第18話 遺言
市役所の渡辺さんから、ヒナタに連絡が入った。大切な要件だからと松永家を訪ねて来たのだ。莉は気を利かせて渡辺さんをヒナタの部屋に案内した。
「ごめんねヒナタちゃん、突然で」
「どうかしましたか」
「あのね、今ヒナタちゃんの家から出した荷物をチェックしてるのよ。そしたらこれが出てきたの」
渡辺さんはバックから大切そうに紙袋を取り出した。その中から出てきたのは1通の封筒だった。キティちゃんの柄が入っていて、表には『ヒナタへ』とある。
「え?」
「多分お母さんが残されたものやと思う。読んでみて。私は今日はお暇するから、もし中に家に関する何かが書いてあったら明日でも明後日でもいいから教えてくれる?」
「はい。有難うございます」
ヒナタは玄関まで渡辺さんを見送ると、部屋に戻って封筒を手に取った。しっかり閉じているので端っこをハサミでカットする。
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ヒナタへ
突然ごめんね。これを読むヒナタが何歳だかさっぱり判らないのでちょっと書き辛いけど、お父さんとお母さんに、もしもの事があったらヒナタは一人ぼっちになってしまうから、ヒナタに伝えておきたかったことを書きます。
そんな大層な事じゃないから構えないでね。いつもの通りだよ。
ヒナタのこと、小さい頃から放りっぱなしで、ごめんね。いいお母さんなのか時々自問するけど、はっきり言うと、いいお母さんなわけないね。ヤンママって周囲には言われるしね。でもヒナタが「師匠」って呼んでくれるの、嬉しいよ。やっぱり私の娘だって思うもん。よく解らないと思うけど、いつかヒナタがママになって、同じように女の子が生まれたら、今のお母さんの気持ち、きっと解ってもらえると思う。
ヒナタは私の誇りです。何もしてあげなかったのに、よくぞここまで立派に育ったって、世界中のどこへ出しても恥ずかしくない娘です。
今日、コカゲちゃんちの庭の手入れに行ったのね。コカゲちゃんのお母さんとも話して、家にも入れてもらって、それも超立派な家で、コカゲちゃんも優しいお母さんに恵まれて幸せで良かったなって思った。ウチは団地だからえらい違いなんだけど、でも家に帰って来て、お風呂に入るお父さんや下で素振りしているヒナタを見て、やっぱりウチがいいなって思ったの。いつも植木に話しかける変なお父さんと、すっかり私に素行が似ちゃったヒナタだけど、これが一番の家族だなって思ったの。きっとヒナタはいつか出て行く家だけど、この家の温もりを忘れないで欲しい。
何だか取り留めないよね。コカゲちゃんちに行ったことで、ちょっとハイになってるからかな。そう、コカゲちゃんちのガレージの近くに、お父さんと一緒にサネカズラを植えました。夏にはまあるい可愛い花が咲きます。秋には赤い実がなります。そして花言葉は「再会」です。覚えていてね。
じゃあ、いつまでもヒナタはヒナタのままで、強く生きてね。
カオリ
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ヒナタは涙を堪えることも、声を押し殺すこともできなかった。お母さん・・・ あたしだって、お母さんは誇りやよ。どこへ出しても恥ずかしくないお母さんやったよ、師匠・・・。
何度手紙を読み返した事だろう、どれ程の涙を流した事だろう。重大事項が語られている訳でも、隠し財産へのヒントが隠れている訳でもない、日記みたいな手紙。
お母さん、それでも書こうと思ったんやね。有難う、お母さんに抱っこされて聞かされてるみたいや、お母さん。
お母さんはあたしに、オーロラが死んだ時『最後にどう思って死ぬかが、その人の一生が幸せだったかどうかを決める』と言ってた。お母さんはどうやった?最後にどう思ったん?あんまり急過ぎてそんなこと考えられへんかった?
でもこれ読んだら幸せやったんちゃうかって思うよ。良かったね、お母さん。
翌日、ヒナタは渡辺さんに『重要事項は何もありませんでした』と伝えた。あたしにとっては全部が超重要事項やけど。その日からヒナタはカオリの手紙を枕の下に入れて眠った。