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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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71. 騒動のあと /その④



 ─ 5 ──────


 沙汰の下った次の日、面会としてバーバクがファルハルドに会いに来た。なぜか、ハーミも共にいる。

 いぶかしげなファルハルドの視線に気付き、ハーミは苦笑する。


「儂は面会ではなく、お主の治療のためにやって来たのだ。こやつと一緒になったのはまあ、たまたまと言うかの……」


 バーバクは口を開かない。部屋に入ってきた時もどこか動きがぎこちなく、今も少し顔色が青い。いつも屈託のない笑顔を浮かべる男が、じっと押し黙ったままなにか険しい表情でいる。


 ファルハルドは思い当たる。これはやはり自分が手傷を負わせたためであると。まさか、バーバク相手に十数日しても癒えぬほどの重傷を負わせていたとは想像だにしなかった。

 ファルハルドは済まなさを浮かべ、謝罪しようと口を開いた。


「バーバク、俺は剣を向け」


 バーバクはファルハルドが言い終わるまで待たなかった。拳を振り上げ殴り飛ばす。


「大馬鹿野郎!」


 立ち会っている保安隊隊員が止める間もなかった。バーバクはまだ傷が癒えていない。青い顔をし、身体には力が入らず充分に動けない。それでも一般人相手なら一撃で殴り殺せるほどの力を籠め、ファルハルドを殴りつける。


 戦いに身を置くファルハルドでも、ろくに身動きできない状態では避けることも耐えることもできない。それでも怪我を負うことはなかった。ハーミがぎりぎりで光壁を顕現し、防いだからだ。


「済まない。俺はあんたにそれほどの怪我を……」


 ファルハルドはいきどおることなく、バーバクに謝罪した。どんな事情があったところで仲間に剣を向けるなどあってはならないことだからだ。


 だが、バーバクはますますいきり立ち、えた。


「んなことはどうでもいい!」


 バーバクはうつむき、大声を上げながら髪の毛を掻き乱した。熱い息を吐きながら顔を上げ、怒鳴り上げる。


「お前は。お前は、今も死にたがってんのか! ふざけんな!」


 ハーミは盛大に溜息をつき、バーバクの肩を叩く。


「抑えろ。見ろ、保安隊のかたが面会を打ち切るべきかどうか迷っておるではないか」


 バーバクは燃えるような目を保安隊隊員に向け、舌打ちをしてまとめて息を吐き出した。だが、やはり苛立ちは収まらない。強い目をファルハルドに向ける。


「いいか! 二度と、命を投げ出すな! 二度と死にたいなんて思うんじゃねぇ!」


 ファルハルドは答えない。きつく唇を噛み締め、暗い目でバーバクを見返す。バーバクはそんなファルハルドの様子を見、顔を怒りに歪め再び拳を握り締める。

 バーバクが動こうとしたその瞬間、ハーミが叱り飛ばした。


「バーバク! 抑えろと言っているだろう。できぬと言うなら出て行け!」


 バーバクはこらえきれず、自分の太股を殴りつけた。ハーミはバーバクから視線を切り、ファルハルドに目を向ける。


「だが、のう。儂も納得はしておらんぞ」


 ハーミはさらに続けようとしたが、それは保安隊隊員が止めた。


「神官殿。貴方あなたは今日、癒やし手として来られた筈。お間違えなきようお願いいたします」


 ハーミはぐっと詰まり、引き下がった。




 誰もが口を開かず、誰もが目を合わせず、それぞれが必死に気持ちを抑えようとする荒い息づかいだけが室内を満たす。


 寝台に腰掛け上半身だけを起こしたファルハルドは、寝床に掛けられた布をきつく握り締め、暗い声を絞り出した。


「俺は……。…………。……俺は、死のうとしたのか」


 バーバクたちはファルハルドに目を向ける。ファルハルドの真意を吟味するように目を細め、じっと見詰めた。


「そうだ」


 剣を合わせた時、その攻防でなにがあったかを話して聞かせる。

 ファルハルドは息を呑む。長い時間沈黙し、自らの心の内を見詰める。説明と言うより、その心の内をそのまま吐露するように語り始めた。

 その生い立ちを、城での扱いを、そして母への思いを。自分がなにを行い、なにを感じ、なにを考えてきたのかを。


 共に迷宮に潜るようになった時に、その経歴を簡単には話していた。だが、ファルハルド自身がなにを感じ、なにを考えてきたかを語ることはなかった。

 バーバクたちも、敢えてその部分には触れてこなかった。


 その部分を、ファルハルドにとっての世界の姿を、初めて自らの言葉で語った。そして、言う。


「レイラに出会い、同じように俺の生い立ちを、胸の内を語った。その時から、なにかがわずかに軽くなった。……そうだな。なんとしても生きようとまでは今も思えない」


 この発言に、バーバクもハーミも不満げに眉を寄せる。ファルハルドは続ける。


「なんとしてでも生きようとは、思えない。…………。思えなくとも。思えなくとも、死にたいとは思わなくなった。なった筈なんだ……」


 バーバクもハーミも声にはしない。声にはしなくとも、その目で問いかける。ならば、なぜだと。


「……レイラが斬られた姿を見た時、頭の中が燃え上がるような、凍りつくような感覚でいっぱいになった。その後のことは覚えていない」


 ハーミがぽつりと言った。


「それだけ、レイラの存在は大きかった、ということか」


 ハーミはバーバクに目をやる。バーバクは視線を落とし、床を見詰めている。床を見詰めたまま、静かに話す。


「お前がレイラを大切に思う気持ちはわかる。大切な人が傷付けられれば、我を忘れることも、自分の命を投げ出したくなることもわかる。

 だがな、それでも生きろ。生きなければ、お前の大切な人を悲しませることになる」


 バーバクは顔を上げ、静かな表情のままファルハルドに、かつて自分たちが毒巨人によって仲間を失った話を語って聞かせた。

 ファルハルドもバーバクとハーミが仲間を失っていたことは聞いていた。だが、こうして詳しく聞かされるのは初めてだった。


 バーバクは言う。


「俺も死にたいと願った。自分が生きることなど許されないと考えた。

 だが、な。あいつらは俺を生かした。自分の身を投げ出して、俺たちが生き残ることを望んだ。俺が今生きているのはあいつらの犠牲の結果だ。死ぬことなど許されない。

 あいつらが俺に生きろと言うのなら、俺は生きなければならない。お前の母御も、そう望んだ筈だ」


 ハーミは言う。


「儂は今も考える。最後のあの瞬間、どうしてシェイルを救えなかったのか、と。

 シェイルはジャミールの死を知り、自分も共に逝こうとした。愛する者を一人逝かせようとはしなかったのだ。

 儂はなんとしてでも止めるべきだった。ジャミールもそう望んだ筈だ。愛する者には生きていて欲しい、とな。人は生きてこそだと。

 儂は今もずっと悔いておる。お主になにかあれば、儂はまた悔いることになる」


 ハーミが長々と語っても、保安隊隊員は口を挟まなかった。急に窓の外の様子が気になり、そちらに気を取られているようだ。ハーミが話す間、ずっと窓の方へと目を向けていた。もっとも、鎧戸は閉められ、窓の外など見ることはできないのだが。


 ハーミはファルハルドの肩に手を置き、穏やかに告げる。


「急に考えを変えろと言っても、それは無理だろう。

 だがの、覚えておいてくれ。お主が死んで喜ぶ者など、ベルク王だけだ。他は皆、悲しむ。御母上も含めての。

 そして、考えてくれ。それは、お主にとってどうでもよいことなのかどうかを」


 ファルハルドは静かに頷き、呟くようにわかったと答えた。



 ハーミは手を打った。


「さて、と。では、そもそも訪れた理由である治癒の祈りを施すかの。一度、縛ってある布をほどくぞ。痛むかもしれんが、我慢せよ」


 バーバクは椅子に座ったまま身体を伸ばし、あとで俺にも祈りを頼むと声を掛ける。保安隊隊員は全員の様子を見守る。

 そういえばと、ファルハルドは思い出す。


「ジャンダルはどうしているんだ」

「ん? ああ、あいつか。あいつは今日、セレスティンのところに行ってるぞ」


 バーバクは軽く答えるが、ファルハルドにとってこれは意外だった。


「セレスティン?」


「そうじゃ。セレスティン殿はお主の減刑のためにだいぶ骨を折ってくれたからのう。おまけに罰金の支払いまで肩代わりしてくれるそうではないか。


 ジャンダルが昨日、裁判所で聞いてきたのだ。あやつも怪我をしておったが、怪我は一番軽くての。もはや治ったと言って、連日裁判所やこの保安隊の詰所にお主の様子を尋ねに来ておったのだ。お陰で沙汰が出たあと、すぐに教えてもらえてのう。

 セレスティン殿に礼を述べるついでに、レイラの様子も見に行っておるぞ」


「そうなのか」


 ファルハルドはハーミの治癒の祈りを受けながら、白華館のある方角に目をやった。

次話、「白華館の主」に続く。

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