#5 授業開始
カーテン越しに差し込む朝日に小さくさえずる鳥の声。
今日も良い天気になるだろうと思えるほど、爽やかで穏やかな朝の風景。
そんな穏やかな景色を壊すようにジリリリリ、と部屋中を揺らすような大音量が響きわたる。
その音に気持ちよさそうに布団の中で微睡んでいた優斗は意識を覚醒させて、飛び起きた。
「な、なんだ!?」
耳を劈くような大音量の中では、優斗の声すらその音にかき消されてしまう。
鼓膜が破れてしまうのではないかと思うほど、やかましい音を少しでも防ぐように両耳を両手で覆う。そして、ベッドから立ち上がり、二段ベッドの上段を覗く。
そこにはこの騒音の中で、その音にまるで気付くことなく気持ちよさそうに安眠している嵐の姿があった。
「よくこのうるさい中、寝てられるな」
感心半分、呆れ半分といった様子で優斗は騒音の原因である……嵐がセットした目覚まし時計に手を伸ばす。
スイッチを切れば、けたたましい音は鳴り止み、室内に静寂が戻る。
優斗はその事に安堵しながら、痛くなった耳を軽く叩いて嵐に向き直った。
「おい、嵐! 朝だぞ、起きろ!」
先程止めた目覚まし時計が差している時刻は七時。
入学式の昨日とは違い、授業が始まる今日からの始業の時間は八時半。
寮から学園までは五分もかからないとはいえ、朝食や身支度の時間を考えれば、もう起きなくてはいけない時間だ。だが、優斗が声をかけても嵐は起きない。
当然だろう。あの騒音の中で平然と寝ていられるのだから、優斗の声などで起きるわけもない。
「おい、嵐。起きろって。遅刻するぞ!」
今度は少し乱暴に揺さぶってみる。だが、反応はない。
試しに布団を剥いでみようとしたが、寝ているとは思えないほどの力で握りしめられており、結局は優斗が断念する羽目になった。
「嵐! いい加減起きろよ!」
仕方なく嵐の頭を軽く叩いてみるが、やはり反応しない。
ここまで来たら、どうすれば嵐を起こすことができるのか優斗には思いつかなかった。
視線の先には、すやすやと気持ちよさそうに眠っている嵐の姿。
そんな彼の寝顔を見ながら、優斗がどうしたものかと考えあぐねていた時のことだ。
『あーちゃん、朝だよ。今日も一日頑張ろうねぇ』
不意に聞こえてきたのは見知らぬ老婆の声。
少ししゃがれた……けれど、穏やかで優しい声に優斗は目を丸くさせる。
優斗が不思議に思って周囲を見渡している間にもその声は何度も同じ言葉を繰り返していた。そして、気付く。
その声が嵐の枕元に置いてある携帯端末から聞こえてくることに。
優斗がその声の主に疑問を抱くよりも先に彼の意識は別のものへと移される。
先程まで、どれだけ優斗が声をかけても揺さぶっても叩いても微動だにしなかった嵐が動いたのだ。
もぞもぞと動き出したかと思えば、端末に手を伸ばして、未だに響いていた声を止めた。
嵐は眩しそうに端末を見つめた後、完全に目を開く。そして、緑の双眸で優斗を見つめ──
「誰?」
と、言い放った。
この言葉にはさすがに優斗もとっさに言葉が出てこなかった。
そんな優斗の反応に嵐は状況を探るように周囲を見渡す。
「ん? てか、ここどこ?」
「……寮だ」
優斗がまだ寝ぼけているのかと思い、訝しげな視線を向けながらそう言うと嵐は記憶を探るように頭に人差し指を向けて考え込む。
「りょう……寮……ああ、そうだ! 思い出した思い出した! オレ、昨日から瀧石嶺学園に入ったんだっけ。うんうん、思い出してきた。んで、あんたが……えーと、そうだ! ツッキーだ! おはよう、ツッキー! 良い朝だな!」
「……お前……いや、なんでもない。おはよう」
もはや嵐に言っても無駄だと思ったのか、優斗は言い掛けて途中でやめてしまう。その顔はどこか疲れてきっていた。
そんな優斗に嵐がどうかしたのかと晴れやかに聞いてきたが、優斗はお前のせいだと言う元気もなく、なんでもないと返すことしか出来なかったのだった。
身支度を整えた優斗達が食堂についた頃には、既に食堂内は大勢の生徒で賑わっていた。
朝食が乗ったトレーを手に空いてる席はないかと探していれば、見知った姿を見つけて優斗は声をあげた。
「おはよう、花音。晴と聡も」
「ん? んんー、えーっと、そうそう! ひののんとはるるんとサトルンだ! おはよう! 良い朝だな!」
「おはよう」
「おはよう、二人とも」
「……お、おは……よう」
六人掛けのテーブルに座っていた三人は優斗達を見るなり、挨拶を返してくれる。
優斗が一緒に座っていいかと尋ねれば、快く了承してくれたので優斗と嵐も混ぜてもらうことにした。
「あれ? 雪野は?」
朝は和食派な優斗が納豆をかき混ぜながら、もう一人のチームメイトの姿がないことに気付いて、そう尋ねた。
視線の先にいるのは、優斗の斜め右に座っている幸太郎と同室の聡だ。
クロワッサンにかじり付いていた聡は、突然優斗に声をかけられたことに驚き、大きく肩を揺らす。その振動に口にしていたクロワッサンが落下するが、テーブルに落ちる前に聡の隣に座っていた晴が素早い動きで見事にキャッチしていた。
「ゆ、ゆき……幸太郎くんは、起こしたんだけど……起きなくて……に、睨まれて怖かったから、起こすの諦めた。ごめんなさい」
「い、いや、聡が謝ることないだろ。それにルームメイトを起こす大変さは俺も身をもって知ったからな」
「ん? どしたツッキー。魚嫌いなら貰うぞ?」
優斗は朝の苦労を思い出して、恨みがましい視線を嵐に向けるのだが、肝心の本人はまるで理解しておらず、見当違いなことを言い出す始末。
優斗の朝食のメインである鰆に箸を伸ばしてきた嵐の手を軽く叩いたあと、騒ぐ嵐を黙殺して優斗も朝食を食べ始める。
そんな優斗の耳に届いた猫の鳴き声。
隣に視線を移せば、花音の膝の上に昨日も見た茶トラ模様の猫がいた。
いつの間にか姿を見せなくなっていたと思っていたが、ちゃっかり戻ってきていたようだ。
猫は花音から魚をもらい、満足そうに毛繕いをしている。
「その猫……」
「うん。試験の時、逃げたと思ったんだけど……昨日の夜、また戻ってきたの」
「そっか。花音のこと、気に入ったのかもな」
「気に入る……」
猫の頭を撫でている花音の表情は昨日と変わらず無表情だ。けれど、どこか嬉しそうにしているようにも見えた。
「……そ、その猫。名前とかあるの?」
「名前。……ネコ?」
「いや、それは流石に」
「なんだなんだ!? ソイツ、名前がないのか!? オレが決めてやろうか?」
「因みに候補は?」
「ドッグザリウス三世!」
どうだとばかりに満面の笑みで言い放つ嵐に誰もが呆れた視線を向ける。
嵐によってドッグザリウス三世と名付けられた猫も悲しげに鳴いた。
「……なあ、嵐」
「ん? どしたツッキー! オレのあまりにも素晴らしいネーミングセンスに脱出したか!? そうだろうそうだろう、そうだろう! 褒めてくれてもいいんだぞ?」
「脱出じゃなくて、脱帽な。そうじゃなくて、お前……猫を英語で何て言うか分かるか?」
「何言ってんだツッキー? さすがにオレがバカだからってそれぐらい分かるぞ! 猫はえーごで『ドッグ』だ!」
自信満々に告げられた言葉に今度こそ優斗達は言葉を失った。
「嵐よ。猫はキャットだ。ドッグが犬だ」
「んあ? そうだっけ? まあ、細かいことは気にするな! 男ならドーンと行こうぜ! な、はるるん!」
「我は女だ」
「あっはっはっ! そうだったな!」
春の背中をバンバンと叩きながら豪快に笑う嵐。
そんな嵐を怯えたように見ながらも聡がおずおずと手をあげた。
「ね、猫の名前なんだから、タマとかが良いと……思う」
「それならば、猫三郎でも良いだろう」
「それもどうかと思うぞ」
「そうだそうだ! そんなのより、キャットザリウス三世のが良いだろー! な、ツッキー!」
「いや、それはない」
「ネコ。単純明快」
「確かにこの上もなく分かりやすいけどさ……」
好き勝手に発言していく面々に律儀にツッコミをいれたところで、優斗はある事実に気付く。
(この面子、ツッコミがいない!)
わりと自由人が集まっていることに気付いてしまい、優斗は僅かにショックを受けた。
「そんなに文句言うなら、ツッキーはなんか良い案あるのかよー!」
「え? 俺?」
まさか自分にお鉢が回ってくると思っていなかったのか、突然の指名に目を丸くさせる優斗。
そんな彼を他の面々も期待に満ちた眼差しで見ている。
優斗は自分で自分の首を絞めてしまったことに気付き、けれど何も案を出さないわけにもいかず、じっと茶トラ模様の猫を見つめた。
そして、暫く考え込み──
「……ムツキ?」
と小さく呟く。
「えー? なんだよそれ! 全然格好よくない! キャットザリウス三世のがいいだろー!」
「……どうして、その名前?」
「どうしてって聞かれると困るけど、強いて言えば、なんとなく、かな?」
優斗としてもこれといった理由などない。ただ自然と頭の中に浮かんだ名前を口に出しただけだった。
「うー、ツッキーとひののんが無視したー! 二人とも酷いぞ! オレのチキンライスが粉々だ!」
「は?」
「え?」
さんざん嵐の間違った言動を聞いてきて、何となく彼が言いたかったであろう正解の言葉を導き出してきた優斗達だったが、さすがに今の発言の答えがとっさに思い浮かばなかったのだろう。一瞬にして、周囲が静まりかえる。
「……チキン、ライス?」
正解を考えようと間違っているであろう単語を口にする優斗。だが、その行動が余計混乱を招いたのだろう。眉間に皺が寄り、しかめっ面になってしまう。
そんな優斗達の反応も露知らず、嵐は何度も頷き、同意の言葉を口にした。
「そうだそうだ! オレは『せんさい』なんだからな!」
「……繊細。あ、も、もしかして、嵐くんが言いたかったのって、チキンハートじゃないかな?」
「なるほど。しかし、あの文脈からすると当てはまる言葉は、チキンハートではなく、硝子の心とかの方がしっくりくるな」
「二重の意味で間違っていたから、理解が遅れたみたい」
ようやく嵐が言いたかったであろう内容を理解した面々が納得したように頷く。そんな様子を見ても嵐は平然と笑っているのだから、やはり大物だ。
そんなことを考えながら、ふと食堂を見渡した優斗は先程まで大勢の生徒で溢れかえっていた食堂に他の生徒の姿がないことに気付く。
慌てて腕時計を見れば、時刻は八時二十分過ぎを示している。
「って、馬鹿なこと話してる場合じゃないぞ! このままじゃ遅刻する!」
優斗の声に嵐達も慌てだす。とっくに空になっていた食器が乗ったトレーを持ち、席を立ち上がる。
「ごちそうさまです!」
各々が返却口にトレーを返して、走り出す。
いくら寮から学園が近いとはいえ、このままでは遅刻してしまう。
「お先っ!」
走り出した優斗達の中で真っ先に飛び出したのは嵐だった。彼はまさに風のような速さで駆けていってしまい、優斗達が声をかける間もなく遠ざかっていく。
「我らも先に失礼する」
「ご、ごめんね」
みるみる遠ざかっていく嵐の背中を追いかけるように続いたのは晴と聡だ。いや、正確には屈強な肉体で驚くほどに俊敏な晴と彼女の背中にぶら下がっている聡だ。
いくら聡が小柄とはいえ、男を一人背負っているはずの晴との距離はどんどん引き離されてしまう。
優斗だってそこまで足が遅い方ではない。平均よりも少し速いくらいのタイムを持っていたはずなのに彼等は桁違いだった。
もはや凄いと感心するしかできない優斗の隣を走るのは花音。
相変わらず無表情の花音だが、ちらちらと優斗を見ていることから、わざわざ優斗のペースに合わせていてくれているようだ。
「花音も先に行っていいぞ?」
「このペースなら充分間に合うから」
「そっか。ありがとな」
このまま置いて行かれるのではないかと考えていた優斗は花音の優しさが嬉しくなり、素直に感謝を告げる。
花音は僅かに翡翠の双眸を見張り、けれどそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
そんな彼女の頭に走っている花音から振り落とされないようにしがみついている猫がいる。その猫を見て、優斗は不意に思いついた疑問を口にした。
「そういえば、その猫。結局、名前どうするんだ?」
もちろん花音が飼うといったわけではないが、それでもあんなに彼女に懐いているようだし、花音自身も嫌がっているようには見えない。
飼うにせよ、別の飼い主を探すにせよ、名前は必要だろう。
(まあ、嵐のキャットなんとか三世じゃなければ、なんでもいいと思うけどな)
自信満々に命名した嵐の顔を思い出しながら、優斗は小さく笑う。
「……ムツキ」
「え?」
「この子は、ムツキ。月舘く……優斗君のくれた名前を気に入ったみたいだから」
花音の言葉に彼女の頭にしがみついている猫が同意するように鳴く。だが、優斗が気をとられたのは別のことだ。
昨日から無表情以外の表情を見たことがなかった花音が小さく笑っていたのだ。
それは優斗が初めて見る笑顔。
一瞬ドキリとして、優斗が赤くなった顔を隠すように顔を逸らす頃には既に花音の表情もいつもの無表情へと戻っていたのだった。
最後尾の優斗と花音が教室に駆け込むのと本鈴が鳴り終わるのは、ほぼ同時だった。
教室にまだ教師の姿がないことに安堵して、そのままへたり込みたくなる優斗だが、一緒のスピードで走ってきた女の子の花音が平然としているのに男の優斗が情けなく座ることなど出来るわけがない。
やはり体力をつけねばと肩で息を繰り返しながら、そう考えていた優斗に声をかけてきたのは誰よりも速く駆けていった嵐だ。
「おっ、ツッキーとひののんもやっと来たな! 二人ともおせーよ!」
「大丈夫か?」
明らかに疲れている優斗を心配したように晴が水の入ったペットボトルを差し出してくる。
優斗はありがたくそれを頂いて、ようやく落ち着いたようだ。
「ありがとう」
「気にするな」
礼など不要だとばかりに背を向けてしまう晴の姿はとても様になっていた。
格好いいとぼんやりと見つめてしまった優斗の背後から冷淡な声が掛けられる。
「もう本鈴なったんだけど? 早く席について」
「っ、た、妙菊白……」
「先生つけなよ。落ちこぼれ」
鋭い真紅の瞳で睨まれて、優斗は小さく謝罪する。そして、慌てて席につこうとして気付く。
教室内にいる生徒の数があまりにも少ないことに。
花音や嵐、晴、聡といった優斗と同じチームの面々に加えて、二グループほどの人数しかいないのだ。
昨日の時点では、一見して数え切れないほどの生徒がいたはずだ。
「ねえ、落ちこぼれは席に座るって簡単なことさえまともに出来ないの? ボクが座れって言ってるんだから、早く座ってよ」
「え? あ……えっと」
「なに? 質問があるなら早くして。ボクはキミと違って暇じゃないんだから」
みるみる不機嫌になっていく白は優斗が質問しようと何でもないと答えようとどちらも嫌みを言われる結果になるのは同じだろう。だからこそ、優斗は思い切って疑問を口にしてみた。
「人数少なくないですか?」
「ああ、なんだそんなことか。少なくて当然でしょ。キミ達は落ちこぼれなんだから」
至極当然のように言われた言葉に優斗は一瞬自分が何を言われたのか分からなかった。
呆気にとられた優斗の顔が面白かったのか、白は僅かに口角をあげる。
「何その顔。気付いてなかったの? というより、キミ自覚ないとか有り得ないでしょ。女の子に庇われるだけの役立たずが落ちこぼれ以外の何だと思ってたわけ?」
否定の言葉は出なかった。
優斗だって分かっていたからだ。
退鬼師のことも鬼のことも何も知らない優斗は庇われて生きながらえてきたのだから。
親友の大河に。チームメイトの花音と嵐に。
彼等がいなければ優斗はいま此処にいなかったという自覚はあった。だからこそ、優斗は白の言葉を否定できずに押し黙ることしか出来ない。
黙り込んでしまった優斗に白は満足したように笑い、教室内の他の生徒に視線を移す。
「まあ、落ちこぼれはキミだけじゃないけどね。例えば、石動嵐」
「オレ?」
「キミは戦闘能力だけみれば、エース級だ。属性をうまく利用した身のこなしに武器の扱い方も天才といっても過言じゃない」
「なんかよく分からないけど、褒められたのか? へへっ、ひののん! オレ、シロセンセーに褒められた!」
まるで飼い主に褒められた犬のように嬉しそうに笑って、花音にとびつつく嵐。だが、彼女に抱きついた瞬間、無表情の花音に投げ飛ばされる。
そんな一連の様子を見た白は呆れた様子で溜息をつく。
「本来なら優等生チームに入ってもおかしくはないんだけどね。あまりにも馬鹿すぎて、昨日みたいに他の生徒の足を引っ張りかねない。だから、彼も落ちこぼれ集団の仲間入りだ」
おそらく白の脳裏に浮かんでいるのは、花音に突っ込んでいった嵐の姿だろう。
優斗もその光景を思い出して、弁護しようにも出来ない様子だ。
「それは日宮花音も同じさ。キミも能力値は平均的に高い。けど、それだけだ。積極性もなければ、意志もない。ただのお人形だよ。まあ、その意味でなら御堂晴も同じか」
「……我は聡を守ることが出来れば、それで良い」
「ふーん。まあ、それならそれでもいいけど。あとは……雨川聡だけど。これも言うまでもないよね? キミも月舘優斗と同じように女の背中に隠れてた卑怯者。まあ、自分の属性を把握している点では彼よりもマシだけどね」
優斗達をあざ笑うようにそう吐き捨てた白に教室内は静まりかえる。
白の辛辣な言葉に聡は泣きそうな顔で晴の背中に隠れてしまった。そんな聡を守るように晴は敵意の眼差しで白を睨みつける。
その視線は優斗が見たらびびって腰を抜かしてしまいそうなほど、威圧的で他者を屈服させるには充分すぎる迫力を伴っていた。だが、白はそんなものにまるで動じた様子なく真っ向から晴を見返している。
文句があるならどうぞご自由にとでも言いたげな余裕綽々な態度だった。
「ああ、そうそう。キミ達のチームメイトの雪野幸太郎だけど、来てないみたいだね」
「え?」
白に言われて優斗は初めて幸太郎の姿が教室にないことに気付く。
嵐達も気付いていなかったようで、不思議そうな顔をしていた。数人は幸太郎は別のクラスなのではないかと考えていたようだ。
「彼のサボりはキミ達の評価にも関わるからさ。これからも退鬼師として成長していきたいなら、縛ってでも連れてきた方が身のためじゃない?」
連れてくることが出来るならね、と言外に言っているように優斗達を見下しきった視線を向けてくる白。しかし、その視線もすぐに興味がないとばかりに逸らされてしまう。
「まあ、どうでもいいか。ほら、無駄話はお終い。授業を始めるよ。三秒以内に席について」
ここは素直に白の言葉に従った方がいいと考えたのだろう。
優斗達は慌てて手近な席に着席した。その反応に白は満足そうに笑う。
「それじゃあ、改めて。ボクがキミ達落ちこぼれの面倒を見ることになったから、あんまり面倒かけさせないでよね」
「センセー! しつもーん!」
「……はぁ。なに?」
教壇から見て、ど真ん中の一番前の席に座った嵐が勢いよく手をあげたことに白は明らかに面倒だとばかりに表情を歪め、重い溜息をつく。だが、生徒からの質問を無視するわけにもいかないのだろう。億劫そうに尋ね返した。
「オレ達が落ちこぼれクラスなら、他のクラスは誰が湛蔵なんだ?」
「湛蔵って誰? もしかして、担任って言いたかったの?」
「おお、それそれ!」
指を鳴らして何度も頷く嵐に白は重い溜息をつく。嵐の相手は白にとってかなり苦痛のようだ。
「他の生徒達は昨日いたもう一人の教師と別の教師がそれぞれみるよ。昨日、勝手にBランクの鬼を使って試験したせいで、思った以上に犠牲者が出ちゃってね。千里様に怒られたんだよ。だから、ボクがやりたくない落ちこぼれクラスの担当になったってわけ」
弱い奴らが悪いのに、とぶつぶつ文句を言っている白に優斗達は何も言えない。
そんな空気を壊すように白が手を叩く。
「はい、質問終了。じゃあ、授業を始めるよ」
そうして、優斗達新入生にとって瀧石嶺学園での初めての授業が始まった。