水道パイプ
短いですがお楽しみください。
真夜中に目を覚ました。無性に喉が渇いていた。
ベッドの中で目を開けた私は眼前の暗闇を見つめた。窓もカーテンもきっちりと閉まっていて、一筋の光もない。部屋の中は真っ暗だ。上を向いたままじっと目を凝らす。
あのあたりに天井があり、電灯があり、電灯のひもは左腕を真っ直ぐ上げたあたりにあるはずだ。私はそう考えるが、手を伸ばした先には何もなかった。あらら。
もう少し上だったか。それとももう少し左か。右か。暗闇を左手一本で掻き回すが、何もない。空気に触れた腕がひんやりとし、血の下がっていく怠さがぞわぞわと左肩まで下りてくる。
横着をするから見つけられないのだ、と諦めて左手を下ろし、ベッドに半身を起こす。
目の前の闇を見つめる。そこから少し斜め上、多分あのあたりに天井が、電灯が、電灯のひもが。
あたりをつけた場所へ向かって、右手を真っ直ぐに伸ばす。それから、左右にゆっくりと振る。丁度身体の正面でひもを掴まえることができた。
ばちん。白い光が暗闇を消した。見慣れた狭い部屋が現れる。ベッドの向こう側には書きものをする机、それから本棚があった。天井は思ったよりも低く、電灯は少し右に寄っていた。もう一度左腕をまっすぐ伸ばす。揺れていたひもは簡単に手のひらに触れた。
立ち上がり、部屋を出る。足元に落ちる夜間灯の暗いオレンジ色を頼りに台所へ向かう。
蛇口が緩んでいたのか、微かにシンクに落ちる水の音がした。
ぴちゃーん、ぴちゃーん。
その音を聞きながら台所に足を踏み入れる。確か電灯のひもはこのあたり。
ぴたん。
濡れたものが張り付くような音がして、動きを止める。音のしたほうを見る。暗闇の中でぼんやりと薄白いあれは換気用の小窓だろう。何かいるのか。じっと耳を澄ませるが、響くのは水音だけ。何か得体の知れないものが、闇の中に潜んでいる。闇の中で目を凝らして何も見つけられない私を、何かが観察しているかもしれない。そんな気を起こす。
恐る恐る手を伸ばし、台所の照明をつけた。ぱちん。軽やかな音を立てて蛍光灯がつく。
ぴたん。再び。
ばっとふり返った小窓の端に、何かある。近づいてみてみるとそれは、黒っぽい緑色の爬虫類の手だった。
守宮だ。
そういえば、子供のころはよく窓に張り付いて動かない守宮を眺めた。背中から、腹から、動かないのでつぶさに観察することができたのだ。最近は見かけないと思っていたが、まだこのあたりにいたらしい。そうか、お前か。
コップに水を汲んで、蛇口をしっかりと締める。口をつけて、一気に飲み干す。ぬるい液体が、乾いた喉を甘く潤した。
守宮はじっとしている。
ふと思いついて蛇口を緩めると、ぼたぼたと水がシンクに零れていく。きゅ、と締めるとぽたり、といったが次の音まで間が空く。なかなか難しい。何度か繰り返して、水音は先程と同じようなリズムを刻み始めた。
守宮はまだそこにいた。
耳を澄ませてみる。狭い空間に水音が響いた。目を閉じるが、蛍光灯の白い光が眩しい。
ぱちん。蛍光灯を消す。ふっと闇に包まれた途端、空間が広がった。
ぴちゃーん、ぴちゃーん。
水音はどこまでも遠く響く。
その暗闇の中に、一匹の守宮が張り付いている。
私のからだは守宮と同じ大きさになって、全身に水音を感じている。私は守宮がすぐ隣にいるような、またはずっと遠くにいるような不思議な感覚に捕らわれた。
私は彼に呼びかけた。
お前もこの音を聞いているか。
なあ。
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