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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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74. 白華館の主 /その③



 ─ 3 ──────


 わたくしは営舎に閉じ込められました。何日の間そこに入れられていたのか、自失していた私には確かなことはわかりません。


 ですが、そこから引き出された日はわかっています。

 それは祖国が蹂躙される時でした。私は祖国が滅ぼされる様を見せつけられたのです。



 我らの軍は、大軍の展開はできない山中でイルトゥーラン軍の侵攻を止めることを狙ったようでした。

 しかし、イルトゥーラン軍は充分な準備と警備の下、大規模な工事を実施しました。道なき場所に道を切り開き、一気に首府のある盆地に雪崩れ込んだのです。


 その後の戦いは、私の見せられたその戦いは、一方的なものでした。


 迎え撃つ我らの軍の主力は、陛下率いる王国に仕える常勝歩兵隊三百。それ以外に、伝令と追討を主な任務とする騎兵十数騎。そして、今回の国難を憂い志願した者たちから構成される義勇兵、およそ五百。

 これが人口わずかな私たちが投入できた総兵力です。祖国の壮年男性の実に四分の一が結集していました。


 対して、イルトゥーラン軍は約六千。ただし、その半数は工兵や征服後の治安維持の役目を負った兵たちでした。

 そして残りの兵たちも、大半は参戦することなく観戦しているだけでした。実際に戦ったのはデミル四世とその近衛の一部のみ。私たちの軍の主力と同数である三百だけが戦ったのです。


 その三百の兵に、いえ、実質はデミル四世一人に、我らの軍は一方的に蹂躙されたのです。



 デミル四世は自らが兵たちの先頭に立ち、突出しながら軍を率います。続くイルトゥーラン軍は一塊となって待ち受ける私たちの軍に突っ込んでいく。


 駆け引きもなにもありません。ひたすら真っ直ぐに突っ込んでいく、ただそれだけです。それだけで我らの軍が断ち割られて行く。


 デミル四世は人の枠をはみ出した剣才の持ち主。さらに、本来両手で扱う大剣を軽々と片手で振るう桁外れの膂力りょりょく。そして、振るう武器は『古代の魔法武器』が一つ、『ヤンギイルの大剣』。

 その前に立つ者は全て紙人形の如く一刀の下に斬り伏せられる。


 そう、デミル四世が哄笑しながら長大な剣を振るう。その度に、我らが兵士たちは屍へと変わっていく。名を知り、人柄を知り、暮らしぶりを、家族をよく知る仲間たちが、一方的に、そして無為に殺されていく。

 それが私が見せつけられた戦場の姿です。自分の目で見ても現実のものとは思えませんでした。呪われた悪夢としか思えません。



 ついにデミル四世は陛下の下へと辿り着きます。


 そのまま斬り結ぶかと思われた両者でしたが、なにか言葉を交わします。そして兵たちが交戦を止め、両軍の見守るなか、陛下とデミル四世は一対一の決闘を始めたのです。


 いったい、どのようなやりとりがあったのか。私にはわかりません。ですが、デミル四世が決闘に応じた理由はわかっています。


 そもそも、デミル四世が祖国に侵攻した理由は鉱物資源を得ることなどではなかったのです。鉱物資源を求めての侵攻であるとの名目を用意したのは、イルトゥーランの宰相でした。


 デミル四世が求めたのは別のもの。求めたのは、ただ一つ。強き者との血湧き肉躍る戦いだったのです。


 北辺に勇猛果敢な戦士が棲まう土地がある。父上が始めた交易によって祖国のその噂を耳にしたデミル四世は、自らの強き者と戦いたいという欲を満たすためだけに私の国を襲ったのです。


 正気の行いではありません。


 いくさこそ、楽しみ。望むは殺し合い。その生は血にまみれ、その在り方は死と共にある。

 命の遣り取りにのみ喜びを見出みいだまことの戦狂い。まさに狂気の剣王。


 ですが、だからこそ陛下からの決闘の申し出を断ることはありませんでした。


 陛下もまた一流の戦士。ウルスの者たちが驚嘆するほどの錬磨された魔法剣術の使い手。誰も止められなかったデミル四世の大剣を受け止め、その刃はデミル四世へと届きます。

 誰も傷一つ負わせることができなかったデミル四世に深手を負わせますが、そこまででした。デミル四世の大剣が陛下を袈裟懸けに斬り裂き、陛下は地に沈みました。



 この時点で私たちの軍の生き残りは常勝歩兵隊約五十、義勇兵が百ほど。もはや勝機などありません。

 それでも彼らの選択に降伏はありません。その命ある限り北辺の戦士としての意地を通しました。


 最後まで抵抗を続け、生き残ったのは深手を負ったところを捕らえられた二十名ほどだけ。


 ここに我が祖国の命運は決しました。




 ─ 4 ──────


 デミル四世は戦いが終わった後は私たちの国への関心をなくし、あっさりとイルトゥーランへと帰還いたしました。


 祖国はイルトゥーランの宰相の指示を受けていた将校たちの差配により接収されていきました。多くの民が抵抗し、虐殺されていったそうです。

 ですが、私はその様を目にすることはなく、耳にしたのも長き時の経ったあとのことでした。



 虜囚とされた私は、戦勝の記念品としてイルトゥーランに連れられたのです。

 イルトゥーランでは我が祖国への征服戦争の戦勝を記念する凱旋式が催されました。その場に於いて、私は無力で愚かな亡国の象徴として展示され、引き回されました。


 沿道に詰めかけた群衆より、嘲笑ちょうしょうされ、罵倒され、泥を投げつけられました。


 私はなにも感じません。


 私はただの抜け殻。祖国は滅ぼされ、この身はおとしめられ、家族も仲間も友人も全てが奪われたがらんどう。ただ息をするだけの存在。

 なにもない私は、すでになにかを感じる心もなくしていたのです。


 その後の数年間のことはほとんど思い出せません。自らの意思を持つことなどなく、最下級の奴隷としてただ命ぜられるままに動く生き人形でありました。



 しかし、出会ったのです。そう、汚濁に満ちたこの地上で、天の光に出会い新たなる命を得たのです。

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