第12話 お迎え
ドッグフードを宿り木の婆に渡したコカゲはすっかり安心していた。部活や文化祭の準備で下校が遅くなったこともあって、宿り木の婆の元を訪れたのは翌週だった。小屋には明かりが灯っていない。あれ?お留守かな?
「峯婆ちゃん」
しーんとしている。どこ行ったかな。もう暗くなるのに、オーロラのお散歩かな?仕方なくヒナタは家に戻った。
「ただーいまー」
「お帰り」
「疲れたー、部活の後お化け屋敷のお化けづくりやでぇ、ブラックやんかあ」
ヒナタはぶつくさ言いながら洗面に入る。すると後からカオリが入ってきた。
「ヒナタ、あんたあのお婆ちゃんの小屋、見た?」
「んー、ガガガ」
うがいをしていたヒナタは慌てて吐き出すと振り向いた。
「ああ、さっき寄ってみたら真っ暗やった。お散歩ちゃうか」
「あのな」
カオリは声のトーンを落とした。
「ちょっとショックやと思うけど落ち着いて聞きや」
「え?どうしたん?」
「あのな、お婆ちゃん、亡くなってん」
「え?」
ヒナタは凍りついた。
「今朝、管理人さんが見つけはったみたいでな、救急車とか来て大騒ぎやってん」
「…」
「ほんでオーロラやけどな、あの子も死んでしもたみたい」
「えーー!マジ?」
「うん。管理人さんが言うにはやけど、ヒナタがあげたドッグフードの袋が破れてて、その傍でオーロラは死んでたみたい。お婆ちゃんもその横で倒れてはったみたいでな、もしかしたらお婆ちゃん、最後の力振り絞ってドッグフードの袋破ってオーロラご飯食べられるようにってしてはったかも知れんねんて。何か痛ましい話やなあ。あんたのお蔭でお婆ちゃんはちょっと安心して亡くなったんちゃうかな。オーロラは大丈夫やって思って亡くなったんちゃうかなって」
「オーロラは、オーロラはなんで死んだん?」
「食べ過ぎみたい」
「食べ過ぎ?」
「うん。ペットショップの人が来て説明してくれたらしいんやけど、犬は食べられるだけ食べるから、袋が破れてたらあるだけ食べようってしたんちゃうかなって。オーロラは今まであんまり食べてなかったから急にたくさん食べて喉が詰まったかお腹が詰まったか判らんけど、それが原因ちゃうかなって。どっちみちオーロラも歳取ってたから食べる気があっても身体がついていかへんかったみたいよ」
ヒナタは唇を噛んだ。もしかしたら良かれと思ってあげたドッグフードが、オーロラの命取りになった可能性もある。カオリはヒナタの気持ちを察した。
「ヒナタがドッグフード、頑張って取ってあげたからオーロラにも良かったと思うよ。ひもじくて死ぬんやなくてお腹一杯で死ぬんやから、天国できっと『有難う。ご馳走様』って言ってると思うよ。お婆ちゃんも多分老衰らしいけど、最後にオーロラと一緒に暮らせて張りが出たんちゃうかな。やっぱりヒナタには『有難う』思うてはると思うよ」
ヒナタの目からは涙が流れていた。
「な。ヒナタ、めっちゃええことしたんよ。誰でもいつかは死ぬんやから、最後にどう思って死ぬかがその人の一生が幸せやったかどうかやと思うよ。ヒナタのお蔭でお婆ちゃんもオーロラも幸せやったとお母さんは思う。だからヒナタ、偉かったよ」
カオリはヒナタをぎゅっと抱き締めた。
「うん…」
ヒナタの声は消え入りそうだった。
宿り木の婆とオーロラは市役所が引き取ったらしい。小屋は間もなく取り壊されるだろうとの事だった。ヒナタの手元には、ドッグフードを届けた時の写真が一枚残っただけだった。
峯婆ちゃんとオーロラ、ほんまに幸せやったんやろか。ヒナタの心にはずっとしこりが残り続けた。
翌日、ヒナタは学校の帰りに宿り木の婆の小屋を訪れた。入口にはコーンが置かれ、取り壊しの準備に入っているようだ。ヒナタはじっと手を合わせた。何を祈ればよいのだろう、ヒナタには解らなかった。『天国で幸せに』、そんな勝手なこと言えないし、『ごめんなさい』もちょっと違う気がする。やっぱ『有難う』しかないかな そう思って顔を上げたらポンと肩を叩かれた。管理人の大野だった。
「掛川さん、えらいショック受けてはるかも知れんから申し訳ないんやけどな」
大野は腰を低くして中学生のヒナタに切り出した。
「ドッグフードがまだようけ残ってんねん。木下さんのものとして処分してもかまへんのやけど、何か勿体ないし、元々掛川さんらが頑張って1等賞で取って来たもんやから、掛川さんに返そう思てな。一旦管理人室へ運ぶんで、後で取りに来てくれへんかな。お母さんかお父さんに頼もうか思てんけど、やっぱりあんたに直接言わんとあかんやろ思て待っててん」
そうか。ドッグフード、幾らかはオーロラが食べたにせよまだ11ヶ月分は残っている筈だ。どうしよう。そうだ、コカゲに相談しよう。コカゲの家なら置けるに違いない。
「あの、ウチにも置くところないと思うんでちょっと相談させてもらっていいですか?」
ヒナタは大野の配慮に感謝しつつ答えた。




