近くて遠い距離
『好きな人ができるとその人のことをずっと考えて、もっとその人のことを知りたくなったりしたことはない?
粘着質って思われるほどメールを送ったことは?
こっそり後を追ったり、写真を撮ったりしたことは?
私は後を追ったり、写真を撮ったりはしないけど、若干ストーカーと化していた。
いつでも話しかけるタイミングを狙っていた。
話しかけられてうれしくなったりした。
ことあるごとにメールを送ってた。
やっぱりうざいんだろうね?
好きでも嫌いでもない人間からメールが来たり、話しかけられたりするのは嫌だろうね。
自分でもわかっている。
でもやめられない。
ごめんなさい。
好きでいていいですか?
駄目?やっぱり?
ごめんね。やっぱりうざいよね。
もう消えるねさようなら。』
そんなメールが届いた日。
「…はあ?」
なんだこのメール。なんか相手が死んでそうで怖い。
そう思って電話をかけたけど、電話に出れないという事務的な声が聞こえるだけだった。
届くかわからないメールを私は打った。
『月野のこと、私好きだよ。
私も月野に話しかけられると嬉しいし、もっと話したくなる。
うざくもないし、むしろもっと話したい。
好きでいてください。こんな私でもよければだけど(笑)』
次の日。
月野が登校してくるのを見て私は彼女の所へ行った。
「ああ…昨夜はごめんね。変なメール送っちゃって」
彼女は下を向いて私の顔を見ようともしない。
「実はさ、昨日自殺しようとしたんだ」
「なんで?いつ?」
「あのメール送ったすぐ後。結局失敗しちゃった」
はははとかわいた笑いをこぼして彼女は言う。
「メールの返信、ありがとう。なんか生きててもいい気がしたよ」
月野は度々そういうことをする。
何故か、死にたくなって(原因は些細なことが多い)実行に移すのにいつも死ねない。
「私のこと好きならさ、約束、してくれない?」
私はふと思いついてある提案をすることにした。
「ん?いいけど私ができそうなことにしてね」
「私より先に死んだりしないで」
「えーそれは無理だよ」
即答だった。
しかしそれであきらめるほど私は弱くない。
「じゃあ言い方変える。もう自殺したりしないで」
「それも多分無理だよ。だって私には何もないもん」
「私がいるじゃん。大親友の智香様が」
ドンと胸を張る。
「自分に様付けするの?」
苦笑いを浮かべる月野。
「いいじゃん別に」
なんだか急に恥ずかしくなって意地を張った。
「智香に迷惑かけたくないんだよ」
「自殺することが迷惑かかってるって」
「そうかなあ」
「自殺したら、私以外の人にも沢山迷惑かかるよ」
「うーん…じゃあ頑張ってみます」
そう言って笑顔を向けた月野の姿を今でも思い出す。
「智香ー」
「よっ月野」
久しぶりに会った月野はなんだか少し太っていた。
前は具合が悪そうな顔をしていたのに今では明るい顔をしている。
「やっほーひっさしぶりだねえ」
「だって大学が忙しいからさ。なかなか時間取れないんだよ」
「ごめんね、暇人で」
申し訳なさそうにする月野。
でも本当に悪いのは私だったから励まそうとして言葉を発した。
「月野が暇人だとはだれも言ってないじゃん」
「そうだね。えへへー智香と会うの久々すぎて緊張してるよー」
月野が胸に手を当てて深呼吸するそぶりをする。
「大丈夫。すぐいつも通りになるって」
一応フォローしておく。
「そうかなー?私昔よりだいぶ太ったし、軽蔑されてない?」
「確かに太ったなとは思うけど軽蔑はしないよ」
本当のことを言うと月野がぐっと渋い顔を作った。
「ううー…これでも太ったの気にしてるんだよ?」
「じゃあダイエットしなきゃね」
「おやつがやめられないんだよーあと運動嫌いだし」
今でも月野は生きている。
それは、私との約束を守ってくれているからだろうか。
それとも、一人でまだ繰り返しているのだろうか。
それは分からない。
でも、久々に会う月野はとてもきれいな笑顔を私に向けていた。