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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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78. 道 /その②



 ─ 3 ──────


 面会時間は日暮れ前までと限られている。刻限は近づいているが、ハーミにはもう少し話すことがある。急かされるように話を切り出した。


「一つ、提案だが。お主、苦役刑の間、手紙ナーメを書いてみてはどうかの?」


 ハーミはこれぞよい思いつきと満足そうに勧めるが、ファルハルドは思いもよらぬ提案に戸惑う。


「手紙?」

「そうじゃ。ときに、お主、字はどの程度読み書きできるのだ」


 ファルハルドはしばし宙を見詰め、考え込む。


「そう、だな……。物の名前は一通り読み書きできる。数字も特に困ることはない。が、文章を読むのは苦労するな。一応、簡単な文章なら読めるが、書く方はさっぱりだ」


 ハーミは少し感心した様子で何度も頷いた。


「文章が読めるのか。思ったよりもできるの。御母上の教えの賜物か」

「そうなのか」


「うむ。文章を読むとなるとまったくできぬ者のほうが多かろうよ。そもそも大抵の者は自分の生活に身近な物の名は読めても、書くのは覚束おぼつかぬ。特に農村などに行くと、自分の名すら読み書きできぬ者が大半だしの」


「そうなのか。だが、文章が書けぬ以上、とてもではないが手紙など書けないぞ」


 ハーミは笑ってみせる。


「問題ない。幸いと言うべきか、お主の怪我が治るまでまだしばし日数が掛かる。その間に習えばよいのだ。神殿には子供や見習いたちが読み書きを学ぶための教材がある。それを持ってきてやろう。どうじゃ」

「手紙……。手紙、な」


 ファルハルドは渋る。学ぶことが嫌だとは言わないが、現状でも生活する上での不便はない。そして、手紙を書くことが必要なのかどうかよくわからない。そのためにわざわざ習うとなるとさすがに少し気が重い。


「なんじゃ、戦士に習いなど不要とでも言うか?」

「いや、そういう訳ではないが……。そう言う者が多いのか?」


「多いもなにも、ずばりバーバクが口にした台詞だの。あやつ、以前儂が教えてやると言った時に断りおった。

 気付いておらぬか? あやつは自分の名や数字は書けるが、物の名はほとんど書けぬ。読むのも怪しいの。武具や食料、自分と関わりの多い物の名だけは問題なく読むことができるがな。


 それで教えてやると言ったのだが、その時『俺は戦士だ。武器を振るい戦うことが役目。字を読み書きするのは俺の役目ではない。戦士に習いなど不要だ』と言い放ちおった。それもどこか自慢げにだぞ」


 その時の場面がありありと想像できる。これにはファルハルドも笑ってしまった。なんだか肩の力が抜けた。


「せっかくだ、教えてもらうか」

「簡単なものでも文章が読めるのだ。さほど苦労はすまい。では、次に来る時に教材を持ってくることにしよう」


 ハーミは腰を上げる。やって来た時と違い、帰って行くハーミの足取りは軽かった。

 そして次の日にはジャンダルが姿を見せた。




 ─ 4 ──────


「兄さん、久しぶり。お、なんだー、結構元気そうだね」


 入ってくるなり、ジャンダルからは挨拶代わりの元気な声が掛けられる。釣られてファルハルドからも笑みが零れる。


「お前も怪我をしたと聞いたが、もう大丈夫なのか」

「平気、平気。元々たいした怪我じゃなかったしね、もうなんともないよ」


 ジャンダルはさっさと椅子に座り、機嫌良く話す。ファルハルドは姿勢を正し、深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっ。なに」

「俺が眠っている間、連日裁判所や保安隊の詰所を訪ねてくれていたと聞いた。それにセレスティンにも礼を述べに行ってくれ、レイラの様子も尋ねてくれたとか。ありがとう」


「参ったね。そんな、礼を言われることじゃないんだけどねー。まっ、せっかくだから礼を受けときますか。あ、あ、そんな兄さん、なにもそんな涙を流して感謝しなくても」


 ジャンダルはおどけてファルハルドの礼を受け止めた。ファルハルドもジャンダルに付き合い、ふざけて泣き真似をしてみせる。



 一通り笑い合ったあと、ジャンダルは少し顔を曇らせ切り出した。


「レイラなんだけど、結局まだ会えてはないんだ。一応、セレスティンに聞いた話じゃ、命に別状はないらしいんだけど、まだ寝込んだままで起き上がれない状態なんだって」

「そうか」


「ま、そのうちまた顔を見に行ってみるから、なにかわかったら教えに来るよ。伝言とかあるんだったら伝えるけど」

「そうだな……」


 ファルハルドは少し俯き気味に考え込む。


「レイラにもセレスティンにも、巻き込んでしまって済まないと伝えてくれ。俺と関わらなければこんなことにならなかった訳だからな」

「うーん、まあ、伝言は伝えるけどさ……」


 ジャンダルはあまり気乗りしない声で応える。白華館は元々イルトゥーランの暗殺部隊が拠点として利用するために創られ、実際に追手は白華館に在籍していた。レイラはまだしも、セレスティンに対しては申し訳なく思う必要はない。


 もっともジャンダルとしては、今のところそのことを話して聞かせるつもりはない。ジャンダルとしてもセレスティンの告白は衝撃的過ぎた。まだ充分に消化しきれていない。


 ただでさえいろいろなことが一気に起こったファルハルドに、今聞かせても混乱させるだけだろう。いずれセレスティンの過去を話して聞かせなければならないとしても、それはずっと先のこと。この二年間の服役が終わってからだろうと考える。


 なにより、レイラが聞きたい言葉は謝罪ではないだろう。とはいえ、ファルハルドの性格はわかっている。なにかと人を巻き込むことを嫌う以上、最初に伝えるのが謝罪であるのは仕方がないのだろう。


 むしろ、母を助け出せなかったことで自分を責め続けたファルハルドが、レイラを傷付けられたことに耐えきれず心を壊すのではないかと心配だったが、それは杞憂で終わったようだ。それほどには弱い人間ではなかったということなのだろう。



 そして、意外だったのはもう一点。ハーミからレイラの寿命が三十年失われたことを告げられ、パサルナーン迷宮を踏破する決意を固めた。それが少し意外だった。


 あれだけの戦いを経ながら、それでもファルハルドはどこかパサルナーン迷宮に挑む理由を見出みいだせていなかった。多分にジャンダルに付き合っているだけ、もしくは他に特に行うこともないから潜っていただけ。そんな印象があった。


 であるならば、ファルハルドはこのまま挑戦者から引退しどこか別の地でレイラに仕えるように、慈しみながら二人で暮らすかもと思った。


 そうなら、ジャンダルはそれを止めはしない。できる訳がない。レイラに魔力増幅薬を飲ませるその場にはジャンダルもいたのだから。

 ハーミの祈りも、ジャンダルの薬も使い、それでも間に合わず、結局レイラに寿命を縮める薬を使うしかなかったその場にジャンダルもいたのだから。


 ハーミが館から見つけ出した薬がどんな薬だったのか、その時点ではジャンダルは知らなかったが、そんなことはなんの言い訳にもならない。



 が、ファルハルドはパサルナーン迷宮を踏破し、神殿遺跡に辿り着く決意を固めたという。それならば、ジャンダルがここで告げる言葉は決まっている。


「しっかし、二年間の苦役刑とは長いよねー。しょうがないんで、兄さんが帰ってくるまでにおいらたちで迷宮攻略を進めておくよ。

 いや、待てよ。ひょっとして、その頃にはおいらが大活躍して全層踏破してるかもね。いや、きっとしてるね。こりゃ間違いないね」


「ああ、そうだろうな。よろしく、頼む」


 ジャンダルはファルハルドの負担にならないよう、明るく二年間の攻略離脱を認め、帰ってくるまでの攻略の進展を約束した。ファルハルドもジャンダルの思いを悟り、明るく応じる。顔を見合わせ笑い合った。

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