09. 子供たちと一つの決意 /その②
この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。
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正面に兵士あがりの男。左に二人、右に一人。斧を持つ男たちは左右に分かれ、ファルハルドを取り囲む。
棍棒を持つ男は腰が引けている。兵士あがりの男の後ろで震えながら、棍棒を構えている。
「てめえ、何者だ」
兵士あがりの男がファルハルドに怒鳴りつける。囲む男たちも口々に大声でファルハルドを威嚇する。
ファルハルドは顔色一つ変えない。ファルハルドが戦い続けてきた相手はイルトゥーランの暗殺部隊。気配を消し、隙を衝き、闇から襲いかかる男たち。
その男たちと比べれば、目の前の賊たちなど騒がしいだけの猿にも劣る下等な獣。恐れる理由など存在しない。
だが、ファルハルドは動けない。今、室内には娘がいる。ファルハルドは一人で戦い続けてきた。守るべき者がいる状態での戦い方がわからない。
困惑する。どう動くべきか。間違っても、賊たちを通せない。迷いがファルハルドの動きを制限する。
「ちっ、糞が死にやがれ」
兵士あがりの男が吠え声と共にファルハルドに斬りかかる。一拍遅れ、左右からも斧が振り下ろされる。
兵士あがりの男の斬撃はなかなか鋭い。斧を持つ男たちも荒い動きだが、その動きに躊躇いはない。賊に身を堕とした男たちはもはや人を斬ることに慣れている。
それでもファルハルドには届かない。所詮、連携などまるでない、ばらばらの動き。
軌道を見極め、左に踏み込み避ける。
その動きに全体重を載せ、一人の脇腹を肘打ち。肋骨を圧し折った。
打たれた賊は武器を取り落とす。呻き声を上げ、反吐を吐きながら身を屈する。賊は多い。戦力を失ったのなら、止めを刺すのは後回し。
素早い足捌きで横を擦り抜け、別の賊の背中を斬りつける。苦悶の声を上げる男を蹴りつけ、兵士あがりの男にぶつける。二人は縺れ合うように倒れ込む。
後ろで棍棒を構えていた男は、奇声を上げながら逃げ出した。
追うべきか。一瞬、ファルハルドは迷う。だがその時、無傷で残っていた男が室内に入る素振りを見せた。
させない。ファルハルドは地を滑るように駆け、突きを繰り出す。狙い過たず、急所を貫く。男は断末魔の叫びを上げた。
拙い。剣は深く刺さり、容易には抜けない。小剣を刺したまま、男は地面に倒れ伏す。
ファルハルドは男に足をかけ、剣を引き抜こうとした。
ファルハルドの足が止まる。この好機を逃さず、縺れ合って倒れていた兵士あがりの男と斧持つ男が襲いかかる。
躱す。が、わずかに遅れた。ファルハルドは背中と腕を斬られ、呻き声を零す。
賊たちは続けて踏み込んでくる。ファルハルドは暗く鋭いその目に力を籠め、眦強く賊たちを睨む。
賊たちは息を呑む。ファルハルドの視線に射竦められ、賊たちは立ち竦む。脇腹を打たれた賊は、未だ反吐を吐きながら蹲っている。戦える状態の賊はあと、二人。
だが、ファルハルドには武器がない。剣は倒れた賊に刺さったまま。抜こうとすれば足を止め、無防備になる。
賊の斧が二本、地面に落ちている。
一本は反吐を吐く男の横、ファルハルドを狙う賊のその向こう。もう一本は止めを刺した賊のすぐ横、ファルハルドの斜め後ろ。拾おうとすれば、ファルハルドを狙う賊たちに背を晒すことになる。
賊たちに油断はない。ファルハルドの一挙手一投足を警戒している。武器を手にする隙を見出せない
ファルハルドと賊たち。どちらも不用意には動けない。
均衡。奇妙な静寂が場を支配する。
その時、反吐を吐き続けていた男が狂ったように叫んだ。男は怒りに顔を染める。正気を失っている。男は左手で斧を拾い、他の賊を押しのけファルハルドに襲いかかる。
ファルハルドは後ろに下がる。後ろは家屋。一歩下がれば、もう家の壁。これ以上、下がることはできない。
賊は迫る。斧が陽光を反射し、振り下ろされた。
ファルハルドは身を屈める。振り下ろされた斧は家屋の壁に刺さった。
ファルハルドは伸びあがり、頭突きで男の顎を搗ち上げる。目が眩む。だが、今は躊躇する時ではない。
歯と血を零す男を突き飛ばし、残りの賊たちにぶつけ、接近を妨害。壁に刺さる斧の柄を掴む。体重をかけ、一気に引き抜いた。
斧持つ賊はぶつけられた仲間を振り払った。ファルハルドと視線をぶつけあう。ファルハルドの頭を狙い、斧を振り下ろす。
ファルハルドは素早く距離を詰め、賊の懐に入った。斧の刃はファルハルドに当たらない。
賊は慌てて距離を取ろうとする。させない。一閃。横薙ぎに払ったファルハルドの斧が賊の腹を断ち割った。
賊は腹を押さえ、膝から崩れる。賊の身体がファルハルドに圧しかかる。
圧しかかる賊の身体を避け、最後に残った兵士あがりの男に目を向ける。
しかし、その姿はなかった。家々の向こうに、仲間を見捨て一人逃げ出す兵士あがりの男の背中が見えた。