第15話 庭師
「初めまして。いつもヒナタがお世話になります」
ヒナタの両親はコカゲの両親に頭を下げた。
「いえいえこちらこそ。ヒナちゃんにコカゲも元気貰って喜んでます」
フルートの発表会を見に行ったヒナタとオフジは、コカゲの両親とも顔見知りとなった。コカゲからいろんな話を聞いていた勝重と莉は、ヒナタの父親が植木職人と聞いて、是非自分の家の庭の手入れをお願いしたいと、コカゲを通じて申し入れたのだ。
今日がその初日。時々宇吉を手伝うカオリも一緒にやって来た。宇吉が勝重に尋ねた。
「何か気になる所とかありましたら仰って下さい」
「いやあ、よく判らんのですわ。見よう見真似で肥料あげたりしてたんですけど、枯らしてしもた木もありましてね。そのガレージの横の所がガランとしてますやろ。人が通る所やから花でも植えた方がええかなと思うんですけど、私ら二人とも得意やなくてね、ちょっと困ってますねん」
「判りました。何か考えてみます。そしたら早速見させて頂きます。広いんで三日ほどかかるか判りませんけど宜しくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。何か必要やったら言うて下さい」
こうしてヒナタの両親は松永家の庭園の手入れを始めた。宇吉はいつものように一本一本の木に話しかけ、丁寧に刈り込んだり枝を整えたりした。カオリもその下で道具を渡したり、庭に咲く冬の花を愛でたりしていた。そんな姿を部屋の中から見て莉は言った。
「全然タイプの違うお二人やのに息が合うてるねえ」
「うん。二人とも植物が大好きなんやな」
「ヒナちゃんが犬を大事に思ったのも血ぃ引いてるんやなあ」
「お母さん、ちょっとヤンママっぽいけど、賢そうやしね」
二日目、段々と木々が整って行く。莉は思い切ってカオリをお茶に誘ってみた。
「今日は主人もおらんので気楽にしてくださいね」
「有難うございます」
「ご主人も呼んで頂いたら」
「いえいえ、あの人は木と語り合ってる時が一番幸せみたいで。ここはいつも見ない木がたくさんある言うて凄い喜んでるんで放っておきます」
カオリは笑った。
「ヒナタちゃんっていい子ですね。優しいし剣道も強いし成績もいいみたいってコカゲから聞きました。躾が凄いなあって」
莉はティーカップを持ち上げる。庭が見える広いリビングルームだ。
「とんでもない。ウチは放ったらかしです。勝手に育ってしもたんです。木の方がよっぽど手を掛けてますわ」
カオリがまた笑い、莉も微笑んだ。
「コカゲちゃんもいい子やないですか。フルートも凄かったってヒナタが言うてました。大人しいけどめっちゃしっかりしてるねんって。それに木影ちゃんって素敵な名前やなあって思いました」
カオリもにこやかにティーカップを持った。
「実は名前変えたんです。元々も似たような感じの名前やったんですけどね。でも初めの名前もカタカナやったんで、そこは引き継いでカタカナにしたら、ヒナタちゃんもカタカナでびっくりしました。世の中に似た事考える人、居てはるんやなあって」
「そうなんですか。植木屋が惚れそうな名前ですよねえ」
「おーい、カオリー、ちょっと手伝うてくれー」
庭で宇吉が叫んでいる。
「はーい。すみません、ちょっと行って来ます」
「はい、よろしくお願いします」
カオリは引っ掛かった。莉の言った言葉。元々、木影と似たような感じの名前。カタカナ。まさか。
その夜、思い切ってカオリは宇吉に、今日莉から聞いたことを打ち明けた。
「もう記憶も殆どないんでちょっと曖昧やけど、もしかしたら」
「ん?もしかしたら何?」
「コカゲちゃんって、ヒカゲやない?」
「え?」
宇吉も腕を組んだ。14年前、手放したもう一人の娘 ヒカゲ。写真も何もないのでどんな子に育っているのか見当もつかない。しかしヒナタはコカゲとやたら息が合うと言う。二人三脚はまさにその通りだった。宇吉は沈黙の後、言った。
「もしそうやったとしても、何も出来へんな」
「判ってる」
「松永さんも何も知らん訳やから、そんな気配も出したらあかん」
「判ってる」
「カオリはお腹痛めたんやから、気持ちは揺れるやろうけど、我慢してくれ」
「うん」
しかし宇吉はなおも宙を睨んだ。
「とは言うてみたけど、何かしてやりたいな」
「・・・」
しばらく腕組みを続けた宇吉はカオリを真っ直ぐ見た。
「俺らに出来ることは、木を植えることだけや」
カオリはハッとした。
「うん。そうや。私、選んでみる」
「丁度ガレージの横の方がガランとしてるって言うてはったしな」
「うん、判った。有難う」
庭園の手入れの最終日、宇吉とカオリはガレージに通じる通路の脇にサネカズラを植えた。
「夏になったら可愛い花咲きますんで。秋には実がなりますし」
「へーえ、有難うございます。可愛いなあ」
莉は無邪気に喜んだ。
その日、宇吉とカオリはサネカズラを何度も振り返りながら、松永家を後にした。




