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エッセイという名の文章(なろう関連、映画関連、その他)

芥川龍之介『蜘蛛の糸』に登場する「御釈迦様」は、じつはイギリス社交界の紳士だったのではないか……という考察(寸劇)

作者: レモンとカボス


 幕が開くと、野原。レモンとカボスが以下の挿絵のように立っている。


挿絵(By みてみん)



レモン「やあ、カボス」

カボス「よう、レモン。……って、板付いたつきなのに挨拶から始まるのか?」

レモン「まあ、気にするなって。僕らのルーティンなんだから」

カボス「そもそも、なんで板付なんだよ」

レモン「それは……」



 スクリーンに文字「※ 板付(いたつき) …… 幕が開くとき、俳優がすでに舞台上にいること。 」



レモン「ところで、カボス」

カボス「なんだ、レモン」

レモン「いま突然、僕が日頃から思ってることを打ち明けるけど、こうやって打ち明けるのはいつものことだから驚かないよね」

カボス「まあ、驚きはしないな。そうやってわざわざいてくることに呆れはするけど」

レモン「芥川龍之介の『蜘蛛の糸』ってあるだろう。僕はあのお話を読んで、どうしても蜘蛛の糸を垂らした御釈迦様おしゃかさまというのに引っかかりを覚えてね。……というのも、地獄に堕ちた極悪人を助けようとしたのは、じつは極楽でお散歩中の御釈迦様ではなくて、快楽を堪能中の社交界の紳士なんじゃないかって思えるんだよ」

カボス「唐突だな」

レモン「ああ、唐突なんだ」

カボス「お、おう……」



レモン「19世紀末のイギリスに、オスカー・ワイルドっていう有名な作家さんがいて、彼の著書に『ウィンダミア卿夫人の扇』という戯曲がある」

カボス「ほう、どんな話なんだ?」



 スクリーンに文字「※ 自分で読んでください。」



カボス「……」


レモン「で、登場人物のひとりにダーリントン卿っていう紳士がいるんだけど、その人のセリフでこんなのがあるんだよね。"Oh, nowadays so many conceited people go about Society pretending to be good, that I think it shows rather a sweet and modest disposition to pretend to be bad. Besides, there is this to be said. If you pretend to be good, the world takes you very seriously. If you pretend to be bad, it doesn’t. Such is the astounding stupidity of optimism." 日本語に訳すと、『ああ、近ごろは多くのうぬぼれた人間が社交界にあって善人のふりをしていますから、私はむしろ悪人のふりをしたほうがかえって気持ちのよい遠慮がちな気質だととらえられるんじゃないかと思うのですよ。加えて、こうも言われてますね。善人のふりをすれば世間はあなたを深刻にとらえる。しかし悪人のふりをするとそうはとらえない。そういうところが、オプティミズム(楽観主義)の驚きのあほらしさなのですよ。』って感じかな」

カボス「……それこそスクリーンを使えよ」

レモン「で、話を『蜘蛛の糸』に戻すけど ――」

カボス「俺のツッコミを無視するなっ」



 レモン、扇を取りだしてカボスの頭をたたく。倒れるカボス。


 スクリーンに文字「※『ウィンダミア卿夫人の扇』は、扇という小道具がうまく使われたお芝居です。」



レモン「で、話を『蜘蛛の糸』に戻すけど……、御釈迦様が極悪人を助けようとした動機は、この極悪人が生前に蜘蛛を助けたことがあったから……ってことになってるけど、よくよく読んでみると、この男は蜘蛛を助けたんじゃなくて、殺そうとしたけど見逃してやった、ってだけなんだよね。つまり、同じ作家の書いた『猿蟹合戦』風の考察をするとだよ……」



 スクリーンに文字「極悪人は蜘蛛を踏み潰そうとした時点で脅迫罪に問われる可能性がある。そもそも殺人を取りやめたからといって『よしよしお前はいい奴だ』とならないのは世の道理でもある。これはいかにしても、善とは称しがたい。」


 カボス、ようやく起きあがる。



レモン「つまり、寛大な御釈迦様が極悪人の生前の善行をもってこれを救わんとした、という説は、動機としては成り立たないんだ」

カボス「なるほどな……」

レモン「ほら、ちょうど意識が戻ったようだけど……、僕だって、カボスを気絶させるだけで殺さずにおいたことを善行だなんて言われる筋合いはないわけだし。ねえ、カボス」

カボス「……」


レモン「さて結論」



 スクリーンに文字「結論:『蜘蛛の糸』の御釈迦様はほんとうの御釈迦様ではなく、明らかな極悪人だった男を、彼があまりに悪人に見えすぎるがために、ほんとうはそこまで言われるほどの悪人ではないのではないかと考えて助けようとした、19世紀のイギリス社交界のオプティミスト(楽観主義者)が御釈迦様に変装した姿だった。」



カボス「……なんか、こじつけ感がすご ――」



 レモン、扇でカボスの頭をたたく。倒れるカボス。

 レモン、英国紳士らしい所作で観客にお辞儀をし、幕。




※ 『ウィンダミア卿夫人の扇』のセリフ原文(" " 内)はグーテンベルク・プロジェクトを参照。日本語訳は拙訳。

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― 新着の感想 ―
[一言] イヤーお見事です。 昔『難しい物を分かりやすく伝えることができる能力こそ凄いんだ』と言われたことを思い出しました。 本当に芥川龍之介がオプティミスト(楽観主義者)の比喩として描いた気がして…
2018/08/09 17:52 退会済み
管理
[気になる点] そうですね。助けてやったと云えばそうなのかもしれませんが、正確には殺すのをやめた、でしたよね。 そんな小さな善行を覚えていたなんて、お釈迦様はなんて記憶力がいいのだろうかと感動しました…
[良い点]  レモンさんの鋭い考察。カボスさんのボケ。 [一言] 『ウィンダミア卿婦人の扇』は積読のまま、どこにしまったかしら? 発掘しないと出てきません、嗚呼。  う~ん、問題は一神教のキリスト教…
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