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Mirror Twin  作者: Suzugranpa
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第13話 寄付

 翌朝ヒナタは横断歩道でコカゲを待ち受けた。


「おはよう。ヒナ落ち込んだ顔やな。目の下の塗り方、変やで」

「なんで判るんかな。これアイライン違うねん。クマ」

「クマ? 森の?」

「あのね、ここにクマさんおってどうすんのよ」

「ヒナ、そこは なんでやねん! やろ」

「あ」

「ヒナ絶不調やな、そのノリは」

「うん、あのな、あのな、あのな」


コカゲはヒナタをじっと見た。本当に変だ。悪魔でも乗り移ってるのか?


「あのな、コカゲ。ショック受けんといてな。ショックはあたしで充分やから」

「はあ?」

「峯婆ちゃん亡くなって、オーロラも死んじゃってん」

「えー??マジ?」

「うん。おとといは最悪やった」

「おととい亡くなったん?」

「うん。あたしが小屋へ行ったら真っ暗で、仕方なしに家に帰ったらお母さんから聞かされた」

「なんで?」

「峯婆ちゃんは老衰、オーロラはドッグフード食べ過ぎ」

コカゲも絶句した。そして

「お婆ちゃんはお迎え来たってことやろうけど、オーロラは、私らが悪かったん?」

「ううん。そんな事ないって。あたしもそう思って落ち込んだけど、ペットショップのお兄さんが、犬はあるだけ食べるよってお母さんに教えてくれたって。せやからお母さんはきっとオーロラはお腹一杯で満足したん違うかって。ご馳走様って天国で喜んでるって」

話しながらヒナタは涙声になっていた。コカゲもハンカチを目に当てた。

「お腹すいたまんま亡くなるより良かったってこと?」

「うん。ドッグフードの袋、峯婆ちゃんが最後に破ってくれたん違うかって」

「そうなんや」

「ずっと前に峯婆ちゃん、オーロラとは年寄り同士で暮らせるとか言うてはったから、仲良かったと思う」

「そっか」


ヒナタは上を向いた。泣いてばかりはいられない。ここからが相談だ。

「ほんで、ドッグフードがまだ11ヶ月分残ってて、管理人さんがあたしに何とかしてくれへんかって」

「えー?」

「捨てるのは勿体ないし、あたしらが取ったもんやからって」

「そうか。それはそうやな。11ヶ月分って結構な量やしな」

「うん。それがコカゲへの相談なんよ。取り敢えず今は管理人さんが預かってくれてる」

「判った。すぐには思いつかへんけど考えてみる。思いついたら言うわ」

「うん。ありがと」


その翌朝、今度はコカゲが横断歩道でヒナタを待っていた。

「ヒナおはよう」

「おはよう。思いついた?」

「うん。お父さんが動物の保護施設に寄付したらどうやって。捨てられた犬がいるところ。絶対ドッグフード必要やろ」

「ほう、グッドアイディアやな。さすがコカゲ」

「お父さんやけどな。ほんで今日学校終わったらモミジ公園来れる?確か部活休みやろ今日」

「うんうん、行けるけど公園でどうするの?」

「電話してみる。調べてあるから」

「さすがコカゲのお父さん」

「調べたんは私です」

「あら」


放課後のモミジ公園。コカゲはスマホを持っている。メトロノームアプリも入っててフルートの練習に便利だそうだ。

ベンチに座って早速調べていた動物保護センターに電話してみた。話は早かった。すぐに取りに行くと言う。

「ちょっと急がんとあかん。私、管理人さんとか知らんしヒナが頼りや」

「うん。そこは任せて」

「1時間後に行くって。女の人やった」

「ふうん」

二人はヒナタの団地まで歩き管理人の大野に事情を説明した。大野は二人のアイディアに感心した。

「それはええことやなあ。よう気ぃついたなあ。ほんならここに出しといてあげるから、多分車で来はるやろから車はこの前に停めてもろて。僕ちょっと出なあかんから頼んどくわ」

大野はせっせとドッグフードを積み上げ、傍らでヒナタとコカゲは動物保護センターのスタッフを待った。


1時間少し経った頃、見慣れない車が入って来た。4輪駆動のクロカンタイプの軽自動車だ。ナンバーはなんと『室蘭』だった。コカゲが近づいた。車の窓がすーっと下がり、中から若い女性が顔を出した。

「松永さん?」

「はい。松永です」

「お待たせしたかな。ごめんね。保護センターの栗原です」

「はいっ。よろしくお願いします。あの、車、ここに停めて下さいって管理人さんが」

「オーケイ。じゃ、ちょっと離れててね」

クロカン軽四駆は少し前進して止まった。降りて来た保護センターのスタッフは改めて自己紹介した。

「有難う連絡くれて。助かるんだ、こんな話。もうお金なくていつもキュウキュウしてるからさ、みんなお腹すかせちゃって。あ、そだ。私、栗原環(くりはら たまき)と言います。えーっと、あなたが松永さんで、そちらが掛川さんだね」

少し日焼けし、髪をポニーテールにした環は標準語で滑らかに喋った。ヒナタは圧倒された。なんてきれいな人なんだろう。車から降りる時の身のこなしも、喋りにも無駄がない。それもきれいな標準語。黒髪がとか言ってるけど、この人と較べたらあたしは只の田舎娘だ。

ストレートなヒナタが沈黙しているのでコカゲが間を取り持った。

「はい、私が松永コカゲでこっちが掛川ヒナタです。で、ドッグフードはそこにあります」

「おお、たくさんだねえ。嬉しいなあ。今日はご馳走だ。ね、一体これどうしたの?」

コカゲがヒナタを促した。

「あ、あの、この前の市民運動会にコカゲと一緒に二人三脚に出て1等だったんです。その賞品がドッグフードで、でもあたしら犬飼ってないんで余ってるんです」

「ほえー、そんな話があるんだ。びっくりだなあ。キミたちの賞品を取っちゃって悪いねえ」

「いえ、身寄りのない犬にあげますって、運動会でも言いましたから」

「じゃ、早速積んじゃうね。二人の気が変わらないうちに」

環は二人にウィンクすると、クロカン軽四駆のバックドアを開けるとせっせとドッグフードを積み込んだ。作業はすぐに終わった。環はドアをバタンと閉めると

「ね。ちょっと見に来る?ワンちゃん好きなんでしょ?車で20分程だし帰りはここまで送ったげるよ。ワンちゃん達にもご飯をくれた二人に挨拶させないとね」

ヒナタもコカゲも大きく(うなず)いた。

「じゃ、乗って。後ろの席はちょっと狭くてごめんね。じゃ、松永さん後ろに一人で乗って、掛川さんが前に乗ってくれる?」

環は歯切れよく話を進めた。


車が走り出すとヒナタは気になっていたことを聞いた。

「あの、栗原さんは東京の人ですか?」

「ううん、なんで?」

「いや、言葉のイントネーションきれいやなあって」

「ああ、北海道なんだよ。苫小牧。あっちはあんまり言葉のクセがなくてね。でも冷たく聞こえるって言われるよ。北海道出身だから冷えてますって返すんだけど」

ヒナタは笑った。いいセンスだ。環は続けた。

「ほら、北海道っていうと遠いって言われるんだけどさ、ここからだとフェリーがあるでしょ。苫小牧とはドアtoドアなんだよ。結構便利だよ。冬場は海が荒れて大変だけどね」

「それでナンバーが室蘭なんですか」

「ん。よく見てるねえ。フェリーでそのまま持ってきちゃったからね。あ、栗原さんって堅いからさ、環さんでいいよ。私も名前で呼ぶからさ。えっと・・・」

「あたしがヒナタで後がコカゲです」

「ヒナタちゃんとコカゲちゃんね。覚えやすいなあ。いいコンビだ。そだ、私も聞きたいんだ。中学生なのに二人三脚で1等賞って凄くない?特別な事やってたの?」

「いえ、あたしは右利きなんですけど、コカゲは左利きやからきっと上手くいくやろと思たんです。コカゲとはいろいろ息が合うんで、全然大丈夫でした」

「へーぇ、制服が違うから別の学校でしょ?幼馴染(おさななじみ)か何か?」

「いいえ、中学入ってから知り合うたんです。毎日横断歩道ですれ違ってて。でもずっと気になる子やなあて思ってて」

「ふうん。コカゲちゃんも?」

後席でコカゲも答えた。

「私も毎日会う子やし、機嫌いい時とか落ち込んでる時とか気持ち伝わって来るなあって思ってました。それで私が横断歩道でぼーっとして持ってた本を落として車に()かれそうになったんをヒナが助けてくれたんです」

「でもその後で、あたしが他の学校の子と喧嘩してる時にコカゲが助けてくれたんでおあいこです」

「ほー、アニメみたいねえ。縁ってあるんだよねえきっと」


その日二人は環の保護センターで様々な犬を見た。足を切断して車椅子の子、奥の方からじっと見てるだけの子、すぐに走って来て全身で喜んでいる子、ここに来るまでの境遇は様々だと言う。この子たちに較べたらオーロラは幸せな方だったのか、ヒナタは考えたが判らなかった。


「また来てもいいですか?」

ヒナタは環に聞いた。

「うんいいよ。でもさ、私来年になったら北海道帰っちゃうんだよね」

「え?」

「向こうで自分の保護センター作ってる最中でね。来年からオープンできそうなんだ」

「一人でやらはるんですか?」

「まあ一人じゃ大変だからバイトとか雇うと思うけどさ、そこら辺はこれからなんだよ。若い人少ないから結構大変。良かったらバイトにお出でって…ムリかな。ま、一応私の携帯の番号とメルアドは教えとくね。また何かで1等賞取ったら頂戴しに行くからさ」

環は笑って電話番号とアドレスを読み上げ、ヒナタのガラケーとコカゲのスマホにきちんと記録された。


そうなのか。ヒナタの目には広々とした北の大地で犬を抱き上げている環の姿が浮かんだ。溌剌(はつらつ)として中身もカッコいい。喋りながらも犬たちに目を配っている環の横顔にヒナタは少し憧れた


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