始原の記し
妬みは魂の腐敗である。
- ソクラテス -
世界が始まる前、そこにはただ一人、『万物の母』だけがいた。
『万物の母』は身の回りに漂う、不確かな混沌から光を選り分け、その光を偉大なる『創造の光』と為した。『万物の母』は『創造の光』を用い、太陽を創り、月を創り、星を創り、『神々の大地』を創った。
さらにその身の内に多くの光を集め、その身より『神々の大地』に共に暮らす『十の神々』を創った。
『万物の母』が光により世界を創り出した時、混沌に残された闇が凝り、全ての光を喰らう『暗黒の主』が産まれた。『暗黒の主』は光輝く大地を羨望し、『神々の大地』を喰らい尽くそうと攻め入ってきた。
『万物の母』は『暗黒の主』に対抗するため自らの頭から『神々の主宰者』を、自らの心臓から『始まりの人間』を創った。
そして、『神々の主宰者』には暗黒を制御する力を与え、『始まりの人間』には自分と同じく光からあらゆるものを創り出す力を与え、共に手を取り合い『暗黒の主』と戦うように命じた。
しかし、『神々の主宰者』は、なぜ自らに光からあらゆるものを創り出す力が与えられなかったのか、不満を抱いた。
頭から産まれた自分こそが最も優れ、最も愛される存在である筈だ。なぜ自らに劣る『始まりの人間』に『万物の母』に等しい力が与えられたのか。『神々の主宰者』には認めることができなかった。
『神々の主宰者』はその嫉妬から『始まりの人間』を裏切った。『暗黒の主』が迫りくる中、背後から『始まりの人間』に襲いかかった。
『始まりの人間』は倒れ、『暗黒の主』に喰らい尽くされた。そして『神々の主宰者』は『万物の母』の怒りに触れ、『悪神の王』へと堕とされた。
ついに『暗黒の主』が『神々の大地』に迫り『万物の母』の前に立った、その時。『万物の母』から漏れ出す光を浴び、『暗黒の主』の内で喰らい尽くされていた『始まりの人間』が目覚めた。
喰らわれるも、未だ『暗黒の主』の身に取り込まれてはいなかった『始まりの人間』の半身が飛び出し、『暗黒の主』の身体を多くの欠片に引き裂いた。
引き裂かれた『暗黒の主』の欠片は、すでに己の内に取り込んでいた『始まりの人間』の残りの半身が持つ、あらゆるものを創り出す力の作用により、その欠片から『悪霊たちの長子』と『四大悪霊』を産み出した。
それを見た『万物の母』は、欠片からこれ以上強力な悪霊たちが産まれぬよう、残された大きな欠片を集め『創られた者たちの大地』を創り、無数の細かな欠片から多くの精霊と命あるものたちを創った。
しかし、『始まりの人間』はそれでは充分ではないと考えた。
『創られた者たちの大地』を『暗黒の大地』としないため、『始まりの人間』は『創られた者たちの大地』を治める者として、最後に残った欠片から人の五つの種族、『信仰篤きアルマーティー』、『身軽さ秀でるイシュフール』、『力抜きん出たウルス』、『器用さ優れるエルメスタ』、『折れぬ心持つオスク』を創った。
そして全ての仕上げとして、創られた者たちがいずれその内にある『始まりの人間』の力に目覚め、その力を『始まりの人間』に還す刻のため、『創られた者たちの大地』の中心に『神々の大地』に通ずる『パサルナーン神殿』を創った。
『悪神の王』たちもまた、創られた者たちが持つ『始まりの人間』の力と『暗黒の主』の欠片を集め、自らが新たな『暗黒の主』となるために、それぞれの身から闇の眷属たちを産み落とした。
『悪神の王』は神々と等しき力を持つ『穢れた悪魔』を、『悪霊たちの長子』は大地を喰らい海を飲み干す『忌まわしき悪竜』を、『第一の悪霊』は永久に安らぎを知らぬ『呪われし亡者』を、『第二の悪霊』は大地を引き裂き傷付ける『狂える巨人』を、『第三の悪霊』は血と泥に塗れた爪と牙を持つ『汚れた獣人』を、『第四の悪霊』は決して満たされることのない『貪る無機物』を産み落とした。
『神々の大地』と『創られた者たちの大地』。そこに暮らす神々と数知れぬ精霊や動植物たち。そして、人と闇の怪物たち。
ここに全ては揃い、世界は整えられた。
『創られた者たちの大地』に生きる全てのものは、『始まりの人間』の『創造の光』と『暗黒の主』の『喰らい尽くす闇』を併せ持つ。
生けとし生きる者たちよ。汝、その身の内の光に目覚めよ。その身の闇に囚われること勿れ。その穢れを払い、正しき道を歩め。その道こそが神々へと通ずる。
――ドゥルカ教最古の写本、エスカペテイ文書“始原の記し”より――
そして、遙かな時が流れ、地上から神々の恩寵が薄れた時代。中央大陸北方の軍事大国、イルトゥーランの大森林から新たな物語が始まる。
次話、「序章 『出会い』」に続く。