せ合って助け合う。虐げる側は力比べ。勝った者が全て取る。
で、おっさんたちは負けたの。今まで散々奪ってきたんでしょ。今日はおっさんたちが命を奪われる日ってこと。
それにね。こんな場所だよ、誰が見てるの。あんたらを始末して埋めとけば、おいらたちが責められることなんてないよ」
酷薄な笑顔で話すジャンダルに、賊たちはぱくぱくと口を動かすが告げる言葉が出てこない。
ファルハルドはジャンダルの言葉を聞いて理解した。ジャンダルも自分と同じくどこかが壊された人間なのだと理解した。
心なのか、魂なのか、それとももっと別のなにかなのか。己の内のどこかが壊され、なにかで支えて生きている。そんな人間なのだと理解した。
「さて、兄さん。そろそろ終わらしてもらっていいかい」
「ま、待て、がっ……」
賊たちが息絶えたことを確認し、子供たちの休む家へと戻る。
すでに日は暮れかかっていた。