第18話 強化合宿
「……ねぇ、あれって本当に有紗なの?」
「……そうみたいだ」
「見えた?」
「いや紫電一閃は視覚で分かるもんじゃない。抜刀した瞬間には終わっているから」
「そうよね……でもこうして生でも見ると、ちょっと怖いわ」
「あぁ。あれは……俺でも脅威に感じる」
「勝てるのかな……」
「勝てる。勝つしかない。あれはレイだが……超えるしかない」
抽象的な言葉だが、確かにそう思った。有紗は、いやアリーシャのあの立ち振る舞い。そしてあの秘剣は紛れもなくレイそのもの。過去の俺を彷彿とさせる妹を見て、俺は……止めるべきだと思った。
妹は俺と同じ世界にたどり着こうとしている。孤独で孤高、勝利を重ねても満足感はなく、常に何かに追われているような感覚に陥る。確かにプロの世界は地獄だがあの精神では……先に心をやられてしまう。
俺は今の試合を見てそう思った。アリーシャはわざわざあの屋上で挑発するように待つ必要はなかった。確かに紫電一閃を出せば勝てるが、ロニーが引いてスキルを使ってくればかなりの痛手になったはずだ。でも相手を挑発するように構えて、ロニーもそれに乗ってしまった。きっとパッと出てきたプレイヤーに剣技で負けたくないと思ってしまったのだろう。
「あれってわざとよね?」
「わざとだろう。見せつけるようにして、出したに違いない」
「アリーシャなりの宣戦布告かしら」
「そんなところだろうが、やはり攻略法は……」
「もし現役時代のレイだったらどうするの?」
「他の秘剣を使うか、それとも同じ紫電一閃を使うか……でも秘剣を使えるプレイヤーはプラチナリーグでも限られた人間だけだ。アマチュアでは……もう相手にならない」
「私以外……でしょ?」
「……そうだな。シェリー以外には対処できない。でもいけるのか?」
「明確なプランはまだないけど、勝つわ。それにどのみち、世界レベルになるにはあの程度の相手に勝てなきゃダメじゃない?」
ウインクをしてこちらに微笑みかけてくるシェリー。どこまでも強気、でもその目には燃えるような意志が宿っている。そんな気がした。
「その通りだ。現在のプラチナリーグを見れば分かるが、世界レベルはもっと高次元だ。秘剣の一つでもどうにかしないと、先には進めないさ」
「ふふ。燃えてきたわ。さて……レイ、戻って練習しましょ」
「今日は厳しくいくぞ?」
「もちろん!」
そして俺とシェリーはその場を後にする。一瞬だけ、アリーシャがこちらをじっと見ている気がした。でも改めて見返すと、すでにマスコミの取材に応じていた。
有紗。俺は……俺たちはお前に勝つ。そこで待っていろ。俺たちは絶対に負けはしない。
◇
翌日の昼休み。そして屋上に今はいる。最近はシェリーもここにくるようになっていた。まぁ人がいないところでしかBDSの話はできないからちょうどいい場所だ。
「合宿をします!」
「あ、はい」
「いいわよね?」
「明日から三連休だしちょうどいいと思うけど」
「決定ね! じゃあ、今日の夜に迎えにいくから!」
え? 今日の夜に迎えに行くから?
どういうことだ? 合宿と言っても別にBDSに籠るだけだろう。迎えに行くも何もインターネット環境があれば大丈夫なはずだが……。
「どこか行くのか?」
「合宿といえば山籠りでしょ。でもそれはできないから……私の家で特訓よ!」
「家って……親御さんの許可とかいるだろ」
「パパは今はアメリカにいるし、ママは確か今はイギリスだったかな? 三連休は誰も家にいないから大丈夫よ!」
「グローバルな家庭だな。でも、当然といえば当然か」
シェリーの家はVR産業の中でも最大手の『クオリア』という会社を経営しているし、色々とあるのだろう。俺たちの知らないような苦労というものが。
「有紗には内緒よ?」
「ん? あぁ……そうだな。有紗には特訓しているなんて言わないほうがいいよな」
「もちろん! 特訓は隠れてやるのが意味があるのよ!」
「だな。じゃあ夜にお邪魔するよ。着替えも持って行くから」
「よろしく! 三日間はBDSに浸りましょう!」
そして自宅に帰って準備をしていると、じっと有紗に見つめられる。
「その荷物……どこか行くんですか、兄さん」
「友達のところに泊まりにな。三連休は家にいないから」
「ふーん。お母さんとお父さんには言ったんですか?」
「言ってあるよ。いいってさ、別に」
「ふーん。ふーん!!」
妙に不機嫌になっている有紗を俺は無視して、そのまま家を出た。するとちょうど、シェリーがひょこっと顔をだす。
「やっほ〜。じゃあ行きましょうか!」
「そういえば、家はどこなんだ」
「あそこよ」
「え?」
指差した先には自宅からもよく見えている超高層マンションが立っていた。あそこは確か家賃の桁が普通と2つほど違うところだったが……まさかシェリーって俺の思っている以上に金持ちの家なのか……伊達にVR産業で儲けてはいない、と言うことか。
「ねぇ、買い物して帰りたいんだけど……いい?」
「いいけど。何を買うんだ?」
「晩御飯の食材」
「作るのか?」
「うん。いつも一人で作って一人で食べてるから」
「家にはいつも一人なのか?」
「うーん。時々パパが帰ってくるけど、ほとんど一人ね」
「そうなのか」
「でも別に寂しくないわよ? 私にはBDSがあるし。今は朱音もコーチとして付き合ってくれるしね!」
にこりと微笑むシェリー。それは街灯に照らされてよく見えなかったが、どこか影が差しているような……そんな気がした。
◇
「じゃあ向こうで会いましょう」
「了解」
シェリーの家について晩御飯を食べると、俺たちは早速BDSの世界に潜った。ちなみにシェリーの家は予想の倍は広いし、綺麗だった。俺とは違う世界に住んでいるんだなぁと思いながら晩御飯を振る舞ってもらい、今は一緒のベッドで横たわっている。俺はリビングのソファーを使おうと思ったのだが、配線の関係で自分の部屋がいいと言われたのでシェリーと隣り合わせで寝ている。
同い年の女の子と同じベッドにいるのは色々とまずい気もするが、別にBDSに潜るだけだしいいだろう。
そして俺とシェリーはいつものようにプライベートルームを作成して、早速トレーニングを開始するのだった。
「遅い、遅いッ!! 紫電一閃はこんなもんじゃないぞッ!!」
「……分かってるわよッ!」
「感情的になるなッ! 試合は常に冷静に立ち振る舞え!」
「……はいッ!」
現在はひたすら俺の攻撃を避けるだけのトレーニングをしていた。アリーシャは限りなくレイに近い。だからこそ、その身に刻み込む必要があった。日本刀の間合い、そしてどんな攻撃、どんな行動をしてくるのか。
今はその中でも俺の攻撃を回避することだけを課している。はっきり言って日本刀を使うプレイヤー……その中でもレイと戦うことを考えれば、防御などしている暇はない。剣で防御をしても次の瞬間には連続攻撃を浴びるからだ。
つまり対処法は他の方法を選ぶ必要がある。
一つ、剣技による妨害。と言ってもこれは現実的ではない。剣技は間違いなくアリーシャの方が上だからだ。
二つ、スキルによる妨害。これが一番現実的。スキル、中でも四大属性、身体強化、五感拡張のスキルは必須になる。
三つ、純粋に回避だけする。これは現実的ではないが、必要な技能だ。BDSはガードが主流になることはあり得ない。アップデートを重ねるたび環境は変化しているが、それはスピード重視になってきている。だからこそ、ガードなどしていては遅い。躱して斬る。そのシンプルな行動ができれば強い。スキルとの兼ね合い、さらには選ばれるスフィアにもよるがまずは基本を磨く必要がある。
そのため、今はこうしてシェリーにひたすら避けるだけの訓練を課している。
「遅いッ! 今のは致命傷だぞッ! もっと、よく見ろッ! 行動を予測しろッ!」
「はいッ!」
シェリーは絶対領域を発動している。彼女の場合は、視覚によるアプローチがいいようで目で見た情報から自分の領域というものを形成している。だがまだ流石になれないようで、何度も俺の攻撃を受けている。
「……いいか。レイ……いや、アリーシャは絶対に連続攻撃をしてくる。俺が得意としていた秘剣もあるが、基本的な剣技にも気をつける必要がある。それに使うのは紫電一閃だけじゃないかもしれない」
「他にもあるってこと?」
「今のアリーシャを見ていると、もう一つは持っているかもしれない」
「名前は?」
「百花繚乱だ」
「それって……確か、30連撃する秘剣よね?」
「あぁ。あれは出した瞬間に止まることはないし、防ぐことも容易じゃない。一撃目を喰らえば一気に持って行かれる。それに紫電一閃と違って、納刀する必要はないからな。基本的な剣戟の間に挟み込める代物だ」
「そう考えると、本当に現役時代のレイって化け物よね。秘剣を10も持っていたんでしょ?」
「今は俺の話はいい。とりあえず、百花繚乱は再現できないが連続攻撃を仕掛けるから全部避けてみろ」
「はーい」
「伸ばすなッ! 気合い入れていけッ!」
「……はいッ!」
シェリーはずっと同じことをしているのが嫌なのか、気持ちに乱れが出ている。俺もあまり精神論とか、根性論的なことは言いたくはない。それでもメンタルは必須要素なのだ。一瞬の乱れで全て持って行かれる世界、それがBDS。しかも、アリーシャは全体的な実力を見てもすでにプロのシルバーリーグ相当。そして秘剣だけを見ればプラチナリーグのプレイヤーと匹敵する。
だから油断はできない。本当に少しの油断が敗北に近づくのだ。
「まだ遅いッ! もっとよく見ろッ! でも、見るだけじゃダメだ。見た上で、次を予測して動けッ!」
「注文が多いわねッ!!」
俺の剣戟はそれから二時間にも及んだ。シェリーは完璧とまでは行かないが、それなりに日本刀の距離感というものを掴めたはずだ。後半はかなり避けれるようになっていた。
「よし、今日はここまでだな」
「はぁ……疲れた……」
ばたりと倒れ込むシェリー。厳密に言えば、肉体的な疲労は存在しないが何時間も同じことをすれば脳が飽きてくるもんだ。俺もその気持ちはよくわかる。
「後半はだいぶマシになっていたな」
「ほんと?」
「実感ないのか?」
「レイが鬼コーチすぎて、必死だったわよ……」
「でもこれぐらいしないとアリーシャには勝てない。それにプロになって、プラチナリーグに行くにはもっと技量がいる。さらにタイトルを取ろうと思えば、ハードルは際限なく上がる。シェリーの目標はプロになることだけなのか?」
「……私は世界最高峰のプレイヤーになりたい」
「ならプロは通過点だ」
「そうね。プロの世界はもっと過酷なのよね」
「だから努力するんだ」
「……レイも努力していたの?」
「天才と言われていたが、俺は時間の全てをBDSに捧げていたよ」
「……なら私も頑張るしかないわね!」
そして俺たちはこの日はそこまでにして、そのまま同じベッドで寝てしまうのだった。




