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Mirror Twin  作者: Suzugranpa
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第25話 サネカズラ

 春風優しい3月、コカゲは県立浅倉高校にやって来た。校門をくぐり、本館校舎の角を曲がると講堂がある。その脇に掲示板が並んでいた。前には人だかりができている。コカゲは一番後ろで背伸びをして掲示板に張り出された番号を追っていく。 


 1187 1187 ・・・


 コカゲはヒナタが北海道へ旅立った後、フルートの先生に相談し、数日間悩んだ末、浅倉高校を受験することを両親に宣言した。県内でも難関校の一つで、かつ、唯一音楽科がある高校だ。てっきり反対されると覚悟していたのに両親はあっさりと認めてくれ、コカゲはいささか拍子抜けした。それどころか勝重は『ヒナちゃんに恥ずかしくないよう頑張れ。初リサイタルはヒナちゃんに絶対来てもらえ』と鼻息が荒かった。友愛学園高校へエスカレータ式で行くつもりだったコカゲはその日から突然受験体制に入り、家庭教師を慌てさせ、しかしあっと言う間に合格判定Aまで成績を伸ばしたのだ。


 1170 1174 1181 1()1()8()7() あった!


 コカゲは満面の笑みを浮かべた。やったよヒナ。私も頑張る。世界目指すよ。コカゲはスマホを取り出すと桜満開のスタンプをヒナタと莉に送った。


 コカゲが合格発表を見に出かけた後、莉は一人であれこれ考えていた。受験は多分大丈夫だろう。コカゲがフルートを極めるのはいい事だ。そこそこの技量であることは知っている。勿論コカゲは努力も惜しんでいないが、受験を告げた時、フルートの先生は言ったのだ。


『コカゲさんには天性のものがありますからね。間を見切れると言うのか、リズムや強弱とか全部含めて音楽空間を上手くトータルデザインできるって言うか。一歩引いて自分の音楽を見て創れるんですよ』


 きっとコカゲの実の両親はそう言う面に(ひい)でていたに違いない。だって私も勝重さんもそう言う意味では極めて不器用で教えてなんかあげられへん。先生は上手いこと言わはる。空間をトータルデザインやて。


 あれ?これって昔聞いた事ある気がする。何やったっけ。莉は記憶を辿(たど)った。えーっと。ふと庭を見渡した莉は思い出した。そうそう、ヒナちゃんのお父さんや。ここをやってもろた時や。


『庭師言うのは一本一本の木を剪定(せんてい)するだけ違うんです。庭全体をトータルデザインするんですわ。それぞれの木に役割持たしてあげて、それに沿うて、おまえはこういう感じで行くからなって話するんです。まあ俺は嫌や!とかは言いませんけどな』


そう言ってた。隣でカオリが


『せやから時間かかって仕方ないんですよ。初めの半日は庭全体を眺めてるだけですもん』


と笑ってた。


 莉はまた庭に目をやった。春の陽に木々の陰影が柔らかく白砂に映っている。その宇吉がデザインし、手をかけてから2年以上が経っている。ちょこちょこ勝手に剪定しているから、きっと天国の宇吉は苦笑いしているに違いない。


 コカゲも同じ目で曲を見てるんや。私にはやっぱり出来へんな。コカゲが庭をやってくれたら今よりマシやったかも知れへんな。ふとそんなことを思いついてガレージの方を見やった。サネカズラ。最後に宇吉さんとカオリさんが植えてくれた木。毎年小さい可愛い花を咲かせてくれる。あの木はどんな役割やったんやろな。


 莉はスマホを手に取った。サネカズラを調べてみる。ふうん、花言葉まであるんや。『再会』か。


 その瞬間、莉の頭の中で何かがつながった。宇吉の才能、コカゲの才能、そしてヒナタちゃん・・・。お誕生日が一緒。コカゲの最初の名前はヒカゲやった。ヒナタとヒカゲ。まさか・・・。


 ムクムクと頭をもたげてきた一つの可能性。もしそうだとしても最早宇吉やカオリには聞けない。そんなことコカゲだって知る訳がない。今更の話である。そうだ、コカゲの母親は私でしかない。


 考えても(せん)無いこと。だけど宇吉さんとカオリさんがサネカズラを植えた意味は、役割はそれじゃないのか。


 莉が背筋を伸ばした時、スマホが鳴った。桜満開のスタンプがポップアップしている。


『受かったよ!学校寄って、報告してから帰ります』


 莉は、おめでとうスタンプを連発し、勝重にもメッセージを入れた。そしてふと思い立った。事実がどうであれ、宇吉さんとカオリさんにも報告しよう。コカゲが帰って来るにはまだ時間がかかりそうだし、掛川家のお墓は車で20分もあれば着く。莉は自分用の小さなBMWのクーペに乗り込んだ。まずはお花屋さんや。


 コカゲは友愛学園中学の職員室で担任だった先生に報告してから校門に向かって歩いていた。丁度花壇で社会科の先生が花を摘んでいる。


「先生!合格しました!」


 首にタオルを巻いた教師は振り向くとやっこらと腰を上げた。


「おお松永さん。そうか。良かった、おめでとう!どんだけ有名になるんか楽しみやな」

「有難うございます。先生、何してはるんですか?」

「花壇の整理や。ここに石碑を置くらしいから、せっかくきれいに咲いてんねんけど、お花摘まなあかんねん。丁度ええわ、松永さん、お祝いの花束に持って帰り。ウィンターコスモスとビオラとかやけど」


 コカゲは新聞チラシでくるまれた小さな野花のブーケを貰い校門を出た。うーん、これどうしよう。家に植えられるんやろか。あーあ、こんな時にヒナのお父さんがいてくれたら聞けるのになあ。


 考えながら歩いていたコカゲはふと思いついた。そうや、ヒナのお父さんとお母さんにも報告しよう。本当のお父さんとお母さんやし、そら報告せなあかんやろ。コカゲはヒナタと何度か訪れた事のある霊園を目指してバスに乗った。


 掛川家の墓前は少し荒れていた。市役所の人が時々来て手入れしてくれるそうだが、それ程期待できないってヒナが言ってた。その通りやな。コカゲは枯れた草花を捨て、管理事務所から柄杓(ひしゃく)を借りて来て水をかけ、そして学校で貰った花壇の花を入れた。


 うん、きれいや。きっと喜んではる。よし、報告や。初めてやな一人で来てお話するの。今まではヒナのお父さんお母さんって話しかけて来たけど、今日はちゃんと言おう。声に出してちゃんと話しよう。


 コカゲが墓前に(かが)んだ時、莉が霊園に入って来た。莉はぎょっとして立ち止まる。コカゲ?やっぱりコカゲや。 なんで?


 もしかして・・・コカゲは。 


 莉はドキドキしながら他の墓石の間に身を隠した。コカゲの声が聞こえる。


「お父さん、お母さん。コカゲです。初めてお父さんお母さんって呼びます。何かちょっと恥ずかしい。私には育ててもらった大切なお父さんとお母さんがいるからいつもは呼ばれへんけど、ここでだけ呼びます。 お父さんとお母さんが植えてくれたサネカズラで、私、判りました。他にもいろいろあってオフジにも峯婆ちゃんにも環さんにも言われて、それできっとそうやと判りました。それでね、ヒナと話して、ヒナがお姉ちゃんで私が妹になったんやけどそれで良かったかな。ヒナは北海道で頑張ってます。高校行かへん言うてたけど、近くの高校を受験して合格したんやて。ヒナは賢いからどこでも受かるわ。お母さんと一緒やね。それでね、私は浅倉高校の音楽科に受かりました。フルート頑張る。今度ここで吹くね。ヒナはあんまり来られへんから代わりに私が時々来て、ヒナの話も一緒にするね。ヒナは北海道でまたオーロラ飼うみたい。まだ子犬やねんけど、前のオーロラとおんなじ色で、目の色もおんなじなんやて。ほら」


 コカゲはスマホを取り出して墓前に向けた。


 莉は涙でそれ以上聞くことが出来なかった。コカゲ、優しい子に育った・・・。


 カオリさん、私、ちゃんと育てたやろ。ヒナちゃんの事も引き受けたよ。これから一生、ちゃんと二人とも見るから心配せんと見ててね。


 莉はぐしゃぐしゃの顔のままその場でそっと手を合わせると、ひっそりと車に戻った。コカゲの声はまだ聞こえている。



 莉がBMWをガレージに入れて30分後、コカゲが帰って来た。


「ただーいまー」

「お帰りー。おめでとう!」


 莉はガレージの近く、サネカズラの横でコカゲを待っていた。そして思いっきりコカゲを抱き締めた。いい子や。ほんまにいい子や・・・。


「あれ?お母さん、サネカズラ 二つ咲いてる!春やのに」

「うん。ぽっと温かくなったからかなあ」


 コカゲは思った。これ、お父さんとお母さんかな。私が言ったこと通じたんかな。莉がそっと花を撫でた。


「ヒナちゃんとコカゲやね。二つ花が咲いた」

「あっ、そーかも。写真、ヒナに送る! お母さん、ちょっと横によけてー」

「はいはい」


 今頃ヒナもLINEが来る予感がしているに違いない。オーロラを突っついて、ほら来た!って見せるかも知れない。おめでとうスタンプとオーロラの写真が溢れるスマホ画面に、コカゲは撮ったばかりの写真を送信した。


 ヒナと私?ううん、やっぱりきっとお父さんとお母さんや。


 二つの花は早春の風に大きく頷いた。


                                  【おわり】

最後までお読み頂き有難うございました。私事で恐縮ですが、私は毎日の通勤が車でして、途中、二つの中学校に近い交差点があります。赤信号で停まると、左から右に公立中学の生徒たち、右から左に私立中学の生徒たちがが渡ってゆきます。毎朝ほぼ同じ時間に通学する訳ですから、お互い顔も覚えるだろうな、友達になる子がいても不思議じゃないな。そんな風景から生まれたお話です。

春休み、きっとコカゲはヒナタに会いに行きます。重いキャリーケースから次々にお土産を取り出すコカゲと、いちいちそれに突っ込むヒナタが目に浮かぶようです。その傍らには子犬のオーロラを抱いた環が笑っています。

夜には二人で星空を眺めるでしょう。駈け寄って来たオーロラを膝に抱き上げると、そのオーロラ色の瞳にも星たちが瞬いているに違いありません。

どうか、この子たちの一生が幸せでありますようにと、双子座に願わずにはいられないのでありました。

有難うございました。

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