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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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70. 騒動のあと /その③



 ─ 4 ──────


なんじ、西地区に住まう迷宮挑戦者、ファルハルド。其の方は三つの罪に問われている。


 一つ、同じ迷宮挑戦者であるダレル及びその仲間たちと争い、あやめた罪。

 一つ、遊興の場であり、忍傷沙汰が厳禁とされる娼館に於いて、剣を抜き争った罪。

 一つ、多数の人々で混み合う万華通りに於いて、剣を振るい騒乱を起こし多くの市民たちを危険に曝した罪。


 以上の罪について、これより沙汰を言い渡す」


 裁判官はここで一息つき、続けた。


「このパサルナーンに於いて、市民権を持たない迷宮挑戦者に適用される法は市民たちへのものとは異なる。

 さらには自らの命を賭け金とし、命の遣り取りを日常とする其の方らは暴力、死に近しい存在となる。


 よって市民を巻き込まず、法の比護下にない其の方ら同士が殺し合う分には罪とはならぬ。ダレル及びその仲間たちを殺めたことについては不問といたす」


 ファルハルドは驚き、目を見開く。


「次に、娼館に於いて争ったことは決して軽い罪ではない。

 だが、その件に関してはダレルの罪が深い。集められた証言により、ダレルが其の方に嫉妬しレイラを斬ったと考えられる。


 嫉妬は『暗黒の主(アンラ・マンユ)』が『万物の母(スプンタ・マンユ)』を襲い、『神々の主宰者(バガス・マティ)』が『悪神の王(タロー・マティ)』へとその身を堕とす原因となったほどの、神々さえをも揺るがす真に恐るべき罪。世界を乱す許されざる大罪である。


 よって、罪の大半はダレルにある。其の方の罪は軽い。罰金刑、小銀貨ドラフム五枚といたす」


 ちなみに、小銀貨五枚は大銅貨セル百枚にあたる。


「最後に、万華通りに於いて騒乱を起こした罪だ。迷宮挑戦者同士が争うのは其の方らの勝手。

 だが、街中に於いて剣を抜くなど許されぬ。ましてや、多くの市民を危険に曝すなど決して許されることではない。その罪は極めて深い」


 裁判官はファルハルドを厳しく睨む。


「其の方には八年間の苦役刑を言い渡す。パサルナーンからエランダール、あるいはその他の国へ貸し出される、無給の傭兵として働くことを命ずる」


 ファルハルドは少し視線を落とし、そうかと呟いた。覚えてはいないとはいえ、自らが行ったことの責任。ファルハルドに抗議を言い立てる気は起こらなかった。

 粛々と受け入れる。ただ、仲間たちとの八年の別れを考えれば胸にぎるものはある。



 そんなファルハルドの様子を見、裁判官は少し目元を緩めた。


「ただしこの件に関し、多大な被害をこうむった白華館のセレスティンが其の方の減刑を強く願い出ておる。


 セレスティンよりは其の方が起こした騒動による被害を補填するとの申し出もあった。さらには、被害を負った者たちへの見舞金の支払いも約束されている。

 全ての罰金もセレスティンが肩代わりするそうだ」


 ファルハルドは驚き過ぎ、反応することもできない。


「セレスティンはすでに騒動により被害を受けた万華通りの店主たちと話を付けたそうだ。

 そして、今回の被害から万華通りを復興させるため、様々な振興策を自分たちの手で実行するとの約束もあった。その手始めとして先日セレスティンの主導により、万華通りに於いて市民たちへの大々的な饗応が提供された。


 であるならば、其の方が万華通りに与えた被害はその大部分がすでに補填されたと言える。

 そして、……」


 ここで、少し裁判官が言い淀んだ。目を細め続ける。


「なにより、其の方の扱いに関しては『世俗を離れ静寂と禁欲の下、真理を探求し、真理に奉仕する愚者の集いし園』のフーシュマンド教導より格別の配慮を願われている。


 『愚者の集いし園』はこの街にとって極めて重要なものである。フーシュマンド教導はその『愚者の集いし園』の代表の一人。その願いを無下にすることなどできぬ」


 なにせ、『愚者の集いし園』でまともに話が通じるのはあの方ぐらいなものだからな、と少し遠い目をして零す。


「よって、苦役刑の期間を短縮し、其の方が傭兵として無給奉仕する期間は二年間とする。具体的にいずこの地に派遣するかは改めて担当官と検討し、後ほど保安隊を通して命ずる。


 また、傭兵という務めを勘案し、刑の執行は怪我の治療が終わってからといたす。それまでは保安隊の詰所に於いて療養と拘禁を行う。

 療養期間中の治療及び生活に必要な費用は貸しつけられ、その費用は傭兵としての貸し出し期間の延長をもって返済に充てることとする。拘禁期間中は面会は一日一人、保安隊隊員立ち会いの下で許可する。


 以上をもって、一連の騒動の沙汰といたす」


 裁判官は威厳をもって、言い渡した。



 沙汰の言い渡しが終わり、隊員はファルハルドを部屋から連れ出そうとする。が、ファルハルドは抵抗する。顔を強張らせ、唾を飲み込む。おずおずと裁判官に問いかけた。


「その……、レイラは無事、なのだろうか? どうしているのか、教えてはもらえないだろうか」


 裁判官は再び額に皺を刻み、机を叩く。


「立場をわきまえよ。沙汰を言い渡すこの場で、小官に他の者のことを問いかけるなどあり得ぬ。思い上がるな」


 済まない。ファルハルドは力なく謝罪し、大人しく連れ出されようとした。


 その時、裁判官が木札の山から一枚の木札を取り出し、廊下に向かって怒鳴りつける。


「事務官、どうなっておるのだ。今回の沙汰とは別の、ただ今療養中のくだんの白華館の娼婦を、療養が終わり次第、自治都市パサルナーンから所払いとするための手続きの指示書が混ざっておるではないか」


 ファルハルドは思わず足を止め、振り返った。裁判官はファルハルドと目を合わさない。そのまま早く出て行けと手を振る。ファルハルドは目を合わさぬ裁判官に黙って頭を下げた。



 そう、これこそが政治家の振り出しとして、期待を掛ける若者に裁判官などの役職を経験させる理由。


 法の運用は厳密でなければならない。当たり前のこと。だが、人の世に法を適用するのなら厳密なだけで成り立たない。肝心なのは血の通ったさじ加減。

 人々の生の感情を知り、その生活を、望みを、事情を知り、よりよき答えを得るためにはどうすればよいかを考える。この姿勢を身に付けさせるために、若者を下々の者たちの生の声を聞く役職に就けるのだ。


 この気難しげな裁判官もしっかりと人情を理解できている。人を育てようとするパサルナーンの未来は明るいだろう。

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